第4話 魔王との密談
前述の通り、テレーズは魔界の姫である。であった。
魔界とは何か。
魔王の管理する星域の総称である。
そして、一口に魔界といってもさまざまな環境がある。
現在の魔界の広さは千万光年に及び、複数の銀河で形成される。
魔界の広さは魔王の実力と領地への執着心に比例する。ある時代には魔界であった場所が、別の時代には魔界でなくなる事は珍しくはない。
現在の魔界の内訳は、銀河が五十。二足歩行の生物が居住可能な惑星が一万と五千。そのそれぞれに魔族と人間とがさまざまな形態で暮らしており、惑星によって文明のレベルが異なっている。自力では宇宙船すら作れぬ未開地がある一方で、年に数百万もの宇宙船が寄港する交易の要所がある。つまり、辺境の田舎と発達した都会がある。
魔界で一番偉いのは魔王である。魔界の最高責任者であり、唯一、王の称号を持つ。
次に魔王側近の四公爵。外交、軍事、経済政策、予算配分を行い、四公爵が評議したものを魔王が認否判断する。魔王とは姻戚関係にある。
さらに次が、使徒と呼ばれる御傍衆。四公爵とあわせて七十七名おり、四公爵の補佐や魔界にある惑星の管理者の管轄を行う。侯爵や伯爵の位を持つ。
生物が居住可能な惑星には管理者が置かれている。この管理責任者の数が統治する星と同じ一万と五千。使徒の監督の下に星の環境を維持管理し、収益に応じた租税を徴収し、天使などの外敵に対する防備を整える。子爵から男爵の位が与えられる。
また、魔界の軍には爵位とは異なる階級制度があるが、それは後に述べる。
その日。
魔王ベルゼビュートは、いつものように仕事をしていた。
いつものように道化師の仮面をつけ、いつものように玉座に座り、いつものように数百万のタスクを同時進行で処理していた。
彼のいる執務室は広い。縦も横も奥行きもゆうに数百メートルはある。それでいて調度の類は少年が座る椅子とデスクのみ。やろうと思えば部屋の中で数チーム同時に野球ができる、それほどの空間があった。
その広大な部屋に、魔王の決済を待つ大量の書類が一定の間隔でピシリと規則正しく浮かび、整列している。整列した書類は縦に五十以上、横と奥行きはそれぞれ五百以上。単純な掛け算で百万枚を超える。
浮かんでいるのは書類だけではない。数千個におよぶフレームレスのディスプレイがあり、ディスプレイ上ではチャットの応酬が同時並行でなされていた。
魔王は少年の姿をし、顔には白い道化師のような仮面をつけている。
後世の神話にて、彼はこうつづられていた。
八百万の世界を見渡し、様々な姿をとる無貌の者。無数の手と無数の目を持ち、七十七の使徒を率いる。隠された素顔を見たものは精神に異常を来し、魅入られた者は発狂死する――と。
彼の斜め後ろにはスーツを着た妙齢の女が二人、立っていた。一人は金髪の、もう一人は黒髪の女。彼女らは先述した側近の四公爵で、魔王の護衛のために控えていた。
『いるか?』
不意に。
新たなディスプレイが空間に展開された。
『よー、京四郎。どうした?』
少年は気さくに返信を返す。
何かがあった時のためにと、魔王は彼に超光速通信が可能な通信機を貸し、直通回線を繋ぐためのIDとパスを渡していた。
『テレーズが撃たれた』
宙に浮かぶディスプレイの一つに、京四郎が打ち込んだ文字が浮かぶ。
『知っている』
『状況を知りたい。テレーズはほとんど何も知らなかった』
『私は知らせたくない』
『理由は?』
『京四郎を巻き込みたくない』
『俺が状況を知ったら巻き込まれる可能性が出来る、と』
『そういうことだ』
『納得できんな』
『私がお前でもそうだろうな』
『何故俺まで巻き込まれるのかくらいは話せ』
軽く、少年はため息をついた。
『一般的な、少し銀河ネットを検索すれば出て来る話をするが……』
『おう』
『天使の一部には人間の庇護者を名乗り、人間を捕食する生物の絶滅を掲げる奴らがいる。そいつらは実際には人間を捕食するかどうかに関係なく、魔界の住人が大嫌いだ。殺意を抱くレベルでな。さらに、魔族が魔界の外で人間と仲良く暮らしているのも大嫌いだ。そういう者が存在することは、彼らの教義が根底から覆される。だから当然、魔族と良好な関係を持とうとする人間も大嫌いだ。見つけたらすぐ殺そうとするくらいにな』
『完璧に俺も標的になる条件を満たしているじゃねーか』
先にも述べたように、テレーズは魔族であるが、人の世界で人に迷惑をかけないようにして暮らしている。京四郎はそのテレーズと交友関係がある。
『そうなるな』
『なにが、そうなるな、だ。ふざけんな殺すぞ。既に巻き込まれたも同然だろうが知っていることを全部話せ』
『落ち着けよ。早漏は嫌われるぞ』
『やかましい』
『テレーズから聞かされていないか? お前のいる星の宙には監視衛星が飛んでいて、不測の事態に対処できるよう警戒されている、と』
少年の言葉がディスプレイに表示されてから、次の言葉が表示されるまで少し間が空いた。
『そういうことか』
『そういうことだ。頭のイカれたテロリストごときが相手なら、今の警戒態勢で十分だと私は判断している』
『俺やテレーズはともかく、無関係の身内が巻き込まれる可能性も含めて対処できるのか?』
『おそらくは。予知能力でも使えない限り、完全に百パーセント安全という保証などできんよ。少しは頭を使ったらどうだ? ん?』
『馬鹿で悪かったな』
『すねるなよ。私はそういう京四郎ことが好きだぞ。愛していると言ってもいい』
『それはともかくとして』
『うん』
『テレーズは姿をくらますつもりだったぞ。説得してひきとめたがな』
『ご苦労だが折り込み済みだ。もし星を出ようとしても、監視衛星に詰めていた奴らが無傷で捉えて平和的に説得してくれただろうさ』
『そういうことか』
『そういうことだ』
『どうしてそういう状況になった?』
『私の方が知りたいくらいだ。推測するに、勘当されたにも関わらず、テレーズはまだ列強種からは魔王の娘として見られているらしい。何しろテレーズからの第一報を受け取った銀河警察の現場は、“デスマーチ”の一歩手前になったと聞く』
『デスマーチか。他人事とは思えんな』
『ああ。くれぐれもキヲツケロ』
『そーする。俺だけの命でもないしな』
『ああ』
『ほかに、今この場で俺に話しても構わん情報はあるか?』
『もしかしたら、テロリストからの保護の名目でお前にも護衛がつくかもしれんな。人選がどうなるかは知らんが、おそらく宇宙連邦に所属する天使だろう』
『美人か?』
『知らん。たらしこめるものならやってみろ』
『ストックホルム症候群という用語が人間の世界にはあってだな』
『与太話に付き合うほど暇じゃない、阿呆な事を言うなら切るぞ』
『そうだな。こっちも通信機のバッテリーがそろそろやばい』
『ち。いつか時間無制限で話をしたいな。ああ、近いうちに飲みに行かないか?』
『いいな、それ』
『では』
『乙』
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