道化師のいた村
昔々、とある小さな村をこの上なく大規模な流行り病が襲いました。村のあちこちには村人の死体が放置されており、死体には蝿がたかっていました。
衛生状態はもちろんよいはずがなく、そこかしこの水たまりには、この流行り病をもたらした蚊の幼生が実にたくさん繁殖しています。
こんな状態なので、村の空気はとても明るいとはいえません。
村人は誰ひとりとして笑顔を見せず、暗い気持ちで来るかどうかもわからない明日を想っていました。
そんなある日、村に一人の道化師の仮面を被った男が現れました。道化師の仮面を被っているからには、きっとその男は道化師なのでしょう。
その男は、死体が散らばる村の広場で自らの芸を披露しました。
今の村を出歩く村人は多くありませんが、死体を広場に運んでいる村人たちが、まず男の芸の見物人となりました。
その芸をみた村人たちは、道化師をなじりました。村は、とても笑えるような状況ではありません。そこに突然現れた道化師が、面白おかしい芸を披露するなんて、村人たちには許せなかったのです。
村人たちから場違いなことをするな、早く村から出ていけなどと、怒声を浴びせられても男は一向に気にせず、おどけることを止めませんでした。
村に現れた道化師のことは、たちまち全ての村人に知れ渡りました。村人たちは広場に集まって、道化師の仮面を被った男に詰め寄ります。
男には罵声が浴びせられました。しかし男は、どれだけ馬鹿にされても動じません。
それどころか、ますます一生懸命に芸を続けます。
ある村人は、とうとう頭にきて、男を殴りつけました。しかし男は殴り返したりせず、変わらず芸を続けるだけです。
他の村人たちも加勢して、男を徹底的に傷めつけました。けれど、男は決して殴り返したりせず、ボロボロになっても芸を止めようとはしません。
やがて村人も、道化師の仮面をつけた男が気味悪くなり、近寄らないようになりました。
何日か経った後、道化師の仮面を被った男も、流行り病に罹って倒れました。元々衰弱していたためか、男は呆気なく死んでしまいます。
それに気付いた村人の一人が、男から道化師の仮面を剥ぎ取って驚きました。
男は、昨年娘を失い、残った家族もみなこの流行り病で亡くしていた一人の村人だったのです。
他の村人が苦悶の表情を浮かべて死ぬ中、男は穏やかな死に顔でした。このことは、やはりすぐに村中に知れ渡りました。
男が死んで、ようやく村人は男の真意を知ります。
男はただ、みんなに笑ってほしかっただけなのです。この村に、笑顔を取り戻そうとしただけなのでした。
たとえ馬鹿にされても、たとえ殴られても、それで村人たちの心が晴れるなら、きっとそれでもよかったのでしょう。
そのことにようやく気付いた村人たちは、涙を流します。
そして、男を忘れないために、そして笑顔を忘れないために、一つの掟を考え出しました。
ようやく流行り病の痛手から立ち直った、とある小さな村にはとある風習がありました。
まず、村人からくじで公平に笑われ役を選び、笑われ役は目印として道化師の仮面をつけます。
そして、道化師の仮面をつけた笑われ役を見た人間は、必ず満面の笑みを浮かべるという風習です。
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