ミルミドン蟻
レテクル・スプリングは小さな男の子だ。
大烏のワタと共に、何か大切なものを探して旅をしている。今はなだらかな丘陵と地平線、そして低い山が織りなす尾根とに囲まれた平原の一本道を歩いていた。
「大変だよ、ワタ」
レテクルの頭上、レテクルが精一杯背伸びして手を伸ばしても決して届かない位置を、ワタはゆっくりと飛んでいる。
「なんだい、どうしたんだ?」
「いつの間にか、路銀を使い切っちゃってたみたいだ。一文無しだよ」
コインを入れておいた革袋をひっくり返しながら、深刻そうに呟いたレテクルに対し、ワタは興味なさげに答える。
「なんだ、そんなことか。気にするほどのことでもないだろう」
「そうかな? お金がなければ宿にも泊まれないし、ボロボロになった靴の代わりも買えない。第一、ご飯だって食べられないよ」
ワタはレテクルの頭上でくしゃみをした。そして、何事もなかったかのように言う。
「さて、どうやらこの辺にも探し物はないみたいだな。なら、さっさと次の場所へ行くとしよう」
「ちょっとワタ。僕の話を聞いてるの?」
レテクルは、少しだけむっとしたようだった。けれど、ワタはそれを意に介さない。
「確か、あの尾根の向こうにはライキブライスの森が広がっているはずだな。あの森の住人は物知りだというから、彼らに頼ってみるのもいいだろう」
そんなワタの態度を見て、レテクルは諦めたようにため息を吐いた。それを見て、ワタは可笑しそうに笑った。
「小さなレテクル、あんたが金勘定するのはちょっとばかし早すぎると思うぜ。なに、コインが無くても食べ物くらいは手に入れられる」
「どうやってさ?」
「よく茂った木の葉っぱを、一枚一枚ゆっくり裏返してみるといい」
レテクルは何とも言えない表情をして、黙った。幸い、彼の背負う小さなザックにはいくらかの保存食が残っている。
「おや、あれは何だろう?」
ぽつんと生えていた、大きな
「ん?」
「あれだよ、ワタ。樫の木の根元。きらきら光ってる」
ワタが見ると、子犬くらいの大きさの、金色に輝く昆虫が、二、三匹集まっているところだった。
「こりゃ珍しいな。ミルミドン蟻だ」
「ミルミドン蟻?」
ロープを縛る手を止めたレテクルが、ワタに尋ね返す。
「ああ。奇妙な性質を持つ蟻でな。奴らは金を好んで食べて、その体にため込むのさ。だから、あんなふうにきらきらと光って見えるんだ」
「へえ、不思議な生き物がいるんだね」
レテクルは樫の木へと近寄った。普通の蟻に比べて、何十倍もの大きさを持つ、奇妙な黄金色の蟻たちは、のろのろと歩いている。
「何をしているのかな」
「さあな。特異な習性はよく知られているが、実際の生態は不明な部分が多いらしい。珍しい生き物で、生物学者たちの研究も中々進んでいないそうだ」
「ふうん?」
レテクルが黄金色の不思議な昆虫をじっと見つめているのを見て、ワタは注意する。
「おっと、あまり奴らを見つめるなよ」
「どうして?」
「昔、ミルミドン蟻のコレクターはたくさんいた。が、長い間奴らを見続けているうちに、眼球が黄金になっちまったらしいぜ」
「それは大変だ」
「まあな。それで奴らは危険だってことになって、ミルミドン蟻の巣はあちこちで燃やされたらしい。今でもその時の痕跡が、あるはずのない金鉱として現れるっていう話だ」
「そうだったんだ……」
「そんなわけで、ミルミドン蟻は珍しい生き物になったのさ。奴らに罪はないんだがな」
黙ったレテクルを見て、ワタは調子を変えて言う。
「それでレテクル、お金を稼ぐ方法は何か考え付いたか?」
「いいや、何も」
「いいのかい、それで」
「……うん、なにせ僕は今、お金より大切なものを探している最中だからね」
「そうか。なら、それでいいだろう。お前はまだ小さなレテクルなんだからな」
やがて、小さなテントをこしらえたレテクルは、眠りにつく。
明日、日の出とともに歩き出して、探し物を見つけるために。
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