視覚的少年

 樺色のボブを、少女はジグザグに揺らす。小鹿がやるように、立体的な振れ幅を器用に保って。だけどね、刈り上げられた首の付け根では、濡れカピバラ色を経由してただの黒に戻っていく地毛を覗かせてもいた。

 化繊のスカジャンはものすごくテラテラしていて、胡散臭い高級感があった。全身実に一九箇所もにワッペンが付いてて、九割くらいは不正五角形の檻にブルドッグを飼っていた。残りの二枚はモップ犬。カタギの頃の名残なのさ。今年のお盆ごろ人生最初の盃を干して、また一匹増やす予定だ。しかもそういう物々しい装備の下では、忠告しておくけれど、蜂蜜漬けのレモンよりウン百倍も殺傷力のある、鉄火肌の爆弾娘を飼っていた。


 角をぎゅん!と曲がった拍子に、大部分エビチリ風味の頭を跳ね上げて緊急停止。どうしたの???あ!悪う~い黒ずくめのあいつを目撃したんだよね。カラスたちは同情すべき町の嫌われ者だけど、みんなのゴミを漁っているのは頂けないよ。そうっと弓を引くように、あの子の背中は湾曲する。手は猫パンチの予備動作に似て、頬も腫らしてむくれっ面に見えるけど、どっちもそうじゃない。赤銅製胸郭いっぱいへ溜め込んだ空気をぎりぎり燃している緊張のせいなんだ。ごおー!そんなものを解き放ったら、こうだ。誰かさん家のブロック塀が煌々と照らされ、近寄ればバレちゃうかも!ってばかりに焦げ付いたし、一直線のドラゴンブレスはカラスくんに大火傷を負わせたもんだから、バカ~、バカ~と捨て台詞を吐いて行ってしまった。こういう具合でカラスの一族は、今日日炭みたいな黒一色で一生過ごす決まりになったんだって。なんだかかわいそうな気もしない?

 さてと、放火魔にされちゃわないように、彼女は百円ライターと残りの松明をポケットへしまった。松明って何かって?知らない?箱入り松明。意地悪言うんだあ、お父さんが暇さえありゃつまんでいるあれじゃないか。あんだけ常習して鍛えておいたら、みんなだって溜め息がほろ苦くなってって、あっという間に立派な成竜になれるに違いないのにさ!(おはなしは どらごんきりんおにいさん でした。じしゅうを おたのしみに~)


 どきっとつっかえたうら若き乙女。スニーカーをぶらぶら振って時間を稼ぎつつ、黄ばんだ藍染めのれんの海を割って、蕎麦屋に押し入った。流石に都合七度目ともなれば食い逃げも手慣れたもので、流石に同じ出で立ちのツケ払いが八度目ともなるとおやっさんの顔付きは険しいものだった。しかもあのβカロテン豊富な娘っ子ときたら、毎度のことながらわんこを食うわ食うわ相撲取りも顔負けの勢いでよ、して、たらふく平らげるともう平気の平左衛門で行っちまいやがら。冗談仰いますがね一山いくらじゃあるめえし、ああいつまでも続けられた日にゃあいくらあっしが人が好くったってぇあっぷあっぷのギブアップ、商売上がって血圧も上がり、下がんのはただおらが店のシャッターよ。何もこっちが遠慮してやるこたねんだ今日こそお灸を据えちまおうや、よしきたやるぞ、うむやるぞ、今だ、いや今だとあたくしがそう思っていた所が不思議と今日に限ってみんなちゃきちゃき支払ってのけるじゃねえの。前々からこつこつ積み立てた滞納分もきれいさっぱりペイしてったって、こりゃ参った。あすにも槍が降って閉業んなってるかもしれねえからよ、さあさ皆さん本日中にぃ?悔い残さぬよう思う存分食いまくってってぇー下さいまし。と、まあこんな顛末で御座います。(噺家、平に頭を下げる)

 鉄の胃袋打ち鳴らし、ヒナゲシは食後も幾重にも満喫し、足のつまさきから頭のてっぺんまで、今まさに舗装路を割って水分を吸い上げんかというほどの行進曲を刻み付ける。私道のそこここから歌劇団。W字髭の男爵がひとしきり舞い狂うと、ステッキを突き立てて問う。御存じでしたかな?いい日には少しの高望みが叶う!会釈した顔を上げればそいつは恰幅のいい腹巻き姿のオヤジにすり替わっている。それはしばらく動かずに、やがて柔らかくはにかんだ。なんて、ああなんてパグの笑顔に似ているのだろう!対するタマゴタケは表情を食い縛るので必死だ。パグが移っちゃう!


 鬱蒼とした瓦屋根ジャングルからの決死の脱出劇を終え、にわかに視界が開ける。踏切の遮断機から黒を取っ払うと出来るヘアカラーリングのこどもはあたり一帯を見回す。まず十時方向に無数の柿の種を視認。管制塔に一報。俯き見れば、自分の膝小僧まで、校庭の隅っこで溶岩流を垂れ流す完熟苦瓜とおんなじ容態で染まり切っているではないか。これはどうした事だろう。

 立ち所に家々には、夕去りの魔の手が伸びている。粛々と、イビル燦々とそれは火の手を上げる。紅葉狩りの季節風のびゅうびゅう吹き抜けてくさなか、ずっと赤かった彼女だけが、光の精粋へうずもれる一時を得た。少女はそうして没した町並みへ、一陣の檄を飛ばした。もっと工夫して言い直せば、くしゃみの野郎が寄って集って見舞ったのさ!


(今夏のオールハイヌーンニッポン、赫い髪の美少女と)(セコンド柴又で!)(お送りしましたぁ~。聞いてくださった方はウン、どーもお耳汚しをすいやせんね、ずるずるだらだらと。ハイで!問題は途中で局変えたそこのお前、お前だよ。月のない晩は気を付けなァー!待ってろお?もう聞いてないだろけど!本気だじょ!オラは行くど!?)(オイオイいーのォ公共の電波でそんなフカシちゃってさあ)(おっしまい♡)(な、なぁにおカワイコぶっ、ブフォ、笑ってんじゃないよチミは~)(うげっ!どひーっ)


(P.S.お返事気長に待ってます)

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