第22話  それぞれの思惑


 その、男と相対したとき。

 宇宙警察の特別捜査官、フェルナンドは悪寒を感じた。

 その悪寒の原因が恐怖であることは、すぐに分かった。もし感情を封じられていなければ、表情に出てしまっていただろう。

 場所は、宇宙船の一角にある執務室。

 彼女の目の前に、榊京四郎がいた。

 ただの人間を怖れたのではない。戦闘能力ではなく、その男に潜む過去を怖れた。

「ミストレス・スケアス・フェルナンド准尉。今回の事件捜査の指揮権を一任されています」

 抑揚のない声。虚ろな瞳を京四郎に向け、言った。

「榊京四郎。ごくごく普通の人間だ」

「ええ。表向きはそういう事にさせていただきましょう」

「助かる」

 やりとりの全てを予知で知っているのだろう。京四郎は驚くことなくそう言った。

「私は貴方に殺されかけたことがあります。より正確には、貴方の脳が搭載され勇者シュザンナが操ったロボットにですが」

 古い、古い昔のことだ。

 京四郎の脳を搭載した兵器ディアボロは、天使の軍勢と戦ったことがある。

 魔王を倒した者が次の魔王になる、そう定められた神のルールに彼らは抗った。そのために天使との戦いが起こった。

 神は言った。

『我が使徒に勝てれば、魔王となることを免除しよう』

と。

『なめるな』

 そう言ったのは、シュザンナだったか、それとも京四郎だったのか……。

 彼らに敵対するは、天使の群れ。

総勢、二兆五千億。

 魔王を滅ぼすほどの力を得てなお、絶望的な戦力差だった。

 鬼神のようにディアボロは戦い、甚大な被害を天使側にもたらした。

「私はデスマーチの事を知っています。その危険性や発動条件についても。ゆえに貴方の記憶を吸出し、外部に漏らすような真似はしないとお約束いたしましょう」

「そこまで知っているなら俺に予知能力があることも知っているだろう。ここからのまどろっこしいやりとりは予知で何度か体験した。フェルナンドさんの手持ちのカードも、なるべく多くの部下を救いたいという動機も知ってる。見返りに何が欲しいか言ってくれ」

 ずけずけと、京四郎は言った。

 この男、誰に対しても無礼である。

 フェルナンドは答えた。

「これから起こる事をお聞かせ願いたい」

 相変わらず抑揚のない声。しかしその奥にある、切迫した心情を京四郎は見て取った。

「わかった。だがそう大したことは分からんぜ」

「かまいません」

「俺は襲撃犯から決闘を申し込まれてそれを受ける。受けない場合は俺が雇っている奉公人が次々と暗殺されることになるからだ。決闘の日時は一週間後、あの星のカルザス平原という場所だ。いや、悪い。フェルナンドさんは部下が死ぬかどうかを知りたいんだったな。くどくど口で説明するよりも記憶を読んだ方が早いだろう」

 京四郎はフェルナンドに手を差し出した。

「接触テレパスを使ってくれ」

「はい」

 フェルナンドは差し出した手をとって、握る。

 その動作の数秒で、彼女は京四郎の記憶を読み取った。

「……。決闘で、貴方は首を切り落とされる」

「そうだ」

「その後は?」

「わからん。俺の予知能力は俺が死んだ後のことは見れん」

 二度、フェルナンドは瞬きした。

「ああ」

 得心し、頷く。

 首を切れば人間は死ぬ。その事を、第三位の天使であるフェルナンドはすぐには理解できなかった。上位の天使は塵にしようが蘇るからだ。

「死んでも生き返るのでは?」

「釈迦に説法だとは思うが。死ぬと魂が天界に昇る。天界はこの次元とは異なる次元のため、予知能力が通じない。デスマーチが発動して生き返るのは天界から魂が引き戻されるからだ。天界での出来事を知る事は神の領域で、人間にはどうにもならん。だから死んだら予知が途切れて見えなくなる」

「意外に制約が多いのですね」

「たいした役に立てなくてすまんな」

「いえ。ご協力に感謝します。決闘の期日まで部下が襲われないと分かっただけでも収穫ですから」

「お前らが決闘の邪魔をしなければ、だがな」

「そのあたりは上手く立ち回ります」

「ああ。上手くやってくれ。天使だろうが人間だろうが死人はでない方がいい」

「伺いたい事は知る事ができました。地上にお返ししますので少々お待ちください」

「話が早くて助かる」



***



 ノックの音が、二回。

「どうぞ」

 場所は来賓用の豪奢な応接室。仮面をつけた少年がいうと、女が部屋に入ってきた。

「ずいぶんと早く終わったな」

 仮面の少年――魔王ベルゼビュートは座ったまま話しかけた。

 最高級の茶葉を使って淹れられた紅茶が、甘い香りを匂わせている。

「興味本位で聞くが、京四郎の第一印象はどうだった?」

「なかなか面白い人材ですわね」

「……」

 微笑を含んだ女の声。生気に満ちた表情に、神々しいまでの威厳をたたえた姿だった。

これまでとの印象の違いに、ベルゼビュートは訝しげな視線を送る。

 連邦警察の指揮官、フェルナンドを相手にしているはずだった。

 美しくはあるが人形のような造形、死んだ魚のような目、抑揚のない声が一転し、別人であるかのような輝きを放っている。

「アインスか」

「ヤー」

 熾天使の序列一位。最強の天使の名前である。

「他人の身体を乗っ取る事もできるのか」

「耐性のある天使のみですわ。たいていはわたくしの力に耐えられずに塩の柱になってしまいますの」

「それで、わざわざ私に会いに来たのか?」

「ええ。最期の詰めを少々。今回の件、万全の上に万全を期しておこうと考えまして」

「私の仕切りでは不満か?」

「貴方、テンションが高くなり過ぎると手段に没頭して目的を忘れるきらいがあります」

「ふん」

「汚れ役はこちらが引き受けます。貴方はせいぜい、無垢な乙女として愛しい男を生き返らせる為の生贄を演じればよろしい。それ以外に余計な事をしては駄目ですわ」

「余計な事をしているような口ぶりだな?」

「失礼。今はまだ、ですわね。これから先の話の事ですわ。いざという時になって死ぬことへの恐怖から邪魔をしないとも限らないでしょう? 京四郎さんは私の配下に追い詰められて死に、デスマーチが三度発動。二人の娘が死んだ後に貴方も死に、京四郎さんが次の魔王になる。これで死人が最小限に抑えられますわ」

「いい性格をしているな。ここに集めた貴様の部下も死ぬぞ」

「それも天使の仕事のうちですわ」

「どうも好かん。貴様を見ていると私が勇者だった頃の司令部を思い出す」

「ああ、非常に合理的な考え方をする人工知能でしたわね」

「人間だった奴はもれなくデスマーチを使ってぶち殺したからな」

 暗い、陰鬱な笑みをベルゼビュートは浮かべた。

「奴ら、先代魔王ごと私らを異世界に放逐しようと画策しやがった。何百年も人類を守るために戦ってその仕打ちだ。私と京四郎がキレたのも当然の流れだろう」

「どちらも正義ですわ。否定も肯定もいたしません」

「私は足し算引き算で人を裏切る奴が嫌いだ」

「あらあら。もしかして、今のこの段階になって京四郎さんを罠に嵌めるのをおやめになりますの?」

「それとこれとは話が別だ。奴は私のいないところで幸せになろうとしている」

 ぎり……と、ベルゼビュートは歯をかみ締めた。

「許されると思うか?」

「……」

 笑みをたたえながら、アインスはベルゼビュートの瞳を見据えた。

「なるほど、嘘はついておりませんわね。結構ですわ」

「貴様、心を読んだな?」

「当然ですわ」

「要件が済んだのならさっさと消えろ。吐き気がする」

「これを受け取りなさい」

 と、アインスはガラスのテーブルの上にフラッシュメモリのチップを置いた。

「決闘の申し込み文書、それにレギュレーションをまとめてありますわ。核兵器の使用禁止、肉体の機械化禁止、強化装甲甲冑類の使用禁止、毒の使用禁止などなど。このルールに従うのなら力を抑える指輪をつけて戦わせるとお約束しますわ。そう彼に伝えて置いてくださいませ」

「あからさまだな」

「表向きは刺客から届いたという事にしますわ」

「分かった。分かったから消えろ」

「ごきげんよう」

 いうやいなや、憑き物が落ちたようにアインス――フェルナンドの表情が切り替わった。生気と威厳を兼ね備えたものから、死人のような無表情へと。

「アインスが来たぞ。今帰った」

「存じております」

 相変わらずの、抑揚のない声でフェルナンド。

「地上にお戻りください。陛下への詮索はするなと、さきほどアインス殿に命ぜられました」

「今回の件……昔もそうか。一番の被害者は卿かもしれんな」

 フェルナンドは弱弱しくかぶりをふった。

「私は私に課せられた使命を全うするのみです」

「あまり自分を追い詰めないことだ。いや、アインスとつるんでいる私が言えた言葉ではないか」

「地上にお戻りください」

「ああ」

 頷くと、ベルゼビュートの身体がかき消えるようになくなった。テレポートしたのだ。



***



 仮面の少年――ベルゼビュートがテレポート・アウトした。

目の前には京四郎がいた。京四郎の住む、惑星の地上である。

 地平線が見えるほどに何もない場所だった。草がぽつぽつと生えており、土はわずかにぬかるんでいる。

「アインスと会ってきた」

「知っている」

 ここでの会話を予知したのだろう。さして驚くこともなく、京四郎は答えた。

「果たし状と決闘のルールを渡された」

 ベルゼビュートはフラッシュメモリを差し出した。

京四郎は受け取りつつ、尋ねた。

「中身は見たか?」

「いや。口頭で禁則事項の一部を簡単に言われただけだ」

「そうか。まあ、想像通りの内容だ。機械化せず生身で戦うことと、核の使用による自爆攻撃の禁止。それを遵守したら、魔力を抑える指輪をつけた状態で戦ってくれるんだとさ」

 当然のごとく、京四郎は見もしてない果たし状の中身を熟知していた。これも予知したのだろう。

「相手の目的は俺を殺す為じゃなく魔王の強さに近づける事だ。この戦いのつけ目はそこにある」

「勝てるか?」

「ここが、決闘に指定された場所だ」

「うん?」

「俺はここで死ぬ」

「そう、か」

 うつむき、ベルゼビュートは表情を隠した。

「数日前、お前はほのめかしたな。デスマーチを御する方法があると」

「前にも言ったが、イエスともノーとも言えない」

「答えてくれなくていい。俺はお前を信じる」

「……」

「何があろうともだ」

 まっすぐに、京四郎は少年の仮面ごしの顔を見つめる。

 ベルゼビュートは、かすかに身体を震わせた。

「ああ。私はお前を裏切らない」

 言葉を切り、少年もまた京四郎の瞳を見つめ返す。

「何があろうとも」

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