笑顔が絶えない国
大陸の西の方に、皆が笑いあって暮らしている国がありました。その国では常に笑顔が絶えず、争い事もなく平和に暮らしていました。
ある日、その国に一人の旅行家の男がやって来ました。旅行家の男は、皆が皆笑顔なのに驚き、尋ねました。
「なぜ、あなた方はそのように笑っているのですか?」
尋ねられた男は笑って言いました。
「我々は皆が笑いあえる世界を目指さなければなりません。そのためにまず、皆が笑いあえる国を作ったのです」
旅行家はなるほど、と頷き、この国に滞在することに決めました。
旅行家がこの国に来て、ちょうど一週間になった日のことです。旅行家が借りた家の近所で、葬式が執り行われることになりました。
色々な国の習俗に興味のあった旅行家は、この国の葬儀がどのようなものであるか知るために、葬式に参列することにしました。
旅行家が神妙な面持ちで葬式の会場に赴くと、喪主らしき男が笑顔で出迎えました。
「こんにちは。よく来てくれました」
旅行家は男の満面の笑みに驚き、思わず尋ね返しました。
「なぜ、あなたはそんなにも嬉しそうなのですか?」
喪主らしき男はにっこり笑って答えます。
「それはね、死者はきっと、残される者たちが悲しむことを望まないはずなんです。だから、僕たちはこうして笑っているのですよ」
旅行家はなるほどそうかと思い、葬式の様子をつぶさに観察し始めました。参列者は旅行家を除いて、みな穏やかな笑顔でした。
旅行家がこの国に来て一ヶ月が経とうとしていた頃でした。旅行家はもっとこの国について知りたいと思い、図書館に行くことにしました。
図書館に向かう途中、すれ違った人たちからは決まって笑顔で挨拶を送られました。
旅行家は、図書館で実にたくさんのことを調べました。この国の歴史、風俗、気候、食文化など、色々なことがわかりました。
特に旅行家の気を引いたのは、次の法律の一文です。
『我が国の国籍を有する者は、負の感情を表してはならない』
旅行家は、納得しました。
旅行家がこの国に来て、半年が経ったある日のことです。
旅行家が町を散策していると、子供たちが笑顔で元気よく挨拶をしてきました。旅行家も笑顔で応え、言いました。
「君たちはいつも笑顔で元気だね。よいことだ」
すると子供たちは笑顔のまま首を傾げます。旅行家が訳を尋ねると、子供たちは笑ったままこう言いました。
「おじさん、笑顔ってなぁに?」
旅行家の男は驚いて何も言えませんでした。
子供たちは悲しみも怒りも知りません。
ずっと笑顔です。
だから、笑顔はいつもの当たり前の表情だと思っていたのです。
子供たちは、笑顔が特別な感情を表す表情だと、知らないのでした。
旅行家がこの国に来て、一年が経ちました。
とうとう旅行家は、この国を旅立ちました。
旅行家は故郷に帰ると、一冊の旅行記を書き上げました。その旅行記には、これまで旅行家が旅をして来た様々な国について書いてあります。
その中に、例の国のことも書いてありました。
その最後を、旅行家はこう書いて締めくくります。
『悲しみを表現できない世界も、怒りを表現できない世界も、私には必要ない。
私が望む世界は、皆が笑い、泣き、怒ることができる世界である。』
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