後編

「ローズ!」


最低限の書類仕事だけ片づけ、すぐに自宅に取って返したスノウは、家の扉を開けるなり彼女を呼んだ。――だがおかしい。家の中はしんと静まり返っていて、火が焚かれた様子もない。リビングのテーブルの上にはいつも通り、あの植木鉢が静かに鎮座している。


「ローズ! いないのか!」


台所、風呂場、食糧庫。どこにも姿は見当たらず、スノウは自分の部屋の扉を開ける。当然そこにも彼女はおらず……ええいままよ、とスノウは彼女に貸し与えていた一室の扉を開けた。


――いない。貸し与えた当時とほとんど変わった様子のない部屋に、しかしローズの気配がない。……彼女が外に出ることは稀だ。厳しい冬の寒さが、慣れない人間に与える影響が心配だったこともある。それに、一番心配なのはまた人さらいや何かに目を付けられてしまうこと。あれだけ目立つ容姿をしているのだから用心するに越したことはなかろうと、ローズにはできる限り家の中で過ごすように伝えていたのだ。


その彼女がいない、となると。



「外か……!」



それしかありえない。


開けた扉を閉めることもせずに、スノウは走り出した。やはり開けたままの玄関を飛び出した瞬間、鼻先に触れた冷たい気配に、スノウの全身が凍り付いた。


空がいつの間にかどんよりと曇り、雪が降り始めている。朝は晴れていたのに――。



「まずい!」



春先、雪が降らない日が多くなる頃に、突然大雪が降ることがある。果たして彼女はそれを知っているだろうか。……いや、説明した記憶もない。きっと知らないはずだ。



※ ※ ※



季節外れの大雪は、あっという間に町を覆い尽くした。騎士の屯所には「子供が外から戻らない」とか、「馬車が泥濘にはまって動けない」とか、あれよあれよという間に大量の依頼が舞い込む。



家を飛び出したスノウは子供の捜索にでる一団と合流し、ローズのことも探してほしいと頭を下げた。


「まじか、ローズちゃんも!? この辺の子供らは雪のやり過ごし方も分かってるからまだいいが、あの子は……。」


「ああ。どこかでぶっ倒れてないといいが。」


言いながら脳裏をよぎるのは、出会った日の彼女の姿だ。糸の切れた人形のように雪の上に倒れた白いからだ。運よくスノウが見つけたから良かったようなものの、もしも見つけなかったら今頃彼女は物言わぬ骸と化していただろう。


「やべえな。とにかく手分けして探そう。どこか行きそうな場所に当ては?」


「ない……。」


「クソ、土地勘ないんだろ? いよいよまずいな……山の方とか行ってないだろうな? なんかないのかよ? 心当たりとか……。」



同僚の言葉に、そう言えばとスノウは思い起こした。



『お会いしたい方がいて……。』



同僚の話を信じれば、会いたい人というのはスノウのこと。



『出て行けって……そういうこと、ですよね……。』



だが、あの日の彼女は泣きそうな顔で、そう言っていなかったか。彼女がもしもこの町から飛び出そうとしたらどうするだろう。



確証はない。だがもしも……もしもこの町を出て、故郷までの定期船が出る街まで戻ろうと考えたとしたら?



「部隊長。この辺りを通ってる街道ってありましたっけ。」


「んあ? 峠の一本しかねえと思うけど……。」


「たぶんそれだ……!」



数名の同僚とともに駆けだしたスノウが彼女を見つけたのは、それからほどなくのことだった。


着の身着のまま、手荷物すらない。あの時と同じように、彼女は雪の中に倒れていた。





「医者の先生、手が離せないんだ。夜半過ぎになるかもしれねえ。とにかくまずは体をあっためてやれ。怪我はしてなさそうだし……。」


「スノウ! うちのカミさんからの差し入れだ! 台所に置いとくから、あっためて食えよ!」


「悪いな、助かる。」


「服は……脱がせた方がいいな、このままだと体温が上がらねえだろ。俺らは外に出るから……。」


「後で手が空いたカミさんたち連れてくるから! それまで頑張れ!」



同僚がバタバタと去った家の中、スノウはガンガンにストーブを焚いたリビングの床に彼女を下ろした。下にはいくつかタオルを敷いたが、それもすぐにじっとりと濡れてしまう。


「死ぬなよ……。」


冷たい頬。青ざめた唇。金の髪は重く湿り、どこに触れても氷のように冷たい。――だが、まだ生きている。死なせてやるものか。


濡れた衣服を脱ぎ捨てて手早くタオルで水気を拭い、すぐに彼女の衣服にも手をかける。躊躇いは一瞬のこと。恥ずかしがっている場合ではない。


あっという間に生まれたままの姿に変わった彼女の体は、どこもかしこも凍えるように冷たくなっていた。涙が出そうになる。なるべく見ないようにと努めながら、スノウは濡れた彼女の体を大きなタオルで拭ってやった。


ようやく水気が取れたところで、彼女の体を裸の胸に抱き込んだ。そうして二人の全身を覆うように、上から分厚い毛布を幾重にも背負いこむ。



ぱちぱちと薪が爆ぜた。部屋の中は暖かいどころか、少々暑いくらいである。だというのに、はじめて生身で抱きしめた彼女の体温は氷のように冷たくて泣けてくる。



「頼むから……。」



頼むから死んでくれるな。



男は祈った。両親が死んだ時でさえ祈らなかった神様に向かって、何度も何度も。まだ何も彼女の口から聞いていない。どうしてスノウなのか。あの植木鉢は? 春だってこれからだ。花に囲まれて笑う彼女はきっと美しいに決まっている。死なせるわけにはいかない。



――いや、この際もうはっきりと認めよう。彼女がいなくなったら嫌だ。スノウが嫌なのだ。向けられる笑顔に胸が疼く。甘い痛みを無かったことになんて、できない。惹かれているのだ。過ごした時間は短くとも、引き剥がされてしまったらスノウの心は今度こそ死んでしまう。



「置いていかないでくれ、ローズ……。」



※ ※ ※



危ない所を脱し、ローズが目を覚ましたのはそれから一週間後だった。


今回は本当に危うかった。何度も何度も危ういところを行ったり来たりしながら、しかし元来丈夫な娘なのだろう、ローズは結局、死なずに済んだ。


「……あの……わたし、どうして……。」


「ばかやろう……。」


どっと疲れと安堵が押し寄せた。彼女が眠るベッドの傍らで、さめざめとスノウは涙を流した。





ローズが目を覚ましたことはすぐに町中に知れ渡った。彼女が目を覚まさない間、町中の人がかわるがわるスノウの家を出入りしていたので、最早彼女がこの家にいることは秘密でもなんでもなくなってしまっていたのだ。


「良かったな。」


容体が安定してきたことを確認し、ようやっと仕事に出てきたスノウに、同僚の一人がしみじみと声をかけてきた。随分永らく職場を離れていたのに、皆一様にスノウとローズのことを心配してくれている。気のいい奴らだ、とスノウは思った。思わず胸が熱くなる。



あれからどうも涙腺が弱くなった。ローズの寝息を確認した時。誰かの心遣いを感じた時。地面の上、溶けかけの雪の狭間に花のつぼみを見つけた時。空が遠くまで雲一つなく晴れ渡った時。スノウの涙腺は情けなくも緩んでしまう。これまではまったく凍り付いたようだったのに。



「で? あの話、確認したの?」


あの話、というのはローズの探し人がスノウだったというあれのことだろう。


「いや、まだ……。」


「さっさと確認しておきなよ。春になって、ローズちゃんに逃げられたらお前、どうすんの。」


言われた言葉にぞっとした。あっという間に仕事を放り出して駆けだしていったスノウの背中に、同僚が呆れたようにため息をつく。


「……いや、もうそんなことないだろうとは思うんだけどね。」


「しかしあんにゃろうめ。仕事放り出していくとはいい根性だ。――いいのかねえ、ローズちゃんも相手になるのがあんなので。」


「蓼食う虫もって言いますから。でも、まぁ出世が望めるタイプではないけど、大事にはしてもらえるんじゃないですか? うちのカミさんはそういうのが一番大事だって言いますよ。」


「さりげなくのろけやがった!」



※ ※ ※



「ローズ!」



いつぞやの時と同じようにバンと扉を開いたスノウの目に、驚いたような顔のローズの姿が飛び込んできた。どうやら食事の支度をしていたらしい。慌てた様子で玄関までやってきた彼女は、上から下までスノウの様子を検めてからことりと首を傾げた。


「どうかなさいました? まだお仕事のお時間では? あっ。玄関開けっ放しじゃないですか! 閉めなくっちゃ、もう……。」


「お前、寝てろって言われただろうが! いや、そんなことより!」


横を通り過ぎようとしたローズの手首をガッシと掴み、スノウは叫んだ。驚いたようにローズの緑の瞳が見開かれる。


「そんなことより、聞かせてくれ。……お前の探し人は、俺だったのか?」


スノウの言葉に一層驚いたような様子を見せながらも、ローズはふ、と息を吐き出した。


「分かりました。お話しします。」





リビングの椅子に腰を落ち着けたところで、ローズが切り出した。


「……あなたは覚えていないと思いますけど。私、あなたに会ったことがあるんですよ。随分昔ですけれど。……あなたのお母様がご存命の頃ですから。」


「……十年以上前じゃねえか。」


その頃のスノウはせいぜい十代前半だろう。母親が亡くなったのは十五の時だ。記憶の山を漁ってみても、目の前の彼女に通じそうなものは何一つ引っかからない。


「私も小さかったですから。覚えていらっしゃらないのは当然ですよ。当時の私はまだ八歳でしたもの。」


八……とそこから指折り十年を数えてぎょっとする。随分と大人びて見えていたが、目の前の彼女はまだ十代ということか。下手をしたらスノウとは七歳近くの歳の差があることになるではないか。一歩間違えば犯罪だ。


まじかよ、と天を仰いだスノウに気が付いた様子もなく、彼女は静かに先を続けた。


「たまたまやってきた町で迷子になってしまって……泣いていたところを助けてくれたのが、あなただったんです。」


「まったく記憶にない……。」


少なくともこんなに見目の良い娘だ、小さな頃だって相応に美しかったことだろう。そんなものを目にしていれば、さすがのスノウとて忘れたりしなそうなものだが。唸るスノウに、彼女はクスリと笑った。


「仕方がないですよ。だってスノウ、あなた昔から同じように人助けをしてましたものね。そのうちのたった一度のことです、普通は忘れます。」


「どうしてお前がそんなこと知ってるんだ……?」


まるで見てきたかのように。ローズはまた小さく笑って、種を明かした。



「しばらくあなたのご家族と一緒に生活した、身寄りのない子供を覚えていませんか? それが、私です。」



――それは、覚えている。


スノウはその当時、両親と一緒に大きな街で暮らしていた。ある日市場に行った帰り道、通り沿いにぺたんと腰を下ろし、泣いていた子供に気が付いたスノウは、引き取り手が見つかるまでと親を説得して子供を自宅に連れ帰ったのだ。両親があっさり折れてくれたのはたぶん、もともと彼らが田舎の人だったからというのが大きいような気がする。むしろ都会では田舎のような人づきあいはあまりなくて、両親やスノウのおせっかいはつまはじきにされることが多かったのだが。善良な田舎者だった彼らは、明らかにこのまま放っておいたら死んでしまいそうな子供を無視することができなかったのだった。



衣服は薄汚れ、見ただけでは男なのか女なのかもわからない、緑色の目をした子供。風呂に入れてやり服を着せてやったところで辛うじて女の子だとは分かったが、そう――確か彼女の髪は。



「赤っぽい色をした髪だったような記憶があるが……。そうだ。それで名前を……って、あああああ!?」



ぼふ、とそれこそスノウの全身が音を立てたのではというほどに熱くなる。名前さえ覚えていない彼女に仮の名前を与えたのはスノウだった。当時母親が趣味にしていた花の名前を取って、ローズ、と。



「全然見た目違うじゃねえか! どうなってるんだ!?」


混乱のままに叫んだスノウに、申し訳なさそうにローズが言った。


「あなただって子供の頃とは髪の色が違うじゃないですか。……年を取るとそういうことってあるでしょう? 私の場合、髪の色が抜けて、金色に近い色に変わってしまったんです。」


「変わりすぎだ!」


「スミマセン……ええと、それで。しばらくしてご両親の働きかけのおかげで浮遊大陸まで戻してもらえたんですけど、やっぱり身内が誰なのかは分からなくて。私はこの年になるまでずっと、教会で生活していました。」


最初は家族を探そうと思ったのだという。スノウや両親の姿を見て、家族の元に戻りたいと思った。だが、まだ小さな子供だった彼女を探す両親はついぞ現れず、また彼女も両親の絵姿などを持っていなかったこともあり、記憶が薄れるにしたがってその希望は小さくしぼんでいった。


「それからは平和なものです。ごくごく静かに何年も経って……でも去年の春頃に、私のことを娶りたいという人が現れまして。酷い話ですけど、私の見た目が気に入ったのですって。教会の孤児を娶ろうなんて、すごく珍しいことなんですよ。それ自体はまあ、光栄なことです。ですけれど……。」



その時に思ってしまったのだ。もう一度あの人たちに会いたい、と。



「浮遊大陸から地上への船は、限られた人しか載せてもらえません。こっそり船に潜り込んで地上に来てからは、かつてのあなたの家を探しました。……でも、」


「俺たちは引っ越していなくなった後だった、と。」


「ええ。お母様が具合を悪くされてから、すぐにお父様の出身地に戻られたということだけは確認ができましたが。」


「で? 向かってくる途中に――。」


「はい。人さらいにつかまってから先は、あなたにお話した通りです。」


「随分無茶するよなあ……。」


はあ、とスノウはため息を吐き出した。


「でも、どうしてそんなこと? いや、会いに来てくれたのは嬉しい。でも、どうしてそこまで……?」



「いやだったんです。」



「は?」


「いやだったんです。私……あなたにどうしても会いたかった。教会を出て、結婚をしてしまったら、きっと二度とあなたたちには会えないと思いました。地上と浮遊大陸はほとんど断絶しています。あの日私を助けてくれた男の子にもう一度だけでいい、会って、話をしたい……でもその機会はもう二度とめぐってこない。私が自分で飛び出さない限り。」


俯いた彼女の眦から、一筋の涙が零れ落ちる。


「ずっと、ずっとあなたに会いたかったの。迷惑になるかもしれないと思ったけど我慢できなくて……。まさかこんな形で再会するなんて思っていなかったけど、あなたと一緒に過ごせるかもと思ったらもう、なりふり構っていられなかった。あなたはとても寂しそうに見えたし……。」


「俺が?」


「ええ。ご両親がいた頃のあなたとは、全然違った。見た瞬間にあなただって分かったけど、家の中がすごく、すごく寂しくて……。春まではここに居てもいいってあなたが言ってくれたから、私、自分に言い訳をしたわ。それまではここに居て、あなたと笑って過ごそうって。だってどうせ春までは帰れないんだもの。それまでだけなら、きっと神様もお目こぼしをして下さるわって。」


言われて、スノウはリビングを見渡した。



言われて見れば、そうかもしれない。両親が残した荷物は、ほとんど欲しがる人にあげてしまったし、自分の持ち物は最小限しかない。


ローズが来てから、確かにこの家は変わった。家の中のどこから引っ張り出してきたのか、母親が遺していたテーブルクロスがかけられ、余り布で作られた人形が並べられるようになった。使われないまましまわれっぱなしだった調理器具が掘り起こされて、ローズの手でぴかぴかに磨き上げられた。ローズはそれらを器用に操って、まるで亡き母が作ったものと同じような懐かしい料理を振る舞ってくれる。


かつて父と、母と囲んでいた食卓が――生活が。


懐かしい家が、戻ってきたかのようだった。



「私にとっての理想の家族ってね、あなたたち家族のことなの。ご両親にお会いできなかったのは残念だけど……。だからあなたが、少しずつ笑うようになるのが、一緒に居られるのがとてもうれしくて、離れがたくて……。ううん、たぶんそれだけじゃない。私はずっとあなたのことが忘れられなかった。


でも私には戻らなくちゃならない場所がある。いつまでも教会のお世話になる訳にもいかないし。時間切れよね、もう。」



そう言って一度笑ってから、ローズは静かに胸の辺りで指を組んだ。その細い指が微かに震えている。



「……ねえ、スノウ。お願いがあるの。」


「なんだよ。」



俯いたままだった彼女が顔を上げる。泣きぬれた頬にまた幾つもの涙が伝い落ちていくのを見つめながら、スノウは彼女の言葉を待った。



「お願い。もうこれで帰るから。もう二度と会いに来ないから。だから……私の、名前……あなたが付けてくれた私の名前を、ローズって、もう一度だけでいいから呼んで……!?」



心臓がギリギリと締めつけられた。たまらず椅子を蹴倒す。飛びつく勢いで立ち上がり、スノウはローズを椅子ごと抱きしめた。


なんて奴。なんて奴。なんて奴だろう!



「馬鹿野郎が!」


「!」



耳元で叫ばれて驚いたのか、腕の中の彼女がびくりと震える。なんて奴だ本当にとんでもない! 


「どうして帰りたくないって言えねえんだよバッカ野郎!」


「……だって、」


あなた、すごく迷惑そうだったじゃない、とローズが涙ながらに訴えるので、スノウはああこん畜生と一方の手で頭を掻きむしった。顔はもうこれ以上ないほど真っ赤になっているはずだ。とても他人には見せられない。


ローズ以外には。



「ローズ。」



胸の中のすべてを吐き出すように、名前を読んだ。思いのほか切羽詰まった声に、ひゃ、と腕の中で彼女が震える。


「ローズ。お前がいなくなったら俺はどうすればいい。死ねっていうのか。」


「な、なんで……?」


「みんな死んだ。ようやく誰もいないことに慣れたってのに、お前ってやつは……。」


ローズは自らスノウの元に飛び込んできたのだ。覚悟がなかったなんて言わせるものか。心臓はばくばくと早鐘を打ち、早く早くとスノウを急かす。


今なら羞恥で死ねそうな気がする。


だがもう何だっていい。お前がここに居てくれるなら、それだけで。



「お前がいなくなるなんて、嫌だ。」



ここに居てくれ。柔らかな髪に顔を埋め、渾身の想いを込めて囁く。



「ローズ。恥ずかしくて死にそうだから、一度しか言わねえからな。俺は、お前が好きなんだ。」



長い、長い沈黙――。答えのかわりに与えられたのは、涙の味がする口づけだった。



※ ※ ※



冬のあとには、春が来る。



花祭りの時期を迎え、小さな町は歓喜に沸いていた。



「ローズちゃーん! 綺麗だよー!」


「クッソ、まさかスノウに先を越されるなんて……!」



やんややんやと祝福を受けながら、二人は手を繋いで歩く。二人の他にも何組かのカップルが、同じように歩いていた。周囲の人からは花びらと拍手を投げかけられ、そのたびに皆の顔から笑顔が零れる。


短い花の盛りは、恋の季節だ。この町では、この時期に結婚式を行うのが慣例になっている。突然決まったスノウとローズの結婚は、当然のことながら突貫で準備が進められることになった。同僚の奥方達が嬉々として手伝ってくれたおかげで、今日のローズはシンプルながらも美しい、白い花嫁衣裳に身を包んでいた。



彼女の片手には、あの鉢植えがある。最近、春の訪れとともにようやく新芽をのぞかせた鉢は、かつてスノウの母が育てていた薔薇の種を植えたものだと聞いた。別れの際に貰った種を、彼女は後生大事にとっておいたのだそうだ。それを、去年の秋にひっそりと鉢に植えた。この鉢植えが芽を出すまでだけ、スノウを探すつもりで。



妙な行動力がある反面、そういうところは、ひどくいじらしいと思うのだが――今後そういう心臓に悪い秘密は無しにしてほしいと思うスノウである。



「スノウ。」


「ん?」



くいと手を引かれ、スノウはローズを見て――真っ赤になった。今日も彼女は美しい。教養もそれほどなく、語彙もそれほどない。唐変木のスノウにはそれ以外の形容詞が出てこないが、本当に彼女は美しい。


かつての自分をほめちぎってやりたい。お前のネーミングセンス、くっさいけど正しかったぞと。



花嫁から突然贈られた愛のこもった口づけに、スノウは我慢しきれず彼女を横に抱き上げた。花よりもいっそう美しく、ローズが笑った。ああ、本当に美人だとは思うが――スノウが一等好きなのは、彼女のこの、子供じみた笑顔なのだ。



「愛してるわ!」


「バッカ野郎!」



照れ隠しに頭を掻こうとしたが両手がふさがっていてそれもかなわない。


ええいままよ、とローズの唇に口づけた途端、周囲の歓声が大きくなった。春風が流れる花弁を巻き上げて、青い空へと一直線に上っていった。

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春待ちの恋 @chieri

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