死裂き館

象牙製の柄を深く握り、肉を裂く。試し切りだ。

狼の肉がある。その隣には羊の肉。そのまた隣には人肉。

不思議な肉のオンパレードだった。

これは食用ではなく、嗜好用だ。

肉を裂くという快感に溺れる者たちがそれをするために用意された肉だ。

ここは娼館の地下。

上ですら卑しい男たちが豚のような鳴き声を上げる酷い場所だが、ここはそれよりも卑しく、かつ狂っている。

集まる人々は多様だった。商人に料理人に遊び人。

地下の異様な空気に怖気つくも普通では切る事が赦されない人肉を切れる事に僕は喜びを感じていた。

僕は医者の卵だった。

僕が属する医学院は人体解剖を悪と考えている。だけれど僕はどうしても人の中身を知りたかった。暴きたかったと考えてもいい。

この宗教国家は人の中身を視ることにに恐怖を植え付けてられいる。

ここに住むものはありがたい教典の下に"正しき道"を説かれる。

道を外れることにした僕は、知り合いのつてを辿ってこの娼館の地下にたどり着いた。

僕の前には一体の少女の死体がある、彼女の価値は銅貨五枚。パンがニ、三個買える程度の値段だ。

身元が不明の死体の価値は安い、何より処理が大変だからだ。身元が判る死体ならばその家族に処理を任せればいいのだが、野垂れ死んだ身元不明の死体は役所が預かって処理をするのが取り決めだ。

国家の取り決めたものがそうであっても、各街々にはその処理の費用を算出するのがままならない、そんな街もある。この街がそうだった。

この街の役所は裏でこの館と契約をしていて死体を譲っているのだ。そしてここで狂った趣向をもった人々たちの玩具として売られる。

少し離れた床に狼の腸をマフラー代わりにして恍惚の表情を浮かべる少女がぺたんと座り込み僕を視ている、彼女も狂った趣向を持っているのだろうか。ぼくは少しゾッとして目の前の少女の死体に向き直る。

死んで間もないのだろう、腐敗は始まっていない少女の死体に顔を近づける。生きている頃につけていたであろう薔薇の香水の香りが鼻孔を通り抜ける。

僕は罪の告白をしなければならない。

僕に、家族は居ない。父母は幼いころに異端の疑惑をかけられて磔刑に処された。

それからは妹と二人で慎ましくも、楽しく暮らしていた。

五年前の彼女が十四歳を迎える日に僕は香水をプレゼントした。薔薇の香りだ。

僕は身元不明と偽りその少女を役所に渡した。

その結果、この娼館の地下へとやってきた。裂かれるために。僕が裂くために。

僕は迷っている。

好奇心に負けるのか、それともここで立ち去るのか。

象牙製の柄をギュッと握る。このメスはこの時のために、毎日研いでいたのではないのか?

それに、もう迷うも何もないじゃないか。彼女を手に掛けたのはこの僕ではないか。

最期の時も、裂かれるときも薔薇の匂いが罪の意識をふわりふわりと僕を包み込む。

どうすればいいのだ。

もう下がれない所まで来ているではないか。

父母は疑惑ではなく本当に異端であって、僕はそれを大きく継いでいるではないか。

僕の同類はこの地下にたくさんいるじゃないか。それと何ら変わりない。

ふと妹の性器ヴァギナが血に汚れているのがわかった。

きっと、死体だから、役所の狂ったネクロフィリアに犯されたのだろう。

僕は怒りに燃える。

怒りの矛先は、彼女の腹だった。

「ごめんよ、ぼくはその血に染まったヴァギナを観ながらその者の腹を裂くのがとてつもなく堪らないみたいなんだ、それにこの薔薇の香水の香り、美しいじゃないか、僕は単純に医学の好奇心で人を裂きたいんじゃなかったんだ、単純に自分の趣向として人を裂きたかったんだ。その初めての人が妹だなんて本当に狂っているね、本当に、本当に」

裂く。裂く。裂く。

狼の腸をマフラー代わりにして恍惚の表情を浮かべるあの少女に僕はもう一度顔を向ける。彼女は笑みを浮かべ、僕はその少女に笑みを浮かべる。

次は彼女か。

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