第20話 修行


 監視衛星で行われたベルゼビュートとフェルナンドの会話を、京四郎は無論知らない。

 彼は未来を予知できるが、予知できるのは彼自身が体験した範囲である。他人の動向はわからぬし、加えて言えば自身が死んだ後の事も予知することはできない。たとえ死んだ後に生き返るにしてもだ。

 さて。

シュザンナが魔界に一時帰国して、二週間が過ぎた。

 標高四千二百メートル。フォルクス山脈の山頂。

 そこに、京四郎の姿があった。

 決闘への準備である。

周囲の積もった雪には無数の槍が突き刺されており、京四郎は両手を組み、両足で大地をしっかりと踏みしめ、手指で印を作っていた。

「臨む兵、闘う者、皆、陣やぶれて前に在り」

 呪文が唱えられる。

 と――。

 彼の近くにある槍が一つ浮き、ぐにゃりと丸くなった。丸くなった塊はうごめき、やがて鳥を思わせる羽根が生え、首と尾ができ、頭とくちばしがうまれた。

 両翼を広げると人の大きさもあろうか。巨大な鳥はひとついななき、羽ばたいて宙へと飛び去ってゆく。

 京四郎はその姿に目もくれず、再び呪文を唱える。

「臨む兵、闘う者、皆、陣やぶれて前に在り」

 近くにあった別の槍が、鳥の形をつくり、また飛んでゆく。

 形状再生合金。鳥の正体はそう呼ばれる金属で作られた、擬似生命体である。

 普段は何の変哲もない金属だが、魔力を与えると劇的な形状変化をさせることができ、しかも生命体のように制御できる。

 鳥の姿を与えられ、成層圏を舞うこの槍が、二週間後に迫った決闘への切り札となる。

 そう、決闘だ。

 この二日後、京四郎は予知で見た相手から決闘を申し込まれる。

 そしてその決闘は、回避することができない。

『天使どもは、俺を魔王にしようとしているらしい』

 未来が見える夢の中で何度も試行錯誤し、バッドエンドを何度も踏んで得た結論がそれであった。

 もともと、シュザンナからヒントは貰っていた。彼が魔王になればデスマーチの納期に関わる問題は先送りできると。

 そしてデスマーチを制御する方法は、現在見つかっていない。京四郎が寿命を迎えれば、デスマーチが無限連鎖的に発動して宇宙が滅びる。その問題に対してできるのは先送り、彼を長生きさせることだけだ。

 ならば天使はやるだろう。彼を魔王にすることを。

 しかし、魔王になるには三つの条件がある。

 京四郎はそれを知っていた。いや、正確には予知能力を駆使する中でその制約条件について仮説を立て、ディアボロ時代の経験と照らし合わせて確信を得た。

もともと、勇者シュザンナの横槍が入らなければ彼が次の魔王になっていたのだ。


 魔王になる条件の一つは、魔王を殺すこと。

 二つめは、魔王となるにふさわしい魔力を用意すること。

 三つめは、魔王の力に耐えうる霊的な強さがあること。


 京四郎が魔王を殺すよう仕向けるのは簡単だ。デスマーチを発動させればいい。

 魔力だけならば、生贄を用意すれば足りる。おそらく監視衛星に集められた警察職員達をデスマーチの発動にかこつけて殺すつもりだろう。

 霊的な強さだけが問題だった。

 戦闘経験のみではない。人間を超えた肉体の頑強さと精神力が必要になる。

『おそらく天使どもは、俺に決闘をさせることで俺を強くしようとしている』

 決闘を断れば、一方的に殺されるだけだろう。

 京四郎は死に、彼の家族を生贄にデスマーチが発動。彼は生き返る。天使にとっては殺害の実行犯が死ぬ程度の損失しかなく、彼にとっては最も避けたい結果である。

 受けざるを得ない。

 受けて、勝たなければならない。

 逃げるという選択肢はなかった。何故なら、

『シュザンナは、天使とつるんでいる……』

 からである。

 長年の付き合いだ。彼女が何を隠しているかはすぐに分かった。天使――ミストレスのアインスだろう――と交渉をし、落としどころを用意してくれている。

 今回の決闘に彼が勝てば、しばらく家族には手を出さない。負ければもろともに殺し、時を置いてまた決闘をさせる。魔王よりも上位にある彼の最愛の対象は二人。つまり二度までなら殺しても魔王を殺すことにはならぬ。

 そうして鍛え上げ、“これならば魔王となっても耐えられる”と判断すれば、魔王を殺させる。

 そんなところだろう。

 監視衛星に積めている連中は、数十年程度の期間で撤収するわけもない。彼らは存在しないテロリストの調査の為に来ているのだ。今殺さなくても引き続き生贄にできるように取り計らわれるのだろう。

 余談だが、魔王となる条件を満たさぬ者が魔王を殺した場合はどうなるか。

 答えは、わからない。

 先例が存在しないのだ。ブラックホールに投下されようが致死性のウィルスに感染しようが魔王が死んだ事例はない。条件を満たした勇者以外には殺せないのだ。

 もし仮に殺せたとすれば、魔王という存在制度がそこで断絶するやもしれぬ。

 そうすればどうなるか。

 京四郎に魔王を殺させ、しかし京四郎は魔王にはなれぬ。ゆえに寿命が延びずデスマーチの納期問題を回避できなくなる。

 天使としても、そんな結末は望んでいない。

 だから、京四郎を強くする必要がある。彼が魔王となる条件を満たす為に。

 その為の決闘であり、なればこそ決闘相手は戦ってギリギリ勝てる相手が用意される。戦いにすらならぬ強者と決闘しても、彼が強くなれはしないのだから。

「臨む兵、闘う者、皆、陣やぶれて前に在り」

 決闘に勝つべく、京四郎は呪文を唱える。

 用意した三万本の槍。その全てを切り札として使うために。



***



「お疲れ様。今日のノルマは終わったか?」

 日が、暮れかけた頃。

 魔王ベルゼビュートが現れ、京四郎に話しかけた。

「ああ。ちょうど三千本飛ばしたところだ」

「メシを持ってきたぞ」

 念動力を使っているのだろう。彼の少し後ろに、薪と、死んだカモシカが浮かんでいる。

 火を起こし、カモシカを捌いて肉を焼いて食べた。

 調味料は塩だけである。喉は、雪を暖め融かした水で潤した。

「何か変わった事はあったか?」

 京四郎が尋ねた。

「特には。だがそろそろ刺客が動く気がする」

「勘か?」

「勘だ。京四郎の予知ではどうなってる?」

「あさって、喧嘩を売られる」

「ふむ」

「光学迷彩で隠れながら俺を監視しているそこの天使。ローザといったか、そいつが頭のおかしなテロリストの奇襲に合って、たまたま居合わせた俺が助け、刺客は助けた俺を標的にする、という筋書きらしい」

「ふん。だそうだ、ローザ殿」

 彼方の、何もいない方向へ向かってベルゼビュートは言った。

 答えは、ない。

「体調はどうだ?」

「頭がやや重い。それと寒気がする」

「魔力増強剤(ドーピング)の影響か?」

「ああ。百倍に希釈して使ってるが、まだ慣れん」

 人間の限界を超えるため、薄めた魔王の血を京四郎は摂取していた。最初は薄く、濃度を徐々に濃くしながら三週間ほどかけて摂取する計画で、この処置を通して魔力と再生能力が格段に向上する。むろん、副作用もある。

「徐々に慣れるだろう。あまり焦って無理はしないことだ」

「そうも言ってられんさ。娘の命がかかってるんだからな」

 言いつつ、彼は懐に手を伸ばす。

 そこには金色の髪の束が二房。

「それは?」

「出かける際、お守りにと娘達がくれた。自分の髪を切って」

「いい娘だな」

「ああ。絶対に殺させん」

「がんばれ。もしどうにもならなくなったら、迷わず私を殺せ」

「それはないんで気持ちだけ受け取っておく」

「頑固な奴め」

「戦闘訓練をしたい」

「りょーかい」

 言ったベルゼビュートが、手を、今まで食べていたカモシカの残骸に向かい突き出した。

 ぱちん、と指を鳴らす。

 カモシカの骨が、肉がうごめき、膨張して人の形を作る。残骸の皮を使い、衣服が着せられた。

 数は、二体。

 一つは女の姿であり、一つは京四郎と酷似していた。

 ぱちん、と指を鳴らす。

 近くに刺さっていた槍が二本、形状を変えた。一つは刀に、もう一つは二本の小太刀に。

 その武器をそれぞれ、京四郎と女の人形が動いて手に取った。

 ぱちん、と指を鳴らす。

 どこからか小さな箱が召喚され、雪の上に落ちた。

「つけろ」

「おう」

 京四郎は箱を空け、固定用のバンドと一体化した小さな石のようなものを手馴れた動作で自分の身体につける。手に足に、腰に頭に。

 モーションセンサーである。

 彼の動きを拾い、等身大の人形が同じように動くのだ。

 人形の女が、構えをとった。

「強さは引き続き、神埼流の皆伝クラスに設定してある」

「ああ、それでいい」

 京四郎と酷似した人形も、同様に構えをとった。

 達人なればこそ、刀を持っての斬りあいは危険である。一瞬の油断で人が死ぬし、怪我もする。

 だが、モーションセンサーをつけ遠隔操作した人形に戦わせるというやり方なら、腕がもげようが首が飛ぼうが戦闘を続行できる。血を流す事もない。

「昨日は五十二回死んだか。この調子でTASが使えるのか?」

 ベルゼビュートが聞く。

「今日は四十回以内に収める。本番では何とかするさ。その為にスパコンも用意してもらったんだしな」

 京四郎が答える。

「ふむ」

 ベルゼビュートは空を見上げた。

 その視線の彼方に小さな宇宙船が浮かんでおり、中には発電機と共にスーパーコンピューターが搭載されている。

「やるぞ。話しかけんでくれ」

「ああ。悪い」

 訓練が開始され、刃と刃がせめぎあった。


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