第26話 決闘 その二
『揃いましたね』
彼方にいる京四郎とシエルファを見ながら、テレーズ。
赤外線を捉える彼女の瞳は、暗視スコープ並の明るさで闇を見ることができる。それはそこにいるほかの二人、ベルゼビュートとフェルナンドも同様であった。
『総合的には互角か……』
呟くようにベルゼビュートが云った。超高速の念話だ。
『それほどですか?』
フェルナンドが尋ねる。
『京四郎の身体能力の高さもあるが、あの天使が指輪で魔力を封じている分が大きい』
『指輪三つで千分の一ですからね。それでも長期的には天使が有利でしょう。スタミナも筋力も再生能力も違い過ぎる』
フェルナンドが、およそ感情の揺らぎのない平淡な念話で返した。
テレーズが不愉快げにかぶりを振った。
『そもそも人間が天使と戦う事自体がばかげています』
『だがハンデ付きだ』
『そういう話ではなく……。私は先生が首を落とされるのをみました』
『どのみち、京四郎は死んでも生き返る』
『信じられません。それに仮に生き返っても、大切な人を失ってしまうのでしょう?』
『テレーズ』
ぱちん、と指が鳴らされた。ベルゼビュートが鳴らしたのだ。超能力が発動され、念力によってテレーズの動きが止められた。
『陛下』
テレーズがもがき、父に抗議の視線を送った。
『横槍を入れるな。フェルナンド殿が敵に回るぞ。そうなればこの星ごと人が死ぬ』
『ご協力に感謝します』
抑揚のない思念をフェルナンドが発した。彼女は、その気になれば指先一つで惑星を粉々にできる。
『首を落とされることも承知の上で京四郎は決闘に臨んだのだ。奴の気持ちを汲んでやれ』
『ほかにやりようがなかったからでしょう』
テレーズが云う。思念がひどく苛立っている。
『かもしれん。だが首を落とされても死ぬとは限らん』
『何を馬鹿な。先生は人間です』
『この戦いは人間を超えるための戦いだ』
彼らの念話の間に――。
京四郎の初太刀がシエルファの腕を切り飛ばした。
***
左腕を切り飛ばした。
人間相手ならば、勝負はそこで決している。苦痛、それに多量の出血で戦うどころではないからだ。ところが敵は次の太刀を受けきり、凄まじい腕力で押し返した。
それだけではない。
先ほどの受け太刀で分子数個分の厚みまで研いだ刃が刃こぼれし、切れ味が激減した。これでは核弾頭の直撃に耐える天使の肉体を切り裂けぬ。
太刀合わせで失われたカーバインの破片はシエルファの黒装束、それに顔に食い込んだが、ちくりとする程度でダメージは皆無だろう。
『キャリブレーション実施。予知能力との誤差N/A。気候変動誤差N/A。desync可能性0.025%。TASモード切替可能』
京四郎の脳に搭載されたチップが、呪文のように不明確な言語で状況を彼に告げた。
『TASモードRUN』
京四郎は命令を下した。
『TASモードRUN。五感を停止させます』
Tool-assisted superplay ――ツール補助による最適動作。
一秒を百分割し、一フレームとする。そのフレーム全てに、未来予知で得られた理想の動作を適用させる。
TASを使った時、京四郎の動きは武術の究極に到達する。
音が消えた。
舌は唾液の味を感じなくなり、肌は風の寒さを失った。もはや匂いも分からぬ。
暗闇の中、もともと見えぬ瞳はまぶたを閉ざした。
人間が感じる全ての感覚を閉ざし、思考することすらも放棄する。
リソースの全てを、未来予知に委ねる。
予知で検証をし尽くした、最善手の動きに。
しばらく、京四郎は動かなかった。
一分が経ち、二分が経った。
シエルファも動かぬ。
彼女は斬られた腕の再生を優先し、防御に徹することを選んでいる。隙のない構えで小太刀を握りながら、京四郎を凝視していた。
三分、四分……。
まだ、両者は動かぬ。
五分。シエルファの腕がほぼ再生し、指がつめ先を残して生えてくる。
六分。シエルファの腕が完全に再生した。
シエルファが口火を切った。
右足で大地を踏みしめ、次の二歩目。間合いを完全に詰めようとした時だった。
爆発が彼女を襲った。
視界が小規模な火柱に包まれ、粉塵が身体にかかる。
衝撃は左足からだった。靴が吹き飛ばされ、不燃繊維でできた黒装束がわずかにこげる。
『地雷!?』
ダメージはない。しかし驚きは相当のものだった。
『なぜ、誰が?』
その疑念が頭につき、コンマ数秒、思考と身体が硬直した。小規模ながら爆風にさらされ、態勢を立て直すために地を踏みなおす。
また、爆発。
二発目の地雷を踏んだのだ。
「ぬぅぅ!」
怒りに、シエルファはうめいた。声が出た。
誰がやったのか。決まっている。京四郎しかいないではないか。おそらくは未来予知の能力を駆使し、自分が確実に踏む場所を先回りして設置したのだ。
『正々堂々の果し合いではないのか!?』
殺意を帯びた思念。京四郎、それに答えず。
気配を消し、狼狽するシエルファに忍び寄っていた。
刺突。
シエルファの肋骨の隙間から心臓を、京四郎の刃が貫いた。
「ぐっ」
大量の吐血をしながら、シエルファはにやりと笑った。
心臓を貫かれた状態で前に足を進め、ずぶずぶと刃を深く食い込ませながらも京四郎の腕を取る。そして。
ねじ切った。
地雷を踏んでからここまで、一秒程度のやりとりだった。
京四郎の右腕が付け根からぶちりと切り取られ、切断面で筋肉が蠢いた。太い骨が露出し、血がぼたぼたと流れ落ちた。
「炭化」
TAS状態の京四郎は平常と変わらない様子で呪文を唱える。肉、それに骨の一部が炭化して傷口を覆い、止血の役割を果たした。痛みはもとからない。思考も神経も脳から遮断している。
「ふ、ふふ、ふ」
膝をつき、シエルファは笑った。心臓を貫かれたのだ。こちらも重傷である。額から脂汗が出ている。楽しいから笑っているわけではない。けれど何故か笑いがこぼれた。
笑いながら、身体に突き立った剣を抜き、投げ捨てた。
「ごぽっ……、く、再生」
喉に絡む血を吐いて、呪文を唱える。
心臓の傷口周辺の細胞が超高速で分裂し、血が泡を吹きながら新たな細胞に転化する。神経、筋肉、血管、それらがほぼ元通りに修復してゆく。
時間にして数十秒。その間、京四郎は何もせず待っていた。いや、正確には何もしていないわけではない。距離をとり、呼吸を整えていた。
「貴様には失望した。こんな小細工を使うとは恥を知れ」
シエルファが言った。怒っている。
念話ではなく口に出したのは、心を通わせることを嫌ったからか。それとも京四郎が思考を手放し、心を閉ざした状態にいたからか。
「何が恥だ。天使みたいな化けモン相手に戦う破目になってんだぞ俺は。しかも負けたら俺どころか家族まで殺されるんだふざけるな」
京四郎が言い返す。
この時、彼の耳は相変わらず聞こえていない。むろん、シエルファの声は届かない。
シエルファが喋るこのタイミング、彼女が地雷を踏んだ事に抗議する事を予知能力で調べ、そして会話が繋がるよう予めインプットした台詞をテープレコーダーのように喋っていた。
「……期待した私が馬鹿だった」
「期待はずれならとっとと帰ってくれ。利き腕がなくなった俺にあんたを満足させるような力はねえよ」
言いつつ、京四郎の左手がズボンのポケットに差し出され、何かを握った。
「そうはいかぬ。果し合いの決着は死と決まっている」
「じゃあ死ぬ前に一つ、教えろ」
「何だ?」
「再生呪文を使えるのなら、何で腕を斬られた時に使わなかった?」
「純粋な技量比べを、まっとうな斬りあいをしたかったからだ」
「すりゃあいいだろ」
「愚弄するな。卑怯者めが」
「よし分かった。これからは俺も正々堂々とやる。だからてめえも呪文を使うな」
「何をたわけたことを言うか。仕込んだ地雷がまだ残っているだろう」
「ねえよ。安心しろ」
「もういい。喋るな」
シエルファが小太刀を構え、距離を詰めた。たとえ地雷を踏んでも驚かぬよう、体勢を崩さぬよう、地面に注意しながら。
一歩、二歩、三歩。シエルファが走る。
京四郎との距離が詰まってゆく。
射程距離。首を刎ねるべく、小太刀を振りあげた。
カウンター狙いなのか、京四郎は左拳を突き出す。
かまわずシエルファが刃を振り下ろそうとした時。
ボッ、と、くぐもった音がし。
凄まじい光が視界を覆った。
「ぎゃっ」
網膜を焼かれ、思わず身体を丸める。
閃光手榴弾だ。
マグネシウム粉末と硝石を利用して作られたそれは、太陽光の数百倍の輝きを作り出す。視力のよさがあだとなり、至近距離で光を見たシエルファはのた打ち回った。
その彼女に背を向けて。
一目散に、京四郎は逃げ出した。
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