第11話 死者の行進(デスマーチ)
京四郎が魔王ベルゼビュートと会った。
その頃。衛星に詰めた宇宙警察職員達は、引き続き惑星内外の監視を続けている。
彼らはテレーズを狙撃したテロリストの捜査と、次に起こりうるテロ行為の阻止のために配備された。警察の上位にある宇宙連邦はそれ以外の命令はしていないし、職員達もその命に従って惑星の監視と捜査、それに警戒を行っている。
しかし、職員の中にはそれ以外の命令を受けた者もいた。
「かけたまえ」
と、特別捜査官のフェルナンド。その声には相変わらず抑揚がない。
「は」
相手は短く答え、椅子に座った。短い黒髪の女である。そして天使でもある。つい先ほどベルゼビュートが来訪した際、臆しながらも声をかけた天使であった。
彼女の名をローザという。目つきが鋭く、鼻梁がくっきりと高く彫りが深いために顔立ちは男とも女ともつかぬ。しかし制服に包まれた胸はかなり大きい。
場所は人工衛星の中にある執務室。数万キロの距離を隔てて、京四郎にいる星がある。本来は無重力の空間だが、衛星は高速で自転しており、その遠心力を利用して重力を作っていた。
「これから話すことは他言無用だ」
「は」
「単刀直入に言う。この度の事件、我々天使による自作自演である。魔王の娘へのテロ行為を行い、その調査と警護の名目で宇宙連邦を動かして今の監視体制を敷いた。あの星に住む榊京四郎という人物に宿った“デスマーチ”という危険な魔法の封印もしくは無効化を目的としている」
ローザは瞠目し、フェルナンドの死んだ魚のような目を見返した。
「デスマーチ、とは?」
「最上級である第一種の禁呪に指定されている魔法だ。宿主が死ぬ事で発動される。簡潔に言うと、
一、死亡。宿主が殺される。
二、報復。宿主を殺した者を殺す。
三、生贄。宿主にとって最愛の者を生贄に殺す。
四、復活。宿主が生き返る。
宿主の死亡をきっかけに、二から四までの一連のプロセスが自動的に起こる」
「自動的に、ですか」
「そうだ。力の差や宿主の意志に関係なく起こる」
「デスマーチの宿主を殺した場合、殺した者は報復を受け、逆に殺された宿主は愛する人の命を代償に逆に生き返ると」
「その通り」
フェルナンドはうなずいた。
彼女の見込みどおり、ローザは頭の回転が速い。
「どこで、榊という男はその能力を身に着けたのでしょうか?」
「わからない」
「わかりませんか」
「この魔法については二億年以上もの間研究しているが、ほとんど未解明なままだ。先代の魔王グランベルド討伐を名目にかなり大規模な検証実験をした。数千兆単位の人間を犠牲にしたその実験で分かったのは、発動の条件と、一度発動すれば誰にも御せぬということだけだ」
「二億年、ですか……?」
「それがどうかしたのか?」
「寿命限界遺伝子(テロメア)をいじっても、人間の寿命はせいぜい千年程度では?」
「ウラシマ効果を利用すれば五十年を二億年に引き伸ばせる」
物質が加速度運動を行うとき、あるいは重力に晒されるとき、時間の速さはその加速度に反比例する形で遅くなる。宇宙船で遠方まで旅をする者は静止した者に比べてほとんど歳をとらず、これをウラシマ効果と呼ぶ。
「理解しました」
「デスマーチの詳細、それに榊京四郎という人物の経歴についてはこのレポートにまとめてある。四十八時間以内に目を通しておけ。読み終えたら焼却処分せよ」
と、フェルナンドは分厚い資料をローザに渡した。
「承りました」
「その他、具体的な指令は追って出す。表向きは引き続き警察職員としての業務に専念するように」
「は」
「以上、質問は?」
「何故、私にその密命を明かしたのですか?」
「魔王が来たからだ。あいつもデスマーチの能力を知っている。知っている以上、どうしても動向を監視するために人員を割く必要がある。しかし当初に派遣した者たちのみでは心もとない。よってこれといった天使に事情を話した。いざという時に働いて貰えるようにしたいのでな」
「なるほど、承りました」
「他に質問は? ……ないな。では退出したまえ」
***
「さて……まずはテレーズが何故撃たれたのかをはっきりさせておこう」
仮面をつけた少年が言った。
惑星の遥か上空で、フェルナンドとローザが密談を交わした頃。
地上では京四郎とベルゼビュート、それにテレーズが密談を交わしていた。
場所は街道沿いの旅籠酒場、[月の兎亭]
この店は酒と料理、寝床を提供するが、客の色情に応える売女は置いてない。しかし客が女を連れ込む事を禁止しているわけでもない。
京四郎が金を出し、二階に空いていた部屋を借りて酒と簡単な料理を注文した。
テーブルの上には安物のワインが入ったグラスが三つ。皿に載せられたサンドイッチが三人前。京四郎、ベルゼビュート、テレーズの三人が椅子に座っている。
「盗聴対策は?」
サンドイッチを頬張りながら京四郎。具は猪の肉らしい。とろりとした肉汁が噛むたびに口内に広がる。
「おお、うっかり」
「三つ子の魂は百までか……」
「うるさい」
京四郎を睨み、ベルゼビュートは右手の指をパチンと鳴らす。
京四郎とテレーズは反射的に耳に手をやった。鼓膜が引きつれる感覚がする。高速で空を飛ぶ際には気圧の変化に曝されるが、彼らが感じたのはまさしくそれであった。
「簡単に説明するが私は超能力タイプだ。魔法を使うのに呪文の詠唱はいらぬが、代わりに適当な動作と気合がいる。今、この部屋を周囲の空間から切り離した。酸素の供給路も切り離されている。……そうだな、一時間経過したら小休止をとろう」
異存ない、と京四郎とテレーズはうなずく。
「ここに来る途中に寄り道をして、捜査の名目で派遣された奴らの一部と会ってきた」
いいつつ、彼は右手のひとさし指と親指を伸ばし、その他の指は握る。ピストルの形だ。その形でテーブルのあいた場所を指差した。
「で、私は一度会った相手のコピーを非常に高い精度で作ることができ、かつ作ったコピー能力を自由に制限できる」
指先から、淡く青い光がまたたいた――と、指差された先のテーブルの数箇所が隆起し、蠢いた。
こね上げられる最中の粘土細工のように、その隆起は形を変えていく。こけしのような寸胴の体系に凹凸ができ、一まとめだった髪が一本一本ごとに細分化し、目や鼻や口のつくりが整えられ、衣服がシワを含めてかたどられていく。
手のひらほどのサイズの人形が、テーブルの上に並んでいた。
数は十八。いずれも熟練の職人が作ったフィギュアのような精巧さだ。
「一人ずつ仮の命を与える」
と、一体の人形を指差す。
「はっ?」
女の形をした人形がしゃべった。テーブルの上から周囲を見回し、ベルゼビュート達を見上げて驚き、身構える。驚いたのも当然だろう。小さな人形の体躯からすれば、ベルゼビュートは十五メートル級の巨人に見えるはずだ。
「おお」
京四郎が感嘆した。
パチン、とベルゼビュートが指を鳴らした。
「貴様は私の命令に抗えない。これから尋ねる質問に嘘偽りなく答えよ。戦闘行為およびあらゆる攻撃、防御行為も禁止する」
「……はい」
命令された人形の瞳から、意志の光が消えた。
「自分の名前、所属と階級、それに何を命令されたかを全て話せ」
「カリオペ・マスキアラン中尉。魔界出身で、宇宙警察に所属。受けた命令はテロリストの残した船の残骸の解析と、テロ行為が行われた星域の監視です」
テレーズは黙したまま、真剣な顔で聞いている。京四郎はワインで喉を潤した。
「よし。用済み」
ベルゼビュートが指を鳴らす。
「が」
カリオペと名乗った人形は小さな悲鳴をあげて形を崩し、テーブルの一部に戻っていった。
「次」
別の人形を指差す。
この調子で尋問を繰り返し、十人目でフェルナンドのコピーに行き着いた。
そこで語られた話は、監視衛星でローザに語った内容とほぼ同じであった。
「すまんテレーズ。無関係なお前を巻き込んだ」
「いったい……何が何やら……」
京四郎が謝罪し、テレーズは困惑して彼の顔を見つめた。
「私が撃たれたのは、他の列強種から怪しまれずにこの星を監視する体制を作る為だったと」
「そういうことだな」
「デスマーチとは一体何なのですか? そもそも先生は何者なのですか?」
ベルゼビュートが京四郎を見た。
「話していないのか?」
「互いの過去については深く詮索しないと約束したんでな。俺は物好きな宇宙旅行者としか説明してない」
「なるほど」
「俺はな」
じっと、京四郎はテレーズを見た。
「俺は人工の受精卵を試験管で培養されて造られた人間で、産まれてすぐに脳を摘出されて人型兵器の制御ユニットに魔改造され搭載された。今から二億年以上も昔の話だ。兵器の名前をディアボロという。ディアボロにはパイロットの魔力を増幅する能力、経験値を積むたびに自己進化してより強くなる能力と、デスマーチという能力が備わっていた」
例えば――高峰椿というパイロットがいた。
当時の魔王に姉と親しい友人を殺され、復讐を誓った。
数多いるパイロット候補の中から厳しい訓練を乗り越えて司令部から認められ、自らの意志でディアボロに乗った。
初陣で、些細な気の緩みから敵の攻撃が直撃し、彼女は死んだ。
デスマーチが発動した。
母親が生贄になって死に、彼女はディアボロと共に生き返った。
復活した直後に状況が理解できず、また敵の攻撃を受けて再びデスマーチが発動した。
父親が生贄になって死に、彼女は生き返った。
その次のミスで、付き合い始めたばかりの恋人が死んだ。
さらに次は、二人の弟、妹、親友の順番に死んでいった。
一度の出撃で家族を失った彼女を、残った親族や友人は気の毒に思い慰めた。
しかし次の出撃で、その親族と友人達のほとんどが生贄になって死んだ。
彼女が原因で家族を殺された者達は、彼女をなじった。一方で彼女の活躍によって救われ、彼女をかばった者もいた。
さらに次の出撃で、かばってくれた者が死んだ。
椿は瞬く間にうつ病を患い、薬を飲んで出撃した。
薬の副作用で眠気が抑えきれず、戦闘中に眠ってしまった。敵の攻撃を受けて彼女は死に、デスマーチが発動した。薬を処方した医者と看護婦が生贄になって死んだ。
絶望的な戦況の中、出撃するたびに彼女は死に、そのたびにデスマーチが発動した。
みんな、死んだ。
親しい者は死に、好意的に接してくれる者も死んだ。少し知り合っただけの人間すらもが、デスマーチの生贄の対象となった。やがて彼女を逆恨みする者すらもが生贄となった。
椿が麻薬に手を出すまで、大した時間はかからなかった。
「で、廃人と化して完全に使い物にならなくなったパイロットはディアボロが消化、吸収して次のパイロットが選ばれる。何百人かパイロットが乗り、悲惨な死に方をした後にあの勇者シュザンナが現われた。シュザンナと俺は魔王の暗殺を達成した。偉業を達成した俺達の前に神が現われ、俺は褒美として人間としての新しい身体を与えられた」
「その後、シュザンナは私が殺して先代から魔王の座を引き継いだ、ということになっている。本当は殺していない。彼女は死病を患っていた。私はただ看取っただけだ。京四郎とはその際に知り合って友になった」
京四郎の説明に、ベルゼビュートが補足した。
「こいつとは腐れ縁だ。昔から妙にウマがあった」
と、京四郎。国家元首をこいつ呼ばわりである。
「納得したか?」
「ええ、まあ、なんとか。しかし何故、こんな無理やりな方法で監視体制が築かれることに……?」
「そうだ。どうして今さら?」
京四郎が尋ねた。
「一つは京四郎が家族を持ったからだ。これまでは私だった最愛の対象が変わった」
「え?」
「ああ」
テレーズが目をしばたたかせ、京四郎は真顔とも苦笑ともつかぬ微妙な顔をした。
「二つは、最近の研究である可能性が示された。デスマーチの宿主が寿命で自然死した場合、寿命という概念そのものを報復の対象とする。起こりうる現象としては時間が止まる、誰も死ぬ事ができなくなる、寿命というルールを設けた創造神が殺される、どれになるか分からぬがとにかく影響は宇宙全域に及ぶ。仮にそうならならぬとしても、デスマーチを発動させながら納期(じゅみょう)を迎えると絶対に破綻が起こる。
納期を迎えて自然死した宿主は生贄を犠牲に生き返るが、若返るわけではないのですぐに死ぬ。生贄を殺し、生き返る。死ぬ。殺す。生き返る。繰り返せばどうなる? この世に生きとし生ける者がいなくなる」
「あくまで可能性なんだろう?」
「ああ。現実的には検証不可能だからな。仮に検証してその通りになれば、文字通り宇宙が滅ぶ」
「といっても俺はあと何百年かしたら死ぬぞ」
普通の人間は数十年で死ぬ。
京四郎の身体は寿命限界遺伝子を改造されており、五年から十年に一度、歳をとる。
「それな。だから事情を知る奴らは必死になって色々としているわけだ」
「そりゃお前もだろう」
「もちろんそうだが、クソどもと一緒にされるのはむかつく」
「そんなつもりはねーよ。ともあれ、対処法はあるのか?」
「寿命を延ばすか、時間停止呪文を完成させるか。デスマーチの発動メカニズムを解析して呪文自体を完全に封印するか」
「平たく言うと拉致されてさらなる肉体改造を受けるか、ウラシマ効果を使うために強制的に宇宙旅行をさせられるか、それともデスマーチの解析のために殺されるか、か?」
「そういうことだ。おそらく肉体改造されて、かつ宇宙旅行だろう。その前に検証実験もされると思う。生贄対象は私の上位に何人いる?」
デスマーチの生贄には、宿主が最も愛している者が選ばれる。
「二人だ」
静かに、そして即座に、京四郎が答えた。
「では二回まで、検証のために殺される可能性があるな」
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