駅前広場

 東口の噴水前に、妙な格好で俺は突っ立っていた。目の前には、とある英雄の銅像が立っている。その縁に腰かける人間が数名。

 多くは、携帯をいじっている。人待ちだろうか。待ち合わせ場所としては、まぁわかりやすい。

 制服を着た高校生が目の前を通り過ぎた。ちらりとこちらを一瞥、数秒凝視してから何事もなかったかのように前を向いた。

 その高校生に、ビラ配りの青年が声をかける。しかし、高校生は素通り。ビラ配りの青年ははやくも次の人間に声をかけた。

 後方からやってくる人が、急に増える。定期的にあることだ。信号が青になったのだろう。

 ビラ配りの青年はここぞとばかりに声をかけるが、成果は芳しくない。一人、婦人が受け取った。

 前方、視界の端でエレベーターが上下する。しばらくしてエレベーターから降りた中年の男性は、ガラガラと音を立てながらスーツケースを押して歩く。旅行者、いや出張だろうか。


 ふと、懐かしい匂いがした。タバコの匂いだ。別に俺は喫煙者じゃないが、親父がそうだった。

 最近は人前では吸わないし、吸う量も減らしているようだが、俺が子供の頃はよく吸っていた。

 もしかすると、成人してからめっきり出なくなった気管支炎は、タバコのせいだったのかもしれない。


 かさかさと、音がする。風に吹かれたゴミが転がっていた。ピンク色の塗装の、紙パックのジュースのようだ。

 目の前を勢いよく自転車が通り過ぎた。ちょうどそこに転がって来た、空の紙パックを踏みつぶしていく。


 この街は自転車が多い。割合平らな土地だからだろうか。他にも何台か、颯爽と通り過ぎていく。


 ふと気付くと、付近の中学校の制服を着た男子が、こちらに携帯を向けていた。電子音が鳴る。

 俺はそれを無視した。せざるを得ないというべきか。

 英雄の像の周りを鳩が埋める。ここからは死角で見えないが、誰かが鳩に餌をやっているらしい。

 鳩の多さで有名な広場には遠く及ばないが、人慣れした鳩が少なからずこの広場にはいる。

 よく見れば、あちこちに白い糞が。鳩は暢気にこぼれた餌をつついている。


 帽子をかぶった爺さんが目の前を通る。片手にはポリ袋。自転車に踏まれてひしゃげた紙パックを拾った。

 どうやら、ボランティアらしい。その隣を携帯電話片手の若者二人組が、通り過ぎる。爺さんには目もくれない。


 高架のホームに、新幹線が停車した。まるでタイミングを合わせたかのように、餌をついばんでいた鳩が、一斉に飛び立った。

 羽ばたきに紛れてエンジン音。すぐそこにはバスのターミナルがある。恐らくはそれだろう。


 視界に、犬連れの婦人。散歩だろうか。すぐに視界から消えた。

 婦人の消え去った辺りに、アナログ時計がある。その針は、先ほどから止まっているようにも思える。

 が、やはり少しずつ動いているらしい。長針が、ここに来た時と比べれば明らかに進んでいる。


 そういえば、そろそろあの時刻か。


 ホームの新幹線が、発射する。それからしばらく、背後で物音がした。次いで水しぶき。噴水の時間。水の音が、満ちていく。


 その一瞬。


 やわらかな音の中に、異質な音が混じった。金属質の、硬い音。目の前には笑顔の高校生。財布をしまって、そのまま立ち去った。


 恐らくは、目の前にあるはずのお椀に、小銭が増えた。心の中で、お礼を言う。伝わったかどうかは、まったくわからない。


 俺の芸は、動かないことだ。


 無論、感謝を態度で示すこともできない。金額を確かめることも、不可能だ。視界は常に、広場の一角。そこでの出来事が、今の俺の全て。


 いつの間にか、タバコの匂いが消えていた。そのタバコをどんな人物が吸っていたのか、俺に知る術はない。

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