第2話 魔法銃ロック

 ユウはパチリと目を覚ます。

 体温を吸うような冷たい石の感覚と背中にある鞄と拳銃袋ホルスターが腰を押す感触、拡音器スピーカーから流れる陽気な旋律メロディが聞こえてきた。

 ユウは上半身を起こして周りを見渡した。

 そこはちょっと寂れたどこかの遊園地。玩具の銃で的を狙う遊具施設アトラクション回転木馬メリーゴーランドが回っていた。その近くの遊具施設から様々な曲が流れ、色々な光がピカピカと光っている。遠い場所に目を向ければ、禿げ山を縦横無尽に乗り物遊具の線路が走り、森のような木々が生える場所、巨大な温室のように硝子に閉じ込められた植物園、そして一番目立つ丘の上の白亜の城。想像を絶する巨大な遊園地のようだった。

 だけど、その遊園地には誰もいない。ユウ一人きりだった。

 その上に、銃の遊具施設にある玩具の銃は一つの残らずなく、回転木馬の馬は一頭もおらず、ただ木馬の台が回っているだけだった。

 そんな奇妙で、一種の怖さを感じつつもユウはあぐらを掻いて考え込んだ。

 黄金の扉をくぐり抜ける前に聞いた言葉。その言葉を信じると、どうやら自分は『ホラーハウスの王、恐怖のあるじが流す涙』を盗まなければならない。

 そう思って彼はキョロキョロと辺りをもう一度見渡した。そこは遊園地。きっとお化け屋敷ホラーハウスもあるはずだ。言葉の意味と場所は繋がるが、お化け屋敷ホラーハウスの人形が涙を流すとは考えにくい。それでも魔法使いだった祖母の扉を開けて来た異世界。魔法のからくりで動いている可能性はある。

 そう手を打って、ユウが地図の一つでも探すために腰を上げようと思った瞬間。

「おい! てめぇ! いつまで俺様をそのデカい尻で踏んでんだよ!」

 柄の悪い声が響き渡り、ユウは飛び上がった。

 隈無く辺りを見渡して声の主を探すが、誰もいない。声が鳴りをひそめると、ただ遊園地の音楽が薄気味悪くひとりでに鳴っている。

「ここだよ、ここ! 俺様はここにいるぞ!」

 また声がする。

 信じられないことにその声は腰につけた拳銃袋ホルスターからだった。

 ユウはそれを見て納得する。

 魔法の銃が喋るぐらい何も不思議ではない。魔法の本には自分のあらゆる想像を超える不思議な力が描かれていた。

 そう思いユウは落ち着きを取り戻して、拳銃袋ホルスターの留め具を外し、丁寧に、小動物を優しく取り出すように銃を取り出した。

「おー! やっぱ娑婆の空気はうめぇなぁ! たくっ、俺様をあんな息の詰まる狭い場所に閉じ込めやがって」

 不満気に喋る銃を物珍しそうにユウは見ていた。

「おい。てめぇいつまでだんまりだぁ? その銃口に藁でも詰まってんのか?」

 両手の中にある銃は、冴え渡る月のような白銀で輝き、優雅な形状は大貴族の持ち物に相応しい一品。それが酒場の暴漢ぼうかんのような声でがなり立てる姿にユウは口元を緩ませた。

「すまない。喋る銃は初めてでね」

 そのユウの言葉に銃は満足そうな声を上げる。

「そうだろう、そうだろう。喋る銃なんて俺様だけだからな。ってそれよりもだ。俺様をその薄汚い手で触れるんだったらまずは名乗るのが筋ってもんだろ?」

「ああ、僕の名はユウ。調停者であり盗賊の一族だよ」

「なよっチョロい名前だぜ。まあいい、盟約に従い俺様がお前を教育してやるぜ。俺様の名前は、フロント・ロック。最前列でロックンロールだ。イカすだろ?」

 その名前を聞いてユウはバレないように心の中で笑う。

 フロント・ロック。それはきっとフリントロック式の銃をちょっともじった名前だろうと。その喋る銃は、大昔の銃だった。マスケット銃と同じで、撃鉄の先に火打石が取り付けられて、その撃鉄の衝撃で火をつけて弾丸を撃つ古典的な銃。そのマスケット銃を短くして、回転式の弾倉を作ればこのフリントロック式八連発回転銃が出来上がる。

 それに気がついてユウは知らず知らずの内に微笑んでいた。少し彼の緊張感が紛れて、新たに現れた登場人物に感謝している。

 ユウは嬉しそうに言う。

「ああ、素晴らしい名前ですよ、師匠」

「そうだろう、そうだろう。この名前の良さが分かるなんててめぇ意外と見所があるな。だがよ、一つ言わせて貰えばそんな口調じゃ舐められるぜ。俺様のような口調にならなきゃ、俺様の相棒なんて一生なれねぇな」

 ユウはその銃が意外と人がいいことに気がついた。口調は悪いが、ちゃんとこちらに助言を言ってくれる辺り好感が持てる。こういった変わった人物が旅の友だとすると飽きなくていい。

 ユウは村の酒場を思い出しつつフロントの助言に従った。

「了解だ。フロント師匠」

「ノンノン、俺の名を呼ぶときはロックって呼んでくんな。師匠もいらねぇ」

「了解、ロック」

「グッドだ、ユウ」

 二人が挨拶を済ませると、ユウが片手で背中から鞄を前に回し、中をごそごそし始めた。

「おい、ユウ、何してんだ?」

「いい物を用意してんだよ」

「いい物?」

 不思議そうな声を上げるロック。ユウは鞄から木箱を取り出して中を開ける。

「おおお! そいつはメシじゃねぇか! 美味そうなもん入ってるな!」

 その木箱には黒色火薬や鉛の弾丸が詰まっていた。

ユウは子供の頃にフリントロック式の古い銃を目に焼き付けていた。旅を始める前に、それを思い出して火薬や鉛、そのほかの整備道具を魔法の鞄に入れていた。

「ロック、どうやってメシを喰うんだ?」

「おっと、そいつは重要なことだな。いいか、俺様の弾倉の横、銃把グリップ側に固定具があるからそれで弾倉を開けられる」

 ユウは言われた通りにすぐさま固定具を見つけ、親指で押し込み弾倉を開ける。

「んで、そこに火薬と鉛をぶち込んでくれ。順番は関係ねぇよ。それと幾ら入れても大丈夫だぜ。遠慮無く入れてくれ」

「了解」

 そう言ってユウは木箱の中から管のようなものを取り出して、そこに火薬を流し込み、零れないように弾倉へと送り込んでいく。

「おお! うめぇ! こいつは上玉だぜ!」

 喜んでいる声を聞きながらユウは微笑んでいる。

「ああ、それとだ。八連の弾倉には均等に入れてくれよ」

 ユウは了解と呟き、丁寧に均等に入れていった。全ての火薬と鉛玉を流し込んだあと、ロックは満足そうに呟く。

「やー。喰った喰った」

「それは何より」

 それを聞きつつ、木箱を鞄に片付け終わったユウは笑ってそう言った。

「おう、そうだ。メシをたらふく食った後は運動だぜ、ユウ。俺様のロックンロールを教えてやる。あそこにちょうどいい的があるな」

 突然の提案にユウは少し驚きながら辺りを見渡すが、ロックはただの銃であり、視線を追えるはずもない。彼は諦めてロックに尋ねる。

「見えねぇよ、ロック。何処の的だ?」

「おい、その照星は大丈夫かよ? あそこだよ、あそこ。カウンターの後ろにでっかい的があるじゃねえか」

 それは玩具の銃がなくなっている遊具施設の射撃用の的だった。

 距離は25mほど。だが、的は小さくフリントロック式のマスケット銃、それも銃身が切り詰められた拳銃では命中させることも困難だ。だが、ロックはそれをデカい的と呼んだ。

 その的を見てユウが近付こうと歩き出すとロックは騒ぎ始めた。

「おいおい! 的が目の前にあるのに近付くなんてどういうことだよ?」

「いや、アレは遠いぞ?」

「あぁあ? てめぇ、俺様を舐めてるのかよ? ひよっ子は黙って俺様の指示に従え。いいからとっと、的に向けて俺様の銃口を向けな!」

 機嫌が急降下し、がなり立てるロック。

 ユウは素直に銃口を的に向けて挑戦的に笑った。おそらくこの言った方がロックにとっては居心地がいいのだろうと思っていた。

「ならお手並み拝見だ」

「たく、口だけはいっちょ前だな」

 ロックはへっと鼻を鳴らすような声を上げるが、意外と気に入った答えなのかまんざらでもなさそうだった。

 言葉が終わると、カラカラと激しく弾倉が回転し始めた。

「・・・っと、ひよっ子ならこれだな」

 何かを選ぶようにロックが独り言を言うと、カチャリと弾倉が止まり、ガシャンと撃鉄が起こされた。

「ほら撃てよ」

 ロックの言葉にユウが引き金トリガーを引いた瞬間、驚くべき事が起きた。まるで誰かが自分の銃身を最適な位置に導き支えてくれるような感触と共に、ガチャンと撃鉄が下りる。

 発砲音が遊園地に響き渡るが、肩すかしを食らったように反動がない。

 その大音量で少し耳がキーンとなりながらもユウは硝煙を避けて的へと視線を向ける。

 だが、的には弾痕がない。

 ユウは怪訝そうに腕の先にあるロックを見た。その瞬間に硝煙が銃口から流れユウを襲った。黒色火薬の硫黄臭と黒煙で鼻と目がやられる。

「ケッホ、ケッホ。なぁロック。外したのか?」

「てめぇ! 人が気持ちよく余韻に浸ってるのになんつー言いぐさだ! 的に近付いてよく見てみろ! ひよっ子!」

 不機嫌になったロックががなる。

 それを疑り深そうに見ているユウは、諦めて的の方に近付いていった。

 その的の中心には小さな凹みができていた。

「もしかしてこれ?」

 手に提げていたロックにユウは尋ねる。

「そうだよそれ。俺様がひよっ子のお前に威力の高い銃弾を選ぶわけがねぇだろうが。それは『睡眠弾』。相手を眠らせるんだっつーの」

 ユウはなるほどと感心する。ロックは最適な状況に合わせた銃弾を撃てるらしい。貫通弾、散弾、照明弾、水中弾、もしかしたら焼夷弾、いやここでは魔法弾のほうがいいか。そう考えて納得した。

「さすがはロック。見事だ」

「たりめぇーよ」

「で、一つ聞いてもいいか?」

「あん?」

「ロックは何処に入れたらいい? 拳銃袋ホルスターは嫌か?」

「たく・・・しょうがねぇな。だけどよ、こんなダサいホルスターは御免だね。その内俺好みの奴を作れよ」

「はいはい」

 苦笑しながらユウは、ロックを拳銃袋ホルスターにしまい込む。ポンポンと手でそれを軽く叩き、振り返って歩き出そうとすると―――。

 目の前に剣を突きつける一人の女性がいた。

 白銀の兜を被り顔は見えない。だが、剣を持つ優雅な手足と胸の膨らみがある鎧が見事な女性の形。すらりと流麗な白銀の鎧はドレスのような優雅さを持っていた。

 その兜の中から声がかけられる。

「何者ですか? パレード族の男? それともアトラクション族の・・・ええ、考えても仕方ありません。私が連行します」

 その物騒な話の内容と耳にこびりついて離れない陽気な旋律が、奇妙に折り重なって流れている。

 異世界に入って早々、ユウは厄介事トラブルに直面した。

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