第十六回にごたん投稿作(お題:デネブ・アルタイル・ベガ/一ヵ月無料お試しキャンペーン/キリエ エレイソン/密室空間)
コンセプト彼氏で懺悔する?
——本気を出したものに限って、私の手から逃げて行ってしまった。だからもう、追うのはやめた。
「ええっ! アキナ、また別れたのぉ!?」
給湯室で同僚の声が響く。
「ちょっと、声大きいよーみっちゃん」
本当に、その男ウケを狙った高音は耳障りなんだからあんまり大きくしない方がいい。
「いやでもやっぱびっくりするじゃん。今年で何回目?」
「んー、三回目かなぁ」
「まだ七月なのに!」
「だって飽きちゃうんだもん」
「またそれ。アキナの”アキ”は”飽きっぽい”から来てるんじゃないの?」
「それよく言われるー」
自他共に認めるゆるふわOL、それが私。適当に入った短大を卒業して、適当に会社を選んで、適当に毎日の仕事をこなす。打ち込める趣味も、愛情を注ぎたい相手もいない。でもそんな人、世の中にいっぱいいるでしょ? 別に誰かに依存しているわけでも、迷惑をかけているわけでもない。だから今の自分にはそこそこに満足しているんだ。この枠をはみ出ようとすると痛い目見るって知っているから。
「アキナ、このままランチ行こ! アキナのこれからについて作戦練らないと!」
「えー別にいいよ」
「そんな余裕ぶったこと言って! アキナ今年で何歳?」
「27歳……」
「アラサーよ、アラサー! ちょっとは焦らないと結婚できなくなるんだから!」
そう言ってみっちゃんは半ば強引に私の腕を引っ張っていく。私より二つ年上のみっちゃんこそ、貢ぎっぱなしの年下男とどうなっているのか気になるところだけど、面倒くさそうだからあえて聞かない。
「あ、私階段で行くね」
「えー、階段っておっさんたちがタバコ吸ってるから臭いつくじゃん」
「いーのいーの、ダイエットのためだから。みっちゃんはエレベーターでお先にどうぞ」
「なにそれ、私がオバサンみたいじゃん」
まだ二十代のくせにアラサーだのオバサンだのみっともないな。
「そんなことないよー。じゃ、後でね」
私はみっちゃんに言われるがまま、会社近くのイタリアンレストランに入った。味は普通なのに内装おしゃれ価格が込みなのかランチで1700円。ぼったくりだからここあんまり好きじゃないんだけどな。
「でね、私考えたの! アキナにいい彼氏が見つかる方法!」
そう言ってみっちゃんはスマホの画面を見せてきた。
「『コンセプト彼氏』……?」
「そう、最近始まったばっかのレンタル彼氏サービスでね! 今キャンペーン中だから会員登録が一ヶ月無料なの! 面白いのがこれ、見てみて〜」
みっちゃんは嬉々として何かのアイコンをクリックする。すると、【コンセプト一覧】というタイトルの下に、色んなタイプの男性の写真がずらっと並んだ。えっと、爽やかスポーツマン、メガネIT男子、彼女にコミットするタイプのゴリマッチョ……。
「こんなに色んなタイプの人がいるなら自分に合う人見つけやすそうでしょー? でね、私アキナに合いそうなタイプの人に早速アポってみたんだぁ」
——ちょ、勝手なことを!!
「というわけで今週土曜空いてる?」
「え、えぇー…土曜、一応空いてるけど……」
「じゃあ十七時にスカイツリーに行ってね! ちゃんとおしゃれして行くのよ!」
「ちなみにどんな人にアポ取ったの?」
「この人! すっごいイケメンでしょー!」
『コンセプト:しょうゆ顔神父』……。なんでこの人が私に合うと思ったのか。多分私のことよりみっちゃんの興味本位でしかない。思わず漏れそうになるため息を必死に抑えた。
——土曜日。
会うだけ会って、素直に友人のイタズラでしたって謝ろう。相手は神父だ、それくらいきっと許してくれる。
「お待たせしました。アキナさんですか?」
待ち合わせ場所で声をかけられ振り返る。私はその声の主の姿にぎょっとした。
「ほ、本当に神父なんですね……」
神父というイメージ通りの黒服に、胸元に光る十字架。顔は確かにしょうゆ顏で、あのレンタル彼氏サービスの写真通りだったけど、
「みんなに見られてますよ……?」
スカイツリーというレジャー施設で、コスプレにしか見えない彼の格好は浮きまくっている。通りがかる人たちがみんな振り返っていて、なんだか私の方が恥ずかしくなってきた。すると彼は急にばっと手を天に掲げたかと思うと、大きな声で言った。
「おお主よ、憐れみたまえ! きっと私たちがお似合いカップルなので皆さんが嫉妬しているんですよ。なに、恥じることはありません。さぁ行きましょう!」
——いや、恥じるべきはあんただよ!
私が返答する前に彼は私の手首をつかんで、スタスタと歩き始めた。
「ああ、そういえば申し遅れました、私はマスミと言います。アキナさんは本日三時間レンタルをご予約されてますので、二十時まではどこへでも行きたいところへお付き合い差し上げます。ちなみにその後についてはオプションサービスで……」
「あ、えーっと、後で考えまーす」
「そうですか。ではまずどこへ行きたいですか?」
いや、そもそもあなたとまわる気は無かったんだけど。でも今日の分の料金はみっちゃんのおごりだって言うし、どうせ家に帰ってもやることはない。だったら適当にこの人で時間潰すのも悪くない気がしてきた。
「じゃあ、プラネタリウムでー」
「星ですか……ロマンチストなんですねぇ」
そのセリフ、そっくりそのまま返してやるけどな! プラネタリウムならなるべく会話しなくていいかなと思っただけであって、星座のことには微塵も興味ない。
「いやーとっても素敵な空間でしたねぇ」
プラネタリウムが終わった後、しょうゆ顏神父……マスミさんはとても楽しそうな表情で言った。
「星好きなんですか?」
「いいえ、実は今日まで夏の大三角さえ知りませんでした!」
「えっ、そうなんですか? じゃあ何で……」
「あなたみたいな素敵な人と隣で静かな時間を過ごせたからに決まってるじゃないですか」
穏やかな微笑みで言われ、私の皮膚の表面には鳥肌が立った。
「次はどこ行きます?」
「えっと……じゃあ洋服が見たいかなぁ」
その数分後、私は自分でそう言ってしまったことを後悔する。
「ジーザス、次で十着目! すみません、アキナさん……私に服が似合ってしまうばっかりに……」
「あ、いえ別に……どうぞお気がすむまでゆっくり試着を……」
よくよく見ればマスミさんは長身の美形だったのだ。モデル体型の彼がファッションフロアにたどり着くなり、あらゆる洋服ブランドの店員さんが彼の神父服を剥がさんと声をかけてきた。私もマスミさんも客引きを断れるようなタイプではなく、こうして彼の試着会が延々と続いているのである。
「もうそれ買っちゃたらどうですか? 似合ってるし」
「いえいえ、それでは契約違反になってしまいます! アキナさんが選んだのはしょうゆ顏神父なんですから。アキナさんがチップとして貢いでくださるなら別ですが」
善人ヅラしてる守銭奴神父……面倒くさくなって私はそれ以上何も言わないことにした。
夕飯を食べた頃にはもう十九時半になっていた。あと少しでレンタル期間終了。
「あのマスミさん、もうそろそろ……」
「実は、アキナさんにサプライズです!」
そう言って神父は二枚のチケットを取り出した。
「ここの展望台、なかなか当日券では入れないんですけど、今日のデートが楽しみで先に買っておいたのです」
「え、展望台……」
「なに、遠慮することはありません、このチケット代は私が負担しますから」
マスミさんはにっこり微笑んで、私の手を取る。ああ、だめだ、それ以上は。しかしチケットのせいですんなりと列が進み、あっという間に私たちは地上600mまで昇るエレベーターに乗り込むことになった。
「……アキナさん?」
マスミさんが心配そうに私の顔を覗き込む。そりゃ気付くよね。手汗がすごいもんね。多分鏡を見たら顔が真っ青で、唇はガサガサになっていると思う。
「実は私……閉所恐怖症なんです……」
「ええっ!?」
あと少し、あと少し……目をつぶって言い聞かせてみても高度とは反比例して体温がどんどん下がっていくような感じがして、怖い。すると何かふわっと甘い匂いがして、身体に温もりを感じた。目を開けてようやく状況を理解する。他にもたくさん人が乗っているエレベーターの中でマスミさんが私のことを抱きしめていた。
「ちょ、ちょっとやめてよクソ神父!」
「やっと本音が出ましたね。落ち着いて。一人だから怖いのです。今は私がいますから大丈夫」
優しい囁きに、不覚にも涙が出そうになった。マスミさんの体温は冷え切った私の身体にちょうど良くて、手先の震えが収まっていくような気がした。
「高校生の時……私は水泳でインターハイにも出られる選手だったんです。けど、大事な大会の日にライバルの子に更衣室に閉じ込められて……試合には出れず、チームの信頼も失って、私はそれから水泳ができなくなりました。それまで水泳一本でやってきたから、他のことへの頑張り方が分からなくて……結局この歳になっちゃった。って、こんな話、マスミさんにしてもしょうがないですよね」
「いえ、人の話を聞くのが私の仕事でもありますから。なかなか辛い思いをされてきたのですね」
私たちはガラス張りの展望台から東京の夜景を眺めていた。そっか、もう夏祭りの季節なんだ。あらゆるところで花火が上がっているのが見える。
「私、このままおばあちゃんになっちゃうんですかね。別にいーかなーとも思うんです。誰にも迷惑かけず、普通にだらだらーっと生きていくのもありかなって」
「アキナさん。本当はそう思っていないから悩んでいるんでしょう」
「……やっぱ、見抜かれちゃうんだ。さすが神父」
「人の天性がどこにあるかなんて分からないものですよ。決めつけないことです。視野を幅広く持って、いろんなことに挑戦してみてはどうですか。例えば、この私とか」
そう言ってマスミさんは腕時計の画面を私に見せてきた。もう二十時だと言いたいらしい。
「はは、確かにあなたみたいな人は飽きないかも」
私は笑って財布を取り出した。
「分かりました、オプション申し込みます。ただし、エレベーターを降りるまで。その後続きがあるかどうかは、あなた次第です。私がお金を出さなくてもあなたが付いて来たいならどうぞご自由に」
「ふふ……なかなか言いますね」
「私、本気出したら結構すごいんですから」
「ほう、それは楽しみです」
そう言って彼は手を差し出した。私はその手を取る。今度は指と指を絡ませて。
***end***
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