第九回にごたん投稿作(お題:カサブランカ/君の笑顔が見れるなら/冷やし中華/トリガーハッピー)
女子高生、透ける
このタイトルで女子高生の制服に水がかかって下着が透けるとか、はたまた制服だけ透けて見える眼鏡を手に入れたとか、そういうラッキースケベな話を想像した方--ごめんなさい。
これは文字通り、女子高生の私の身体が透明人間みたいに透けてしまった時の話である。
***
その日はそう、途中まではいたって普通の一日だった。いつも通り学校に来て、授業を受けて、仲の良い女子グループで机を合わせてお昼ご飯を食べる。強いて言えば、あの子が久しぶりに話しかけて来たことくらいだろうか。
「藤、お弁当一緒に食べよう」
長く暗い黒髪に、膝より下まであるスカート。彼女はリナ。科学部に所属する、私の腐れ縁の幼馴染。小学校からずっと一緒の学校だけど、高校に入ってからは距離を置くようになった。
「ごめん、ユイたちと食べるから」
「……そっか」
距離を置くようになった理由は単純。私が彼女と同じ世界に居続けてはいけないと思ったから。
小さい頃は、リナと一緒にいるのがいつも刺激的で楽しかった。他の同級生よりもたくさんのことを知っているところとか、普通の人なら言わないようなことをズバリ言ってのけるところとか、大人しいようで意外とアグレッシブな科学実験をやってのけてしまうところとか。それに、私が落ち込んでいる時はとにかく全て肯定して受け入れてくれた。その甘やかしっぷりといったら、うちのおばあちゃん以上だ。
今でも別に嫌いになったわけじゃない。だけど、私は私のためにリナから卒業しなければと思った。リナは周りからは「変わっている」と思われることが多くて、一緒にいる私までもそう思われているということに気づいてしまったからだ。
「……これ、あげる」
リナはすっとコンビニの袋を差し出す。
「何これ、冷やし中華?」
「あんたいっつも購買のパン食べてるから。私と食べるならと思って買ってきてあげたんだけど」
「あ、ありがとう」
よく見てるなぁ。冷やし中華の入った袋を渡すと、リナは後腐れなく自分の席へと戻っていった。
「あっれー? サイカって黒木さんと仲良かったっけ?」
女子に対しても高音の猫なで声で話すのは、このクラスで最も可愛くて男女ともに友達の多いユイ。いわゆる、スクールカーストの頂点に君臨する女王だ。
「えっと……仲良いというか、幼馴染かな」
「いいなぁ、高校にも幼馴染いるなんてうらやましー!」
「こら、ユイは幼馴染の彼氏がいるからいいじゃん」
突っ込みを入れたのは、一年生ながら女子テニス部のエースの地位をものにしたナツコ。ハキハキした性格の美人で、ユイに対して物怖じせずに発言できるのは彼女くらいだろうと私は思っている。
「あれはもう彼氏じゃないって。なんて言うの? 友達?」
「やめてよもー。それってどっちの意味?」
「ふふ、想像に任せるよん。それより最近バイト先の大学生のお兄さんといい感じでさぁ」
「え、また新しい男? 本当ユイってあれだよね、常に八方に弾丸撃ちまくってる感じだよね。そういうのトリガーハッピーって言うんじゃない」
正直、恋愛熟練度★5つの彼女たちの会話に全くついていけない。私は今まで彼氏なんてできたことないし、モテ期だって来たことない。片思いは、しているけれど。
相槌で誤魔化しながらリナがくれた冷やし中華をすする。……あれ、この冷やし中華のタレ、やけに甘い。花みたいな香りがする。何の花だっけ、白くて、背の高い--……
いつの間にか眠っていたらしい。連日の合唱コンの練習で指揮者をやっているせいで疲れが溜まっているんだろうか。やっぱり慣れないことをするものじゃない。クラス全員の視線が私に集まるってことにただでさえ緊張しているのに、本番はあの広い市民会館でやらなきゃいけないなんて……
「ねぇ、サイカどこに行った?」
すぐ近くでナツコの声がする。何言っているんだろう、私はここにいるのに。
「さぁ? もう先に行ったんじゃない、次体育だし」
ユイまで何言ってるの? 私はここにいるのに--
二人に向かって手を伸ばしてハッとした。手を伸ばしているという感覚はあるのに、それが目に映らない。私の手があるはずの場所に何もない。慌てて足元を見た。私の足も、ない。教室の窓の方を見た。そこには誰も映っていない。
--私が、どこにもいない。
どうしようどうしようどうしよう! だけどまさか自分が透明人間になった時の対処法なんて知ってるはずがなくて。完全に思考停止してしまった私は、とりあえず何も考えずに教室を移動するクラスのみんなについていった。次は体育の授業。向かう先は更衣室だ。
更衣室の前まで来てようやく気づく。私、ここに来たってどうしようもないじゃん。身体透明になってるんだし。ああ、泣きたくなる。でも、透明だから誰にも気づいてもらえないんだよなぁ。いっそのこと家に帰って布団で寝ようか。そんなことを考えていた時、彼らが遅れてやってきた。
「クソっ! 着替え遅れたらシュウトのせいだからな」
「なんで僕のせいになるんだよ。アヤトがいつまでものろけ話してるからいけないんだろ」
性格真反対の双子の男子。アヤトの方が体育会系で、シュウトの方が文化系。名前が逆だったらわかりやすいのに。シュウトは私と同じクラスで、元々合唱コンの伴奏をやるはずだった。だけど先月指を骨折して、隣のクラスのアヤトが代打をやっている。
ちなみに、私が片想いしているのはシュウトの方。
気づいたら私の透明な足は青い扉の方に向かっていた。……つまり、男子更衣室。うわぁ、汗臭い。
「おっせーぞアヤト! お前いないとうちのチームやべぇんだから!」
すでに着替え始めていた男子の一人が、更衣室の中にあったハンドボールをアヤトに向かって投げつける。彼は器用にそれを受け取ると、ブンと投げ返した。ボールはまっすぐと直線の軌道を描く。
「はは、悪い悪い。でも、今日は控えめにやらせてもらうわ。合唱コンまで日もないし」
「お前がそんなこと言ってるとシュウトと区別がつかねぇよ」
するとシュウトは溜め息を吐き、制服の上着を一気に脱いだ。筋肉はそこまでついていないけれど、細く整った線。私は思わず鼻をおさえた。私が今やっていることは相当な変態行為だということは重々承知している。こんなことよりも早く元の身体に戻る方法を探すべきだということも。けど、これだけは言いたい。
--眼福っ……! ちょっと、透明人間になった甲斐があったかも……!
そう言えば昔、リナの影響でBL漫画を読み漁っていた時期があったっけ。最近は一切そういうのに手をつけていなかったから少し欲求不満だったのかもしれない。
「アヤト……良い子ぶってないでハッキリ言いなよ。合唱コンで彼女にいいとこ見せたいからだって」
「「「彼女!?」」」
その単語で更衣室中の男子の視線が一点に集中する。へぇ、男子でも更衣室で恋バナとかしたりするんだ。
「へへ……実は、ピアノの先生とお付き合いすることになったんだ」
「マジで!?」
「年上のお姉さんうらやまっ!」
「先生と生徒とか危ない響きだなぁ。燃えるわ」
アヤトが照れて顔を真っ赤にしている。双子のシュウトも、好きな人に対してそういう顔をしたりするんだろうか。と、思ったら。
「なぁ、シュウトはどうなんだよー? アヤトと交代する前は藤さんといい感じだったじゃん」
--えええ!? 私!?
「いい感じっていうか、まぁ伴奏と指揮者だからね。あの人マジメだからその辺はやりやすかったな」
「それは僕も分かる。藤さんが仕切ってくれるから練習成り立ってる感じはあるよなー」
--アヤト、ナイスアシスト!!
私は誰にも見えていないのを良いことに、飛び跳ねてガッツポーズをする。
「え、じゃあ何? もし藤さんに告られたら付き合ったりする?」
男子の一人がニヤニヤと肘でシュウトを小突く。シュウトは少し上を向いて考えてから、こう言った。
「うーん、それはないかな。正直、藤さんがどんな人なのかよく分かんないんだよね。見えないというか、隠されてるというか、そんな感じがするから」
--バタンッ!
「あれ……? 今、誰もいないのに更衣室の扉開いた……?」
--なんとなく、わかってはいたんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん。ひぐっ。うえええええええええ」
--今の私、なんなんだろうって。
本来の自分から離れたところに背伸びして、ユイやナツコに必死でしがみついて。分かっていたけど、気づかないふりをしていた。今の私は透明人間そのもの。中身も外見も誰かの目に止まることのない、空虚な存在。見抜かれてた。見抜かれていたんだ。
私は誰もいない教室でただひたすらに泣いた。
きっとこのまま、いなくなったことさえ気づかれないまま、誰にも本当の私を見せずに消えていくんだ。そう思ったら悲しくて、もう何年分かってくらいに涙が溢れ出てきた。だから、教室に誰かが入ってきたことにも気づかなかった。
「ぶっさいくな泣き方だね、藤」
顔を上げると、目の前にはリナがいた。私は透明になっていて見えないはずなのに、しっかりと目線が合う。
「リナ……?」
「声が聞こえたから。ほら、おいで」
そう言って彼女は両手を広げ、透明な私を迎え入れる。小さい頃より、胸が大きくなった柔らかいリナの感触。ちぇ、私の方がブラのカップ小さいんだろうなぁ。
「藤は藤のままで良いんだよ。あんたの良さを見てる人はちゃんといるんだから」
頭を撫でられ、私の呼吸は少しずつ落ち着いてくる。幼馴染ってずるいな。どうすればいいか分かっているんだから。しばらくするとリナは私の頭をぽんと叩き、私の顔の辺りを覗き込んだ。
「ん、泣き止んだ? 残念ながら透明だから表情は見えない」
「うん、もう大丈夫だよ」
「それならよし。……さて、解毒薬を作ってくるかな。藤の笑顔が見れるなら」
--ん? 今なんて言った?
「ちょっと待って、もしかして、リナ--」
リナは目を細めて妖しく微笑んだ。ああ、私はこの表情をよく知っている。彼女のアグレッシブな科学実験。そのモルモットはいつも私。前に一度どうしてって問いただした時、彼女はこの表情を浮かべて言ったのだ。
「どうしてって……藤のことが好きだからに決まっているじゃないか」
***end***
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