束縛からの解放

 テレビを見ていると、天才物理学者が画期的な理論を発表したとニュースが伝えた。

 なんでも、アインシュタインの理論の間違いを正し、ニュートンの力学までも書き換えるという、世紀の大発見ということだった。

 すると、なんだか身体が軽くなったような気がした。いや、それどころか、身体がふわりと浮きだしたのだ。マグカップから本棚まで、固定されていない物体が同じように浮き上がる。

 慌てて身体を床に押し付けようとしたが上手くいかず、体勢を崩しただけだった。


 やがて耳鳴りが聞こえ、そのまま浮き上がって背中を天井に打ちつけた。窓の外を見れば、電信柱や街路樹に必死にしがみついている人たちが目に入る。自動車が空を飛んでいた。

 砂埃がふわふわと舞い上がって、そのまま帰ってこない。犬が一匹、空へと消えていく。


 そんな光景を横目に、どうにか体勢を立て直し、天井を床にして立ちあがる。


 窓の外では、耐えきれなくなった人々が、空へと落ちていった。なにぶん天地が逆さなので、こう表現するしかない。


 ああ、間違いない。これはきっと、重力が否定されてしまったんだ。


 太陽の束縛から解き放たれた地球は、あらぬ方向に一直線に進んでいるに違いない。

 そして重力無き今、地球の自転による遠心力が彼らを空へと放り投げてしまった。


 幸いこの部屋は密室だ。恐らく空気が薄くなっているだろう外へと、室内の空気が逃げ出す気配は今のところない。


 しかし、いつ窓が割れるとも限らない。それになんだか、身体の調子が悪くなってきた。

 耳鳴りもひどい。これはきっと、大気圧が失せたせいか。今の俺は深海から一気に釣りあげられた魚と同じ。減圧症が、身体を蝕む。


 ひっくり返ったテレビはもう何も映さない。窓の外、遠くの海から雨が空に降り注いでいる。

 携帯で電話をかけようとするが、繋がらない。節々が痛み、手足が痺れる。


 次第に意識が朦朧としてきた。


 あの天才物理学者が、現実に都合の悪い理論さえ編み出さなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。


 やはり俺たちには、あの束縛も必要だったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る