私の翼

子供の頃に負った背中の大火傷、それは誰にも見られたくないほどに醜く私の肌を黒くくすませていた。

週に一度、私はその火傷を医者に診せにいく。

「調子はどうだい?」

「それほどでも、いつも通りです」

私は淡々と答える。

呼吸をするように、ご飯を食べるように、人が死ぬ定めにある様に、私の治療は毎週あって、呼吸をしたら二酸化炭素が、ご飯を食べたら糞尿が、人が死んだらお墓を建てるみたいに、私の治療費は毎週、毎週、増えていくのだった。

私の火傷の跡は酷く、皮膚が元の形に再生しようとしても異様な再生を遂げるのだ、ある医者は悪性の腫瘍と言い、ある医者は早く取らねばという、私にはこの黒い塊が翼に見えた。

目の前に佇む、いつもにっこりとした笑顔で微笑む医者もきっと、ただの治療対象としてそれを見ているだろう。

私には空を飛ぶためのものに見えているのにね。

「それじゃあ、治療を始めようか」

医者が微笑みを身体のどこかにしまうと、隣に待機していた看護婦に目配せをする。

メスだ。私の翼を削ぎ落とすための道具が用意されるのだ。

「さぁ、脱いで」

医者の声に黙って頷く。頷くしかないのだ。この翼は体に悪いものということになっているのだから。

はらりと上着、ワイシャツと脱いでいく。それを看護婦に手渡して、ブラだけになった。

恥ずかしいという気持ちは湧かなかった、物心ついた時にはもうコレだ。

「後ろを向いて」

丸椅子をくるりと回して背中を向けた。

医者が白衣を翻し、こちらへ寄る。

そして、メスを翼へ突き立てる。冷静だった。

筈だった。

「いや、いやよ、やめて」

さっきまで、どんなに冷静を装っていても、いつもここまでくると、恐怖心に頭が覆い尽くされる。

「私の大切な翼なのよ」

「いつものことじゃないか、さぁ」

「いやよ、いつも言っているじゃない、何度も何度も私のこれを引き抜いて、とても辛いの」

「ふぅむ」

いつもの事だから、医者の対応はテンプレート化されていた。

「駄々をこねちゃあダメだよ、もうすぐ15だろう?」

看護婦が拘束具を持ってくる。もちろんそれは私を拘束するための物で、私は翼を切り取りやすい様にうつ伏せに拘束された。

そして、ぷすりと首筋に注射器を深く突き刺す。

これは、私を瞬時に誘う麻酔だ。

ゆったりと、わたしは、眠りに、誘われた。




目が醒めると私の愛しき翼は引き抜かれていて、病室のベッドの上に横たわっていた。

心が跳ね上がる。

まただ、また引き抜かれてしまった。

ガーゼで止血されている私の背中に少しの痛みが走った。

背中の皮膚が再生されようとしているのだ。

しかし、私のそれは常人のそれとは違くて翼として再生される。

「目が覚めたかい?」

ベッドの横に見知らぬ男がいて、私に声を掛けた。

「あなたは誰?」

私は問う。

「僕は、君の事が知りたい男だ」

「なにそれ、つまらない冗談は私以外に言って欲しいわ」

「いやいや、冗談だなんて、本当さ」

にこりとするが、彼はとても笑顔が似合う顔とは言えなくて、詐欺師が無理やり被害者を落ち着かせる為にしている、そういった印象にしか感じ取れない。

「冗談にせよ、そうでないにせよ、私の事を知ってどうしたいのかしら」

「うぅん、そうだね、単刀直入に言おう」

きりりと、そんな感じの顔になる。表情がころころと変わる人だ。

「こう見えても、僕は詐欺師なんかじゃあ無くてそこそこ腕の立つ医者なのだけれど、君のその背中の翼、それを治してあげることができる」

耳を疑った。

治せるという事にも、背中のそれを翼と言ってくれた事にも。

「ほんとうに?」

「本当だとも、だがね」

またころりと、表情が変わる。今度は形容し難いなんとも言えない影のある表情だった。

「お金が必要だ」

やはり、詐欺師なのではないかと。

私の親は決してお金持ちなんかじゃ無くて、週に一度の摘出の費用くらいしか負担が出来ない。

だというのにさらにお金を捻出する事など、そんなこと出来ない。

「だがしかし、費用の負担は君の家族じゃあとても大変だろう」

知っていて、さっきの言葉を言ったのか。

「そこでだ、君が僕の元で助手として働いてくれれば無料で治療してあげようと考えてる」

「え...」

私は困惑する。

「親御さんの許可は得ているよ、嘘だと思ったら電話なりしてみるといい、親御さんの判断で君の意思を尊重してくれと言っていたよ、さぁ、どうだい?」と、言って彼は私の目と鼻の先まで顔を近づける。

そして、小声で。

「君が信じる信じないはどちらにせよ、ひとつ聞いてくれ、大事な話だ」

彼は人差し指を立てて口の前まで持ってくる、静かにしろというジェスチャー。

私はこくりと頷く。

「君は監視されている、この病院にだ。いや、ここは病院なんかじゃあ無い。実験施設だ。君は実験体だ、だから君を連れ出したい、わかるかい」

信じがたい話だが、場の空気感が私を頷かせた。

「そうか、ありがとう、それじゃあ、着いてきてくれないか」

私は手を引かれ、病室をでた。

病院をでた。

外に出た。

外は広大な砂漠だった。

訳がわからなかった、なぜ砂漠なのか。私が家に帰るための帰り道はそこには無くてただの砂の山だけだったのだ。

私の目に涙が伝った。

黒いワゴン車に乗せられる。




私の実験施設での扱いは、殺人ウィルスの培養器でしかなかったのだ。

あそこには私以外にも黒い翼を有する人は居たようで、週に一度、ウィルスの塊、つまり翼を回収してそれを兵器として運用していた。

私がそんな状況にあっても気付けなかったのは彼らの洗脳の所為であったのを知ったのはあそこを出てからすぐのことだった。

親も家も全ての記憶は洗脳で創られた虚構だったのだ。

私は今幸せなのだろうか。

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