未来の窓から、何が見えますか。

 21世紀のとある街の夜。

 一人の男が、二階にある自室の窓から外を見ました。


 街灯に照らされて、街路樹が見えます。向こうの公園には、大きなケヤキが葉を茂らせています。

 男は窓を開け、首を窓の外に出して、夜空を見上げました。

 そして、大きくため息を吐きます。


「明るすぎる」


 本来は暗いはずの夜空は、街の明かりに照らされて、薄ら明るく見えます。

 その光は、本来一面に広がっているはずの星の光を見えなくさせていました。


 この街で、男は一度も天の川を見ていません。男は嘆きます。


「ああ、千年前の人間は、俺が切望しながらも決して手に入れることのできない、暗い暗い星に満ち溢れた夜空を満喫しているのだろうな」


 そう言って、首を引っ込め窓を閉めます。

 窓の向こうで、ケヤキが風に葉を揺らしました。



 中世のとある国の夜。

 一人の農奴が、満天の夜空を見上げてため息を吐きました。

 彼は身体のあちこちにできた傷跡をさすり、嘆きます。


「ああちくしょう。もう少しで逃げ切れたっていうのに」


 どうやらその傷跡は、都市へ逃げようとして失敗した結果のようでした。この地の領主は、彼ら農奴を縛りつけていました。

 彼には村を出ていくことも、職を変えることも、違う身分の娘と結ばれることも許されていませんでした。


「国王や貴族に生まれた奴は、いいよなぁ。俺は奴らが持っているモノを、何一つ手に入れることができないってのに」


 そう言って再び夜空を見上げ、嘆きのため息を吐きます。

 天の川が、暗い暗い星に満ち溢れた夜空を横切っていました。



 とある中世の国。

 この国には、一人のとても若い王様がいました。

 王様は召使が運んできた豪華な食事を一人で食べていました。

 ふと食事を口に運ぶ手を休め、ため息を吐きました。


「どうしてこう、僕は不幸なんだろう」


 言い終ってから、ゆっくりと食事を再開します。

 若い王様には両親がいませんでした。幼い時に、事故で二人とも亡くなってしまったのです。

 不審な死に方に、彼も薄々暗殺ではないかと気付いていました。

 何せ、幼い王が物心ついた時には、宮廷の実権は先王と対立していた貴族たちに奪われていたのですから。

 ただ、王様にとって政治的なことは、もうどうでもよいことでした。


「ああ、父上、母上。できることなら、もう一度会いたい……」


 若い王様は、両親が健在な家庭を、ひどく羨みながら、豪華な食事を終えました。



 20世紀のとある街。

 一人の若者が、壁を見上げて恨めしそうにため息を吐きました。

 壁の向こう側にも、同じ街が広がっていますが、彼がその壁を超えることはできません。

 彼は壁と、壁を作り上げた対立の構図を、激しく憎みました。


「ああ、ちくしょう。この壁さえなければ!」


 彼は壁に八つ当たりして、その場を去ります。

 歩きながら、未来を夢想していました。

 壁が取り払われて、対立し隔てられている人々が共に宇宙に行けるような、未来を。


「そんな未来に生まれた奴が、羨ましい。……俺にはきっと、手に入れられない未来だ」


 彼はぶつくさと文句を言いながら、両親の待つ家へと歩き去って行きました。



 宇宙旅行のできる時代のとある街。

 先月、宇宙から帰って来たばかりの少女は、端末をいじっています。

 幾度かの操作で、端末に画像が映し出されました。


 もはや市街では見かけることのできない天然の草花や、野鳥たち。日常から失われた自然が、とても綺麗に写っています。


 そして、大きなケヤキの画像を見て、彼女はため息を吐きました。


「あーあ。どうして私はこんな時代に生まれたのかなぁ。一度でいいから、自分の目で見てみたいなぁ」


 そう呟いて、端末の画像を消します。そうして、ベッドに寝転がり、照明を落としました。


 彼女は、窓を覗こうとはしませんでした。

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