降霊人形サチコ

霊媒師のばーさんは俺に人形を託した。

この人形には彼女の霊が宿っていて、俺を見守ってくれるのだと言う。税込み13500円。

「くそう、だまされたな」

好きな女の子が死んだのは一昨年の事だった。

馬鹿みたいな話だが、彼女はバナナの皮に足を滑らせて死んでしまった。

恋人じゃあなかったが、好きなもんは好きだった。

恥ずかしながら小さい頃から、近所に住んでいて恋い焦がれていた。

「どうみたって、ドンキで売ってるダッチワイフじゃねえか...」

等身大のそれは無表情で、とても降霊人形と名のつくオーパーツには見えなかった。

自転車に縛り付け帰路につく。

なんでこんなもんを買っちまったんだと自分を怒るが、お金を払うまでそんな事も思いつかないくらい疲れ切っていた。

風が吹く。

ダッチワイフの安っぽいビニル製の髪の毛がひらりひらりと揺らぐ。

ちくしょう。

絶望とこんなものを買った恥ずかしさでダッチワイフを持ち帰る途中に棄ててやろうかと考えたが、どうにも踏み切れない。冷静な頭の中にもしかしたらの希望が産まれたり消えたり。

いや、ダッチワイフがね。ないない。


自宅の前に着いた俺は手に汗を握った。

俺は実家暮らしだ。こんなものを持って自宅の中をウロウロしたくない。

バレたら一家の恥であり、一生の恥だ。

だが、ここまで持ってきた以上自室までは運ばなくては。

意を決して、ダッチワイフを背負い込む。

「うがが、おもいなこれ!何でできてるんだ!」

超合金で作られたかのような重さだった。

歯を食いしばり、一歩一歩踏みしめる。

慎重に、慎重に。

ドアを開いて玄関へはいる。

「おかえりなさい、何処ほっつき歩いてたんだい?」

母が居た。

いつもの様に俺を待ち構えていたのだ。

「いや、あの、その、な」

目と鼻の先だから、ダッチワイフを背負っているのはバレバレだと考えた、がしかし。

「あら、サチコちゃんじゃない」

そう、母は言う。

「うちの馬鹿が疲れさせたんだろう、背負われちゃって...あら寝てるのね」

「何を言ってるんだ、かーちゃんコレは、人形」

「そうねー、まるで人形の様ねぇ、とりあえず寝ちゃってるならあんたの部屋に運びなさい!」

「お、おう」

夢でも見ているかの様だった。

俺の目に映るそれは見窄らしく無表情のまさに物として存在するそれだが、母には俺の好きな女の子に見えてる様である。

「まさか、なにかの間違いだろ」

そう思い俺は居間にいる父親に顔をみせる。

「おうおう、馬鹿息子よ帰ってきたか」

「あ、ああ、ただいま」

「背中にいるのは、近所のサチコちゃんか、お前もやる様になったなコノコノ!」

「え、あ、うん」

まさかはまさかであったのだ、俺以外の人には愛しき幼馴染、サチコに見えている様だったのだ。何故だ!


自室へと降霊人形サチコを運び込んだ俺はとりあえずベッドの上に寝かせる事にした。

そして俺は床で胡座をかいて、ウウムと唸る。

どうしたものか、家族にはサチコに見えているが、果たしてこれは如何に。周りにはそう見えていても当の俺にはただのダッチワイフだ。

季節は夏から秋へと歩を進めようとしていた。

夏の名残で少し開けた窓から風が吹き込みカーテンを揺らし室内へと到達する。

それが安っぽい髪の毛を揺らす。

「おまえは、サチコなのか」

人形はなにも言わず。

「おまえが本当にバナナで滑って死んじまった、俺の愛する人ならば」

風が吹き込む。

「どうして俺は、この人形をサチコとしてみる事が出来ないんだ?」

問うが、答えはなく。

風がただ通り過ぎるだけだった。

「それは、きみが私の事をちゃーんとみていたからだよ」

風がそう語った気がした。ヒュルリルリ。

「まわりのひとはみんな、私の事なんてみていなかった」

俺の前髪が揺れた。

「みんなは騙されているだけ。私の事をみていたきみだからこそ私の見分けがつくんだよ」

「そうなのか」

「そうなんだよ」

ひゅるり。

風は止んで部屋は無風となる。

胡座を崩して立ち上がった俺は、降霊人形サチコをもう一度背負い込む。

ズシリと重力がのしかかり、食いしばる。

片手で部屋の押し入れを開ける。

「この野郎!重いんだよ!俺の愛する人ならば、こんな重さは無いはずだ!」

押し入れに降霊人形をぶちこむ。

ピシャリと閉めて、ここはもう開けないと心に言い聞かす。

「おまえは、ただの人形だ」

そのまま俺は不貞寝を決め込んだ。




アレから、街の人はみんなサチコが生きている幻想に囚われていて行方不明の彼女を探し続けている。

テレビで特集が組まれたほどだ。

彼女は俺の押し入れの中に居て、もう3年は経つが見つけられることはない。

彼女がくだらなくもバナナに滑って死んだ事実は行方不明という幻想に置き換えられたのだ。

今の俺は思う。

彼女はバナナに滑って死んだ事実が恥ずかしかったのだ。それを隠滅するために現代のオーパーツ、降霊人形サチコの力を借り幻想を創り出したのだろうと。

そして俺は、サチコを匿い続けるだろう。

それが俺のへんちくりんな愛なのだから。

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