第7話 魔王来訪
時を同じくして――。
京四郎のいる惑星のはるか上空、監視衛星の内部は騒然となっていた。
理由は、得体の知れぬ男が突如として表れたことによる。
男、といったがおそらく少年である。小柄な体躯は発育の途上にいるためだろう。紺色のスーツの隙間から見える肌はひと目で分かるほど張りを帯びて若々しい。
顔に道化師の仮面をつけているため、歳の頃がどれほどなのかは分からなかった。
「そう殺気立たないでもらいたい。危害を加えるつもりなはないよ」
少年が言った。穏やかな声だ。
彼の両手は頭の後ろで組まれていた。言葉通り、攻撃する意図はないことを示す姿勢。ただし床に伏せるまで徹底してはいない。
「何者だ?」
その場にいた警察の一人が聞いた。いつでも制圧行動に出られるように身構えている。
「どうやって現れた?」
聞いたのも無理はない。
恒星破壊級の生物との戦を想定した千名近くの特殊警察職員、そして太陽系をカバーする二十四の監視衛星群は、内外に無数の危機探知システムを備えている。テレポート能力を持った者への対応も含めてだ。
だが、ステルス処理をされた物体を三光時間の距離から感知できるセンサーも、突発的な魔力の変化を拾うセンサーも、船内の質量変化を常時監視しているセンサーも、全く反応しなかった。感知能力に長けた職員達も同様である。他の二十三の監視衛星は、沈黙させられたか、すり抜けられたのどちらであろうか。
船の装甲は三重の外殻で覆われ、さらに外部には熱や光や物理的な力を遮断する力場が張り巡らされている。それらを気づかぬうちにどう突破したというのか。どうやって入ったのかすら分からなかった。
衛星に詰めていた宇宙警察の面々は、緊張した面持ちで少年に対峙していた。ある者は彼に銃口を向け、別の者は剣を構えている。どちらも惑星くらいなら“撃ち抜ける”し、“斬れる”いわくつきの武器だ。
この時、少年を取り囲んだ職員の数は十七名。全員が五千時間以上の実戦経験があり、そのうちの三名は武装なしで恒星を破壊する程度の能力を有している。
それが、呑まれていた。萎縮している。
「問一への答え。私の名はベルゼビュート。魔界で王をしている。問い二への答え。軍事機密に関わる為、答えられない」
ざわ……と。
空気が異様な魔力を帯びて、漣のようにざわめいた。
ベルゼビュートによるものではない。その場にいる有力な者達の戸惑い、敵意、畏敬といった複雑な感情が漏れ、超常的な力となって物理法則に干渉を起こしていた。
魔王ほどではないが、彼らもまた尋常の生物ではない。
「……」
静かに、ベルゼビュートは周囲を見渡す。
居合わせた警察のうち、魔族の者が跪いた。
宇宙連邦は魔族を含む複数の異星人で構成されている。必然的に、その傘下の宇宙警察にも魔族の職員が混じっている。実際に実物と対峙して、彼らは肌で感じたのであろう。今、自分達が目の前にしている者が主君であることを。
「仮面をとって、顔を晒していただけますか?」
一人の女が聞いた。オーソドックスな天使タイプ。手が二本、足が二本あり、顔立ちも身体のつくりもひと目では人間のものと区別がつかない。その上、エルフと違い耳が尖っていない。
ベリーショートにした黒髪。細く鋭い眼光がベルゼビュートに注がれていた。
「断る。宗教上の戒律で外せぬし、もし外せば貴様らの精神に異常をきたす」
「貴方が魔王であることを証明する物は?」
「私の足元のカバンに身分証が入っている。こちらに来ることは連邦にも伝えたはずだが、連絡が行き違っているようだな」
少年はカバンを蹴り、それは宙に弧を描いて天使の足元に落ちた。
「本部に問い合わせをします。回答が来るまでは妙な動きはしないでください」
「何時間もこのままというのは勘弁願いたいのだが」
少年は穏やかな声で言った。
「臨戦態勢を解け。本物だ」
声がした。後から現れた赤毛の女が発したものだ。
およそ感情のない能面。両目から鼻、口のつくりまで整った顔立ちは美しいのだが、立体プリンターで作られたかのように人形めいている。死んだ魚のような目の、焦点は虚空に向けられていた。
職員達は明らかな安堵の表情を浮かべ、武器を収めた。
「陛下も楽にしてください」
「助かる。臣民の者も無礼講でいい」
跪く者達へ言いつつ、ベルゼビュートは頭の後ろに置いていた両手を下に降ろした。
「国家元首がアポイントメントもなしに突然忍び込まれては困ります」
と、能面の女。
「卿が責任者か?」
「はい。ミストレス・スケアス・フェルナンド准将。連邦本部より特別捜査官として派遣されており、捜査指揮を一任されております」
「スケアスというと座天使か」
「はい」
ミストレスとは天使の意、スケアスつまり座天使は物質の身体を持つ天使としては最上級であり、天使全体では第三位にあたる。
「身内を狙われた私が言うのも何だが、せいぜい駆逐艦クラスの宇宙船しか手配できぬテロリストを相手にするにしては、投入しているリソースが大きすぎるのではないか?」
「テロ対象者の身分の特殊性を鑑みて、万が一を防ぐ為の措置です。このたびの捜査に関わる連邦議会の議事録はお読みになられたかと存じますが」
「無論だ。宇宙警察が保有する戦力の十%を突っ込む事への妥当性が繰り返し問われていた。必要な資金の大半を天使側が拠出することも理由がわからぬ」
「陛下がこちらに来られたのは議会運営に対する抗議のためでしょうか?」
「いや。古い友人に会いに来ただけだ」
「友人……?」
「友人。あの星には私の友がいて、交友関係は今も続いている」
「サカキ・キョウシロウ?」
「その通り」
「この件に絡んでテレーズ氏の身辺調査は一通りいたしました」
「知っているよ。警察から私と京四郎との関係についても問い合わせがあった」
「失礼ながら、くだんの人物についてはまだ身元を調査中です。人間であるのかも含めて」
「そうであろうな。ある人間が本当に人間であるという事を証明するには時間がかかる」
京四郎のいる星域は中立地域に指定されており、魔族や天使といった列強種の定住は侵略行為とみなされ、基本的に許可されていない。テレーズが住んでいられるのは魔王から勘当され、魔族と関わりを断ち、魔族として魔界から受けられる権利の一切を剥奪されたからである。それでも定住許可を得るまで連邦議会で相当モメた。
「こちらに顔を見せたのはいらぬ混乱を避けるためだ。私はあの星に降りて友と会う」
「連邦からの許可は?」
「まだない。手続き上の問題は後追いで処理する。魔界の元首たる私が責任を取る」
「と、言われましても。連邦に所属する警察は国家権力によるあらゆる介入を受けない事で中立を維持しています。陛下のご要望は分かりましたが、私は許可を与えられる立場にはありません。そもそも権限がない。ただし」
フェルナンドは言葉を切った。
「陛下のわがままを穏便に止める手段もありません。この件は上に報告させていただきます。前例から行って三日以内に戦力が召集されるでしょう。それまでに陛下の滞在許可が降りぬ場合、立ち去っていただくか戦争をするかの二択になることをご了承ください」
「監視はつけぬのか?」
「つけても徒労に終わりましょう。もちろん衛星からの監視は通常通り行わせていただきますが」
「そうか。礼を言う」
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