第十三回にごたん投稿作(お題:ハック&スラッシュ/なにもしてないのに壊れた/一夜限りの夢だとしても/インターネット・ミーム)

このゲームには攻略法がない


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1:定職もない名無し

まず、おれのスペック。

29歳ブサメン、ファミレスバイトで実家暮らし。

某ゲームでは常に上位ランカー。でもリアルではクソ。クソ以下。

当然、彼女いない歴=年齢なわけで。

まぁそんなおれの話でよかったら聞いてくれ。

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「デミグラス1、おろし2、ライス大盛り入りました!」

「ありがとうございます!」

「次ドリンクバーの補充お願いします」

「ポテサラ切れたけど何か代わりある!?」

「お客様お会計でーす」


 実家の近くのハンバーグレストランでバイトし始めて、もう何年になるのだろう。店長が親と知り合いだからクビにはならないものの、トロい俺は万年皿洗い。おかげで随分このマヨネーズとデミグラスと洗剤の混ざった臭いには耐性がついた。ま、最初は吐いたけどな。


 体力的にはきついが、このポジションは楽だ。何も考えず、ただ機械的にこなすだけで給料が出るのだから。ホールで面倒な客の対応をにこやかにこなす才能は当然ないし、冬でも冷房がガンガン効いたキッチンで見栄えのいい料理を作る器用さもない。できない俺はできないなりに、目立たず与えられた仕事を淡々とこなす。それが俺の生き方だし、それ以上を望む気もなかった。




--分岐点があったとするなら、やっぱりあの子が初めて話しかけてきた時だろう。




「……オさん、タカオさん」

「……はい? 俺ですか?」


 最初は声が小さすぎて気づけなかった。飲食店の皿洗い機は常に轟音を鳴らしているし、俺も手が止まらないように集中していたから。あと、まさか仕事中に俺の名前を呼ぶ人がいるなんて思っていなかった、という前提もある。


「ああああ、あの、お仕事中なのにすみません……タカオさんパソコンとか詳しかったりします? ちょっと助けてほしくて……」


 おどおどと話しかけてきたその子は、先週入ったばかりの大学生のバイトだ。最初はホールで働いていたが、引っ込み思案で向いていなかったのか今週からキッチンの方に入るらしい。


「なんですか? えっと……」

「あ、ジュンです。先週入ったばっかりの」

「すみません、名前覚えてなくて。何かあったんですか?」

「その……何もしてないのにタイムカードのパソコンが壊れちゃって……」


 何もしてないだって? そんなわけあるものか。


「フリーズとかでしょ、あのパソコン古いから。再起動してみました?」

「再起……? すみません、わかりません……私、普段スマホしか使わなくて」


 これだからゆとりは、と言いそうになって抑えた。俺も一応ゆとり世代だった。


「タカオさーん。ドリンクバーのグラス切れそうなんで運んでくださーい」


 ホールの方から背の高い男が声をかけてくる。彼もジュンと同じ大学のバイトだ。ジュンとは裏腹に気さくで明るいヤツ。けど、俺に仕事を振っておきながら自分はもう一人のホールバイトの女子高生と楽しそうに話している。くそっ、だったら自分で運べよ。俺はこういうタイプが一番嫌いだ。

 俺は洗い上がったグラスの入ったカゴを抱え、洗い場のすぐ横に突っ立っているジュンに声をかける。


「今忙しいんでランチタイム終わった後で……!?」


 彼女の顔を見てぎょっとした。瞳が潤んでいて、今にも泣き出しそうだったのだ。


「壊しちゃったらどうしよう……私、ホールの時もさんざん失敗したのに……」


 えっと、こういう時なんて言ったらいいんだ? 恋愛シミュレーションゲームの画面を思い浮かべようとしたが、すぐにかき消えた。俺はそういうゲームをやらないんだった。もっぱら戦闘楽しんでスコア上げる派だから。


「--ああああもう! すぐに戻りますから!」


 俺は駆け足でドリンクバーのグラスを運び、問題のパソコンがある従業員室に入った。パソコンの画面は思った通り処理落ちでフリーズしていて、再起動すれば解決するものだった。


「ほら、直りましたよ」


 くそ、タイムロスだ。こんなことをしているうちに洗い場にはどんどん皿が運ばれてくる。今日はさっさと仕事終わらせて、オンラインゲームのイベントに参加しようと思っていたのに。仕事に戻ろうとした時、ジュンの顔を見てまたまたぎょっとした。


「タカオさんすごいです……! ありがとうございます……! 本当に助かりました……!」


 今度はきらきらと目を輝かせて言う。眩しい。ブルーライトよりも眩しい。他人に感謝されるなんてもう何十年ぶりだろうか。顔が少しだけ暑い。こんなことで照れているのがバレたら恥ずかしすぎる。誤魔化すように咳払いをして、俺は一つお節介を焼いた。


「さっきも言ったけど、古いパソコンだから余計な動作すると処理落ちするわけ。何か触りました?」

「あ、あの……えっと、シフトを確認しようと思って……」


 シフト? そんなの店長に確認すればいいのに--そう思っていた時、さっきのホールの男が従業員室に入ってきた。


「お先に失礼しまーす! あ、ジュンちゃんお疲れ! キッチン頑張ってな!」

「は、はい……」


 手慣れた風にジュンの肩をポンと叩くと、そいつは制服を脱いで洒落た私服姿に戻り颯爽と裏口から出て行った。ジュンの顔は真っ赤で、それを隠すように俯いているが、耳まで染まってしまっているので意味がない。


(あーなるほど、そういうことね……)


 来週の土曜日は大学生たちがなかなかシフトを入れたがらない。毎年恒例だからさすがの俺もその理由を知っている。この日は隣町で花火大会があるのだ。



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11:定職もない名無し

ここでちょっと昔話をさせてくれ。

俺は外見も成績も運動神経も大したことないから、

ガキの頃からとにかく自信がなかった。

得意なことはゲームだけだったんだ。

だから、それを伸ばしたくて攻略漁ったり、

連携技を何時間も練習したりしたんだよ。


……でも報われなかった。

強くなりすぎて、一緒にゲームをやってくれる友達がいなくなったんだ。

そっからかな、俺が引きこもってネットゲームにはまるようになったのは。

どんどん人付き合いが苦手になってさ、深入りする前に引くようになったんだ。

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「あれ、今日シフト入ってるんですか?」


 一週間後の土曜日の昼。ジュンと従業員室でばったり会い、俺は思わず声をかけた。てっきり花火大会に行くものだと思っていたから。


「……はい。店長に人足りないから入ってくれってお願いされちゃって」


 へへ、と化粧っ気のない顔で笑う。その表情にはどこか影が差していた。


「あージュンちゃん! 悪いんだけどさ、今日はキッチンじゃなくてホールに入ってくれないかな?」


 すでに仕込みに入っていた店長がジュンに声をかけた。


「ええっ。でも私、ホールは……」

「頼むよー! 今日ユイもヨシハルも来れないからホールが足りないんだ」


 その二人の名前を聞くなり、ジュンの表情はまた泣きそうなあの顔になった。ああ、店長地雷踏んだな。ユイとヨシハルというのは、女子高生のギャルとあの大学生の男のことだ。


「わかりました……私……」


 ジュンの声が震えている。そりゃそうだ、彼女が初めてホールに入った時の失敗っぷりと言ったら散々なものだった。オーダーはミスするわ、お客さんの服にソース飛ばすわ、ドリンクバーのジュースを入れ間違えるわ……


「足りないなら俺もやりましょうか」


 なんとなく似てると思ったんだ。そういう不器用なところ。だからなんだか放っておけなくて、俺は思わず店長にそう提案していた。店長もよほど切羽詰まっていたのか、レジだけでもいいからやってくれと言い、不慣れな二人がホールを回すことになった。





 当然いつものようにうまくは行かなかった。長年働いているから見よう見まねでいけるかとタカをくくっていたが、俺の失敗はジュンがやらかしたよりも酷いものだった。レジで客にクレームをつけられ、パニックになり釣りを渡す時に千円札と間違って万札を渡すという大失態。店長にはこっぴどく叱られ、給料から天引きされることになった。一万円の損失は正直痛いが、ジュンはそんな俺よりマシだと自信を持てたのか、目立ったミスをすることなく少しだけ生き生きしているようにも見えた。


 そんなこんなで、ランチタイムシフトに課せられている分の仕事が終わったのはもう18時を回る頃だった。


「はぁ……今日はだいぶ時間かかっちゃいましたね」


 疲れ切って従業員室のテーブルに突っ伏しているジュンに話しかける。


「……でも、よかったかもしれないです。やっと諦められるから」


 彼女は突っ伏したまま、くぐもった声で答える。花火大会のスタートは18時。もうすでに遠くからバンという音が微かに聞こえ始めている。


「タカオさん気づいてますよね、私の気持ち」

「まぁ……」

「これ、独り言なので別に相槌とかしてもらわなくってもいいんですけどね」

「はぁそうですか」

「憧れでした。大学に入って初めて話しかけてくれた先輩なんです。上京したてで友達いなくて不安だった私に、サークルとか授業の取り方とか色々教えてくれて……誰にでも優しい人だっていうのは分かってました。でも、私にとっては先輩が唯一だったんです。そうやって自分に言い聞かせてたのに……ダメだなぁ、予定すら聞けなかった。断られるかもしれないって思ったら怖くて……。でもやっぱり聞かなくてよかった。先輩、きっと一緒に花火に行く人がいたんだろうなぁ……」


 狭い従業員室に鼻水をすする音が響く。なんてでかい独り言だ。彼女の失恋話なんて微塵も興味がないけれど、そのどうしようもない勇気のなさは、まるで自分を見ているみたいで哀れに思えた。こういう時どんなセリフをかけるのが彼女の慰めになるのか全くわからない。


 だけど、彼女が俺みたいになってしまうのはなんだか嫌だと思ったんだ。


「まだ間に合うでしょ。行きましょうよ、アイツのとこへ」

「え……?」


 俺はジュンを無理やり連れ出して、ファミレスの駐車場の裏に停めていたママチャリの後ろに乗せる。アイツだったら都会人っぽいロードバイクに乗っているんだろうか。ざまあみろ。二ケツできるのはママチャリだけだからな。


「ちょっと、タカオさん……!」


 俺はジュンの言葉を無視して自転車を漕ぎだす。普段の倍の体重がかかっているので、どれだけ必死で漕いでも動きはとろとろとしている。遠くで花火の音が聞こえるが、空を見上げる余裕などない。俺はただ汗だくになりながらペダルに力を込めた。



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23:定職もない名無し

自分でも何をやってんのか理解できてなかった。

だけど、悔しかったんだよ。

あの子には負けてほしくなかったんだよ。

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「……タカオさん、もういいです。間に合わないですから」


 隣町との境目までの河原まで来た時、後ろに乗るジュンがそう言った。


「何言ってるんですか。あとちょっとですよ!」

「わかったんです。私、何がいけなかったのかって」


 ジュンの声が思いの外落ち着いていたせいで俺の熱もだんだん冷め、一旦ペダルを漕ぐ足を止める。


「私には自分でなんとかしようって気持ちが足りなかったんです。タカオさんが他人の私のためにこんなに頑張ってくれてるのに、私はそれ以上のことをやろうとしなかった」


 とりあえず近くに自転車を停め、俺たちは河原に座り込んだ。夏とはいえ、夜は少し涼しい。汗で水気を吸ったTシャツがひんやりと肌に張り付く。


「俺だって、大した人間じゃないですよ」

「え……?」

「だからこそ、君にはそうなってほしくないと思って勝手にこんなことをした。君のためじゃない、俺が救われるためのエゴです。だから感謝されても困る」

「そんなこと言わないでください。私は嬉しかったんですから」


 まっすぐに見つめられ、俺は思わず顔を背けた。


「タカオさん、私もうちょっと頑張ってみます」


 彼女はあともう数発しか残っていないであろう大玉の花火を見上げながら言った。そして--頬をほころばして言った。


「あと、ありがとうございます。バイト上がりにこんなに必死に自転車こいで、髪も服もカッコつかないしなんだかハンバーグ臭いけど……こんなに花火が綺麗に見えたのは初めてです」


 それは俺も、と言おうとしたところで特大の花火が夜空一面に咲き、俺の言葉をかき消した。




--ちくしょう、やっぱり攻略本が欲しい。





***end***


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