世界を変えるための方法論

 私は現実を変えなければならなかった。

 無二の親友が死んでしまったという現実を。


 あらゆる方法を試した。


 彼女を助けるためなら、黒魔術だろうと、時間遡航だろうと、なんだってやる気になった。


 そうして、とうとう私はその方法を見つけたのだ。





 初めて会った時、先生はこう言った。


「おこがましい話ですが、私は人間の主観と言うものが一番なのだと考える。個人の主観が、世界そのものに影響を与えるのです」


 私は確信した。この先生なら、彼女を助けられると。私はそれから、何度も先生と話した。先生の話は実に興味深いことばかりだ。


「あなたはサンタクロースを信じますか? ……だから、あなたの世界にサンタはいない」

「あなたはUFOを見たと主張する人を馬鹿にするかもしれません。当然です、あなたの世界にUFOなどという胡散臭いものは存在しないのだから。しかし、彼らの世界には、UFOは実際に存在するのです」

「あなたが見ている世界というのは、あなたが無意識に考えている通り、信じている通り、納得した通りの世界なのです。この主観という、強烈なバイアスは、モノの実際の見え方まで変えてしまいます。真実など、実に容易くね」


 先生の話は、私に希望を与えた。そうだ、私の考えることが、私の世界の全て。先生の話によれば、個人の主観は、時に現実を塗り替える。

 かつて神への信仰が義とされた時代、神を信じる人間の世界には確かに神や悪魔が存在したのだという。

 ならば、そう。私の主観が彼女の死を否定すれば、私の世界の彼女は死なない。

 簡単なことだ。私は彼女が生きていることを、信じ続ければいい。


 そんなの、朝飯前。私は彼女の生存を、何よりも願っているのだから。


 ……だけれど、世界はそう優しくない。彼女は何時まで経っても、蘇らなかった。





「それは当然でしょう。あなたは無意識のうちに彼女の死に納得してしまっているのですから」


 先生はそう言った。出会った時に見せた天使の笑顔が、今は醜悪に見える。


「あなたの信じていた常識で考えれば、あんな大事故に遭遇して生きていられるはずがない、そう考えざるを得なかったのでしょうね」

「あなたは、心のどこかでわかっているんですよ。彼女が生き返ることは、二度とないということが」

「もちろん、彼女の死を完全に認めない人間がいたとしたら、その人の世界では彼女は生きているでしょうがね」


 おかしい。先生はこんなにも意地汚い笑みを見せる人間だっただろうか。


 ああ、私の世界というものはこんなにもあっけなく改変されてしまうものなのに。どうして彼女は死んだままなのだろう。

 私は彼女の死を認めてなんかいない。そのはずだ。なのに、どうして彼女はあの笑顔を見せてくれないのだろう。


 でも現実にこうして、彼女はかつてのように笑いかけてくれない。


 ということは、先生によればそれは、私が無意識のうちに彼女の死を受け入れていることになる。

 嘘だ。そんなことはない。ないはずだ。だけれど、猜疑の心が鎌首をもたげてくる。

 やはり彼女は死んでしまったんだ、もう非現実的なことを考えるのは止めて、彼女の死を受け入れよう。


 ……まるで悪魔のささやき。私に付きまとって離れない。


 こんなことじゃダメだ。私が彼女の死を否定しなければ、彼女は永遠に私の世界で笑ってくれないのに。

 苦しい。脳裏に焼き付いていたはずの彼女の笑顔がくすんでいく。

 認めたくない彼女の死という強烈な毒が、身体の隅々に浸透していく。


 ああ、ならばいっそ、こんな現実はきれいさっぱり忘れてしまえ……! 彼女の死を忘れることが出来たなら、彼女は私の世界で、微笑んでくれるのに!



 ……そうして、私はようやく気がついたのだ。彼女を救う方法に。


 私にできることは、希望を抱いてただ待ち続けることだけ。







「あのおばあさん、最近急に元気になったのよね」

「だんだん、若い頃を思い出してるみたい。よく、その頃のお友達と間違えられちゃって……」

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