第3話 相談内容


 京四郎が住む王都ロクサーヌには地下水路が張り巡らされており、そこかしこに水路への入り口がある。

 これはおよそ七十年前、今や伝説と化した偉人達の手によって造られた。

 歴史書曰く、

『魔剣士ゼオンが妖魔の群れを駆逐し、開拓者ハッシュヴァルトが水路を築き、騎士王アーサーが王都ロクサーヌを打ち立てる。

ロクサーヌは水の都。

縦横無尽に張り巡らされた水路は人の喉を潤し、優れた交易路となり、衛生を良くし、妖魔の襲来を防ぐ』

 とある。

 妖魔とは人間の肉を好んで食う異種族の総称で、どこからともなく自然発生して人を襲う。多くは猿程度の知性と力しかないが、棍棒などで武装し数十から数百の規模で徒党を組むため、被害規模も生半可なものではない。僻地へ行けば、妖魔に根こそぎ食われた小さな村の廃墟が数多く発見できる。

 大きな街へも、しばしば妖魔は襲って来た。

 人間達は武装した騎士、兵士でこれに対抗し、女、老人、子供などの非戦闘者は地下水路へ避難する事で被害を防いできた。

 シェルターとしての機能を持つ地下水路は改装に告ぐ改装を繰り返され、通路の奥に隠し部屋を確保した富豪や貴族も数多い。

テレーズに案内されたその部屋は、没落した貴族から金で買ったものであった。

部屋には最低限の燃料や食料の備蓄があり、テーブルと椅子、ベッドといった家具も置いてある。

京四郎がテレーズとこの場所で密談を交わすのは、一度や二度の事ではない。

「粗茶ですみませんが」

 テレーズは即席のポットで沸かした緑茶を淹れ、乾パンのようなクッキーを出した。

 二人きりになった今、彼女の顔つきは違っていた。商売用にあつらえた柔和な作り笑いが消え、切迫した危機感がみてとれる。

「いただきます」

 京四郎は湯のみに口をつけ、飲むと、つぶやいた。

「ぬるい」

「すみません」

「それで、どんな相談だ?」

「命を狙われました」

「く」

 京四郎は反射的に吹きだし、テレーズの真剣な顔を受けて笑みを消した。

「手練れだったのか?」

「衛星軌道からレーザー砲で射撃されました」

「そういう相手か」

 レーザー砲とはその名のとおり高出力のレーザー光を撃ち出す兵器で、当然ながら弾速は光速である。

つまり、弾は“見えた時には当たっている”ため、予知能力でもない限り回避のしようがない。

 ただし、高出力のレーザー光を発振するにはそれなりの出力装置が必要であり、衛星軌道から人間のような小さな的に当てるのには温度変化による屈折や重力のわずかな影響を考慮した複雑な計算が必要になる。高度な科学力がなければとても扱える代物ではない。

「どこの宇宙人だ?」

 京四郎の問いかけに、テレーズは無言で小さく首を振った。

それが分かれば苦労はしない――と、表情が物語っている。

ともあれ、惑星外の生物であることは互いに確信していた。

彼らのいる星は未だ天動説と地動説とで争っているような科学レベルであり、的に当てるのに必要な量子力学や相対性理論を理解している技師がいない。それ以前に、発射に必要なエネルギーの調達はおろか、砲台の設計図すらも作る知識も材料もない。

「三日前、私は商品の仕入れのために赤道近傍の空を飛んでいました」


 何かが、いつの間にか身体を貫いていた。

貫かれたのに気づいた瞬間、冷や汗が彼女の額に浮かんだ。

それが肉体の損傷によるものか、それとも“巻き添えで人が死んだかもしれない”という疑念によるものかは、判然としない。

貫かれた箇所は右の肩甲骨を抜けて乳房に至る。視線を下げると、人間の頭がすっぽりと入る程度の大きさの穴が開いているのが分かった。

「こぽっ」

 口から、血が溢れた。

 意識はしっかりしている。手は動く。足も動く。しかし片肺が吹っ飛ばされて呼吸がままならず、胃から口内へ血が逆流してくる状態では呪文を唱えることができない。呪文を唱えられなければほとんどの魔法は使う事は無理で、魔法を使えなければこの状況を打破することは不可能だ。

『仕方なし』

内心で呟き、テレーズは十本の指につけた指輪のうちの三つをはずした。

高価なミスリル合金に魔王自らが呪いを施した指輪。それは一つにつき彼女の魔力を十分の一に抑える。三つをはずせば、出せる魔力は封印前の千倍になる。

 魔力とは魔族の生命力であり、魔法を使う為の原動力となる。魔力を消費することにより、簡単な魔法ならば念じるだけで、複雑な魔法は呪文を介して使うことができる。

 指輪をはずした刹那、テレーズの傷が治っていった。呪文の必要なく、魔力に比例した速さで常時発動する肉体再生の魔法。吹っ飛ばされた肺や臓器が再生し、肋骨が新たに形成され、筋肉と乳房を形成する脂肪が産まれ、シミ一つない皮膚が再生した肉を覆う。

 ごく……と、口内に残っていた血を飲み干し、テレーズは呪文を唱えた。

『対電磁障壁』

黒い陽炎のようなものが、テレーズを中心とした周囲に発生した。光学的な攻撃を防ぐバリアーだ。

『魔眼展開、三十六』

 人間の頭ほどの大きさのある球体が空中に現れた。

総数は三十六個。それは剥き出しの眼球と同じ構造をし、真っ白い外周部に包まれた中点に彼女の瞳と同じ黒点を持っていた。

『索敵』

 次の呪文と共に、三十六の球体が弾け飛ぶように散った。

 それぞれの球体はテレーズの視神経とつながっており、球体が見たものをテレーズは同時に見ることができる。つまりは遠見の魔術の一種であった。

呪文で作り出されたこの球体を、テレーズは“瞳”と呼んでいる。

 瞳には移動能力があり、その視力と速度は作り出した術者の能力による。

テレーズが操る瞳の視力は十・〇、空気中での最高速度はマッハ二にまで到達する。

 自分は空を、高度およそ四十キロメートルの空を、地表に対して腹ばいの姿勢で飛んでいた。そこへ飛んできた何かは、背中から入射し胸を抜けた。これは、背中と胸とでわずかに異なる身体の損傷からの推察だ。

 つまり自分を撃った砲台は自分より上空にあり、弾は自分の身体を貫通して下界へ飛んでいったということ。また、撃たれるまで気づけなかった事から、弾は亜光速以上の速度で来た。

 考えられるのは、荷電粒子砲かレーザー砲による狙撃。

『荷電粒子はともかくレーザーはまずい……』

自分が飛んでいるのはオゾン層のある高度。下には空気の濃度が濃い対流圏があり、多量の水分を含む。荷電粒子ならば大気中での減衰が激しいために地表に影響はないだろうが、レーザーは数十キロの距離を飛んでもあまり威力は変わらない。

 下に飛ばした瞳が地表に到達した。水平線が見える。他には何も見えない。周囲は見渡す限りの海であった。これで人間の被害がない事は確定できた。

 ふ、と息が出た。

 上から、第二射が発射された。可視波長の光ではない。もっと高エネルギー帯域の光だ。

 しかしそれはテレーズが作った黒炎に遮られ、無力化された。黒炎の中で減衰する感覚からレーザー光と分かったが、もはやどうでもいい。

 上に飛ばした瞳の一つが、巨大な砲身を持った宇宙船を見つけていた。


「――その後、宇宙船の内部に入ったのですが、調べる前に自爆しました。人の気配はなかったので、どこからか遠隔操作されていたと思います」

「大丈夫か?」

「はい。監視衛星を手配してもらいましたのでもう二度と撃ち込まれることは――」

「違う。怪我は?」

 問われ、テレーズは悔しげに顔をうつむかせた。

「身体は大丈夫ですが、先生にいただいた服がお亡くなりに……」

「服なんぞまた買ってやる。怪我がないならいい」

 怪我どころか、胸に風穴が開けば人間は死ぬ。京四郎でも死ぬ。

「相手の心当たりは?」

「身に覚えはありませんが……」

 歯切れ悪く答えつつ、テレーズは急須を取って京四郎の湯飲みに緑茶を注いだ。

「逆恨みされる覚えは数えられんか」

「おっしゃるとおりです」

「家には勘当されているんだったか?」

「はい」

 テレーズの実家は魔界の中心部にあり、父親は魔界の王であった。

よって彼女は、魔界の姫ということになる。

勘当された今は魔界とのつながりは絶えているが、過去が変わるわけではない。

かつての彼女は魔王の娘として天使やその他の宇宙人との戦争に参加しており、無数の命をその手で奪っていた。

「監視衛星は誰に手配してもらった?」

「警察に通報しました。その際に連邦が手配をしてくれました」

 もちろん、この国の警察にではない。そもそもこの国には警察がない。

 連邦とは宇宙連邦の略である。その下部組織に警察、つまり宇宙警察がある。

 宇宙警察は宇宙空間および中立区域の惑星で起こる様々な紛争の調停や犯罪の摘発・監視を行っていた。軍事編成および予算は各宇宙人達の持ち寄りであり、列強種と呼ばれる天使、魔族、竜族によって大多数が構成されている。

 テレーズと京四郎は宇宙人であった。彼らは惑星の外側から来た。

ただし魔族であるテレーズとは異なり、京四郎は人間である。

科学技術を高度に発展させた人間は、当然のごとく宇宙に進出した。その中には星から星へと旅をし、文明レベルの低い星へ住み着く変り種も存在していた。

「となるとお前さんの実家に話はいってるな」

「間違いなく。事情聴取の拘束時間が短かったのも、高価な監視衛星をすぐに手配されたのも親が手回ししたおかげでしょう」

「家からの指示はあったか?」

「直接のレスポンスは何も。ただ、警察にはこの星にいるようにきつく言われました」

「この星にか」

「はい」

「うーん」

 京四郎はうなった。

 レーザー砲を搭載した宇宙船を用意し、失敗すればためらいなく自爆させ捨石にできる相手。次の襲撃で、惑星破壊砲やそれ以上の兵器を使ってこないという保障もない。

「囮捜査でもする気かね」

「させません」

 きっぱりと、テレーズは言った。

「私はこの星から出ていきます」

 揺るぎない信念と覚悟の光が、テレーズの瞳に宿っていた。

 その眼光を受け、京四郎は苦笑する。その苦笑は、彼がとうの昔に失った若さやひたむきさに対するものであった。

「自己犠牲の考えは尊いが、ちと短絡的だな」

「何がでしょうか」

「お前は正体不明の宇宙人から狙われている被害者で、空には今、犯人の次の凶行を防ぐ為に監視衛星が飛んでいる。この状況で、お前さんの動きが監視されてないと思うか?」

「あ」

「警察からは強く引き止められたんだろう? その状況でもしもお前が問題なく星を出られるなら――つまりそれほど警察が無能なら、出て行く選択肢もありかもしれん。だがもし出て行こうとして捕捉された場合は、戦闘して突破するにせよ大人しく拘束されるにせよ、テレーズの立場は非常に危うくなる」

「といっても私がこのまま星にいれば、無関係の人間を巻き添えにしかねないでしょう」

「この星には監視衛星がついて、二度と撃たれることはないんじゃないのか?」

「次に来るのが衛星程度で防げる攻撃とは限りません。私の命を狙うのならなおさら」

「その懸念も最もだ。ところで確認だが、お前はこの星での暮らすのは嫌になったか?」

「それはありません」

「そうだろう。出て行きたくて出て行くわけではないんだろう。ようは、次の攻撃の際に巻き添えが出るのを確実に防げればいいわけだ。違うか?」

「いつどこでどうやって来るか分からない攻撃を、防ぐ方法があるとでも?」

「ある。近未来を予知する能力がある。しばらくお前に貸してやろう」

「え……?」

「予知した未来で何事もなければよし、何かあるなら警察も巻き込んで対処すればいい。お前さんがこの星から出て行くことも含めてな。どうだ?」

「もう少し詳しく話を聞かせてください」

 それから彼らは、一時間ほど打ち合わせを行った。


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