C

「ねぇねぇ、今どんな気持ち?」

 ニコちゃんマークの太陽が僕をなじる。


「ねぇねぇ、君はどこから来たの?」

「そのカクカクした服は何?」

「友達といっしょにあそぼう! きみの友達も呼ぼうよ!」

「もしかして、友達がいないの? それはさみしいね!」


A1:僕は熊本県出身、東京在住のサラリーマンだ。

A2:社畜の証、黒いスーツだ。

A3:……


「ねぇねぇ!」

「うるせェーーーーーッ!!!」

「おい、急にどうした」


 僕がクソ太陽の声から逃れようと叫ぶと、股下にいるクジラが話しかけてきた。僕はいま、ピンク色のクジラに乗って空を飛んでいる。


「あのクソ太陽! ヒトの不快ポイントを的確に突いてくるんだ!」

「ああ、太陽ね」

「その言葉、おまえにしか聞こえてないぞ」

「げ、幻聴? 僕の精神状態はそんなにアレなのか……」


 確かにいまの状況を鑑みるに、完全にキメちゃってるヒトのソレであるからして、自信をもって否定できない。


「いやそうじゃない。アレは、そういうモノなんだよ」

「そういうモノって……え?」

「説明を求めるときはなんて言うんだっけ?」

「すみません。わかりません。教えてください」

「よろしい」


 ふしゅー!

 クジラはすこし得意げな顔(?)になって、無知なる僕に知恵を授けるモードへと移行した。


「アレはな、黒瓦弦くん(6さい)の創造物だ」

「くろ……誰?」

「神奈川県の三浦市に住んでいる男の子だよ。彼は部屋から見える太陽が大好きで、よく絵に描いている。あのラクガキ太陽は、その絵から生まれた」

「へぇ。じゃあここは、その子の夢なんだ」

「そうだ。物分りがいいと助かる」


 なるほど。僕は、世界がジャングルからラクガキ世界に”変えられた”と思っていたけど、実際には”移動した”だけだったんだな。


「そう考えると、ちょっと悪い気がする」

「なんでだ」

「いや。この太陽は子供の友達なんでしょ? やたらとウザったいと思ったけど、子供の遊び相手ならこんな感じが一番だよね」

「私はコイツが弦くんの友達だなんて言ってないぞ」

「え」

「もう一度、あの太陽のセリフをよく聞くんだな」

「あ、ああ。うん」


 会話に集中してた僕は、太陽の言葉を聞き流していた。今一度耳を傾けてみる。


「ねぇねぇ」

「みんな外で遊んでるのに、君はなんで教室で本を読んでいたの?」


 うっ。


「意味もよく分からない本を山程読んでも意味ないよ?」

「もっと外で遊ばなきゃ!」

「バカにしていた人達に運動どころか成績でも負けちゃうなんて、悲しいよね!」

「高校に入ったら髪の毛を染……」


「ウ、ウワァァァァ!!!!」

「ああうるさい。いちいち叫ぶな」


 僕はスーツの第一ボタンをむしり取り、クソ太陽に投げつけた。距離感を完全に無視して空に吸い込まれていったボタンは、はたして太陽の鼻の穴にスポッと収まった。


「野球部からは逃げ出したのに投擲の腕はいいんだね! 関心しちゃった!」

「ふごンッ!」


 間抜けな掛け声いっぱつ。ボタンが太陽の鼻からバヒュッと発射され、スーツの第一ボタンが収まっていた地点に命中! 空から飛来したボタンを受け止めた胸は、しかし衝撃を覚えず、引き千切ったはずのボタンはしっかりとスーツに縫い付けられていた。それも、キッチリもともと第一ボタンがあった位置に。


「なにしてんのさ」

「な、なんなんだあの太陽は!」

「だから、ああいうモノなんだよ。それを聞く人間の記憶や意識を反映して、効果的に他人をなじる。だが、けっして危害は加えない」


 なにをどう拗らせたらこんな生物が夢に生まれるんだ……?


「個人の意識に割り当てられている夢の海は、本来まっさらな無の空間だ。そこに意識が放り込まれると、意識の形に合わせて世界が変容していく。他人の夢が体に合わないのは当然だ」

「じゃあ、なんでこんな所に連れてきたの。僕は意識そのものなんだから、ここに居たら子供に迷惑じゃないの?」

「お前は死んだから、お前用の空間はもう削除されてる。あそこに置いといたら、お前の自意識もまとめて消滅してたぞ。……それとも、そっちの方が良かったか?」

「めっそうもございません」

「よろしい」


 ふしゅー!


「まぁ。ここに長時間いたら子供に迷惑なのはその通りだ。さっさと下流に行くぞ」

「は、はい」


 くじらの背中から「にゅっ」と手すりが表れる。僕がそれを掴むと、くじらが尾をふた振り。すると、尾の軌道上に白い、大きな光の帯が生まれた。くじらは光の帯に向けて方向を転換すると、何の予備動作もなくその中へ入っていった。


(下流に行くって、どういう意味だろう。上流と下流があるのか)


 そんな考えを巡らせる中で、あることに気付いた。僕は今に至ってまで、目的地も何もかもを知らされてない!


「ちょっ、あ」


 言葉を発するときには、もうクジラの頭は光の中に入っていた。それにまたがっている僕には当然抵抗する余地はなく、頭を下げ、目を閉じながら、一緒に光をくぐっていった。

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夢の海 おせんち @Eashes

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