乱雑者たち。

とりをとこ

降灰の試走

トンネルに差し掛かった。

「ねぇ、おじさん」

「なんだよ」

「あたし寝るからさ、30分後に起こしてよ」

めんどくさいと思いつつも僕は黙って頷く。

トンネルに入ると外との気圧差で耳がツンとなる。

僕は車を運転していた。最初は一人だった。

行く当てもない旅でどこに行くかも未定だった。とりあえず北へ向かう事にしていた。

そこに僕の横で寝息を立てているこの娘がヒッチハイクを仕掛けてきたわけなんだけれど。かれこれ一週間になる。

トンネルを抜ける。

トンネルを抜けると街が見えてくる。

すこし思い切ってアクセルを踏み込んだ。

急加速、体に心地よいGがかかる。

隣からの寝息。

さらに踏み込む。

加速。

流れる景色が目眩いた。

ガソリンはまだまだある。

信号は何色も点灯していない。

街は死んでいた。

人はいない。

機械すらも動いていない。

死んだ街を僕は加速する。

信号はなにも示さない。

示さないということは、止まらなくてもいいし、注意しなくてもいいし、進まなくてもいい。自由だ。

だから僕はアクセルを踏み込む。

加速。

加速。

加速。

旅を始めるまでの生活ではこんな事は出来なかった。

交通のルールがあったから。

今はない。

信号を無視する。

踏み込む。

加速する。

僕はスピードとGの空気感を大きく吸い込んでいた。

しかし、だけれど、驚くほど僕は落ち着いていて、まるで何かに操られているかのように、取り憑かれてしまったかのように加速する。

僕は気付く。

これは呪いなのだと。

このまま、僕は死ぬまで加速し続けるのだと。

すこしの恐怖と、それを上回る心地良さが僕の中を加速する。

口元をすこし歪ませて、僕はもう一度アクセルを。

「おじさん、落ち着いて」

「え」

袖をつままれていた。

アクセルは踏まなかった。

減速。

「おじさん、疲れてるんだよ」

そんなことは、ない。

「すこし休んだほうがいいよ、だっておかしいよ、こんなにスピードを出して」

「それほどまでに、出しているつもりはないけど」

「あの日からあたしの周りの人はおかしくなっていくばっかり」

減速。

「東京のテロから」

減速。

「あなたも逃げてきたんでしょ」

発端はアジア系の男だったらしいそれはこの国をひっくり返した。

それから、僕は逃げた。

それから、彼女が助手席に乗った。

それから、この街をみた。

この死んだ街は僕の心をざわつかせた。

アクセルを踏み込んだ。

「悪かった、すこしおかしくなっていたみたいだ。すこしどこかで休もう」

「うん」

周りの景色は夕焼けに染まっていた。

近くの無人のコンビニの駐車場に車を停めた。

僕は、この間までの日常を手繰り寄せるように、夕日に手を伸ばした。

なにも感触はない。

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