ナイト暴力
男は道に立っていた。立たされていた。
振り返るには銃声と血しぶきを覚悟せねばならない。一度たりとも見たこともない内臓だとかが、鉛の闖入者に破裂して俺全体も道連れになるのは、死ぬわけもよく分からないまま瞬く間に死ぬのは、いやである。
しかしここで歩を進められるのもまた、無謀なまでに勇ましい人間だけだ。前方では通常1tだとかの乗用車と似通った唸り声をあげる、俺を牽制すべくあげ、この路地に大きく幅を取って息づく生物がうずくまっていた。俺より順番が早かった人間を足元に散らせて。
やつのせいで空が狭い。…が、うずくまっているという表現は自分でも的確だなと、一撃の元に二分され明けぬ前の空に舞い飛びがけ男は、静まる都市に落ち着いて男は考えた。ここに彼の肉体は結局終わった。
「やはりダメでしょうが。人間じゃ相手になりませんよ、増してあんな人間の中でも下っ端には!」「じゃあ何を持ってくりゃいいと思う?武器じゃないぜ、俺は宇宙ロケットがいい」スーツと実銃に揃えた容姿の男性たち。危機感はない。現実に迫ったような危機という地盤に対し彼らには互いの感情が足を滑らせていく実感だけがあった。「…情けないですね」「そうかもな、早死にしたい野郎は別だっ」
残る二人はくるりと背を見せて遁走した。巨獣は辺りを見回すに生ける者を認めなくなると、散乱する無機物や有機物を噛み砕き裂き舐め取り、腹に収めた。ややあって巨獣は抱える体積を減縮させ始め、血濡れた毛のぬいぐるみに変わる。
明け方、風に転げ出したそれを拾って、学生カバンのポケットに突っ込む少女。事実学生であり、登校途中であり、慣れた様子で友人の肩を叩く。
「おはよ。」「おはようー」今日も、繰り返したやりとりは血の香りとは無縁である。
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この街はせせこましくて、かつて企てられたいかな悪事でさえどこか別の地に父や兄を持つありきたりな性格で、今度壇上へ立った少女の場合など、いい加減なくならぬ噂話に震えたりえずいたりにも飽き始めていた。特にその少女が今までの少女と違ったのは…ぬいぐるみ遊びを覚えた点だ。何故だろうか?
何故彼女は眠り掛け、意識が弱るというよりか多方面へ展開していく、常ならざる感覚を覚えるのだろう。
何故、近頃の彼女の夢は、愛らしい毛むくじゃらの小さな自分たちが、星明かりの観衆に見咎められる中で、手とか前足巧みに自室の扉を解き放つ、同じ一場面から歩み始めるのだろうか。
何故、夜歩きの小悪党を踏み潰す筋の台本は、革新や反抗心に酔いもせぬ、眠ったまま平然と眼を開く、彼女を起用したか。…
それは実際かなりの疑問であろう。つまるところ彼女の側も、人間には判じ難い仕草で遊ぶ巨大な両腕に、急遽一方的に繰り出されただけだった。超能力?特別な頂き物?誰もが望んだほどには自己の殻を破れず、どころかその殻でこそあると飲み込ませられるよう彼女とて、以前から人形であり、気まぐれに剣と糸を縫い付けられたくらいでは、依然として人形だ。なにゆえ彼女の代役に、隣家のいい歳こいたTVヒーローマニアではまずく、今日この朝さえ力の正当な行使に悩めるまだ若い警官でもいけないのか……、端的に偶然や災いといってしまうのがよい。
取り立てて身を狂わす衝動のない少女は、それでも自由意志と信じながら利用されないだけ、いくぶん幸福な演者でさえあったかもしれない。
さて殺戮をする気分は。一応はこの少女も復讐者を名乗りうる身の上を、備えていた。夜勤の帰り、いつものようによく目をしばたたかせつつ家路の間違いに気付かなかった父は、代わりになにかを目撃したらしい。らしいとでもいう他ないのは、顛末も死因もわからないが「行方知れず」になった為である。この街でははっきり言って役所や警察機構は市民の役に立ててないか、最悪犯罪者らに肩入れすらしている。
だが何度も示すように彼女は、大きな数を相手取ってまで嘆くとか怒る行為の一切に無関心で、どちらかといえば「暇潰しに使える力」に適した「潰し続けてもよい山積みな塵芥」を見出だしただけだった。もしか正しくそして論理的な人物が今の自分を論破し諌めでもしたら、その時はまるで手にした口紅を叱られた際と変わらず、とりあえず泣いて謝っておくに違いない。
そう、する事が、その場に合っているだろう。
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私の名前が呼ばれた。広げたノート、机のふちと落ちる筆箱。どうもねむたい。
「…なにぃ」「あのねー、今放送があってぇ」なんだろう?部屋が騒がしい…ちがう、学校中が…「どしたのよこれ?」「だから放送がさ?変な人が入ってきたらしいのー。早く避難せんと寝てたら流石にヤバいっしょ?」え…
左、昇降口のある下方から、悲鳴のようなまとまった声がした。なにか言いながら歴史の先生が、何十人かがどっと駆けぬけていく。それも静かになる。教室も廊下もごちゃごちゃと、だけど不穏に落ち着きをとり戻した。
「ほらヤバいってーっ!行くよ!もう」マキに手を引かれる、私の腰が椅子からずれ、ぽてっとずり落ちた。「??」あれ、ねむたい。「ちょっとそん…ふざっ…な………」……。……
私の名前が呼ばれた。ぬくもり、肩がゴツゴツ角張った紙束に触れる。名前を呼ぶのはなぜだかとおくの声。わたしは大きくなっていく、わたしは、けっこう大切にしていたカバンを、全身で破いた。あ…この感覚。
夜を待てずに、夢見心地を通さずに、わたしは人をなぎ倒せるか。マキ。その私、今は起きないから。そこに居ると危ないよ。
わたしのこもった縫い包みはむくむ、
映画で見た虎になって。動画で見た象になって。テレビ番組で見た水牛になって。連れてかれた競馬場で観た馬になって。染みたれたあたしの一生が追いつけない走者になって。
どんな人が待つだろう。感情は廊下の角を先に曲がり、殺す誰かの元へ滑り出した。
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着くと、校舎の果てるそこには二人きり男がいた。昨夜から今朝にかけてのゲームで何連鎖したかをもう少女は忘れたが、標的を逃したのはこの登校がてら拾いにいった人形のプレイのみ。忘れてはいなかった。今朝の時点では別にどうでもよかった。だがこういう事態に直面して、雑魚敵に情けをかけてやるのは、現実を疎かにせぬ為にはよくなかったと思えた。
瞬時に床を敵の立つ明るみの方へなぞって見やる。スーツの男二人は別々の物陰へ散開した。見た限り生徒はいないようだ。罪悪感なく巨獣は横っ腹を打ち当て、並んだ下駄箱を一気に三台倒した。負ける要因は万に一つもない筈であったが、この時は、死角を作らないことに努めた。記憶を照らしたところ二人は特に丸腰。懐に収まる拳銃の類で損壊という損壊を負った試しはない。
左へ隠れた若そうだった男を探る。探すといえる程のこともなく、ただ座り込んでいた男の襟首を引っ掴んで、のし掛かり関節から何から解体できてしまった。四つ足の体でいると天井が近いな。人の心にも麻痺毒に当たる成分はあるのだろうか。果たせるかな転げ出した、実装済みのモデルガンを踏み砕く。この者の血は悪い血か。その上わたしにはまだ人並みの血が通うのか。後ろでは染めた短髪の男が、なにか喚いていた。
瞬巡に、真横からフルアクセルで地方警察の戦闘車両が突っ込む。硝子戸が弾け飛び、巨獣の重厚な体躯も不意の追突に押され横倒しになる。運転席から怒号が飛ぶ。付近一帯に震動を巻き起こして彼女は、いたく狼狽させられた。不味いとも察した。第二の攻勢、のみならず途方もない多勢に晒される。自分の公的な安全性に関しては先刻確たる反証を作ってしまった。いけない。ぬいぐるみと私個人との繋がりもいずれ掬い上げられる。
底冷えがした。恐ろしい。殺し尽くす道選びをしてはこの状況で些かの解決にもなりはしない。手駒も単体では心許ない。やはり入眠段階でそばにないぬいぐるみには憑依できないようだ。何よりもまず、仮にも警察職の人々を思う様食い荒らしたり、ただの戯れのつもりが惨死すれすれに逼迫した綱渡りを余儀なくされたり自体に、検討を拒みたいくらいな嫌悪感が付き纏う。…車体は後進して去った、次の攻撃を構えに。
この体のまま死を迎えた夜はなかった。曙光よりも早く意志で夢を醒ますようなことも。増して今回などは、わたし全体が、一つのぬいぐるみへ詰まってるわけで、
巨獣は道に立っていた。立たされていた。
そして本当に悔恨とも非難ともとれる、短いうめきを発した。
/////////
ある武装警官は、現実感による後ろ楯を強肩に突っぱねて奇怪な肉塊が、意味もなく再起して数歩、薄暗くぬめった立ち位置からほど近い多分理科関連の室内にて二度目の転倒を喫する、その冗長で不本意そうな響きを触覚で聞いた。同僚は通報者の男を確保していた。少しのシワを刻む悲壮に感極まった表情。ふと、校内に居た彼が本当に教師らしき風体か気にかかったが、しばらくすると差し迫った事態には邪魔に思えこの疑念を捨てた。現場へは麻酔銃と投げ網を装備した部隊が二方向から忍び入ったがうんともすんとも返さない。だがほどなくして、捕獲用の網は取りつけるだけ付けたものの巨獣は息絶えていたと連絡があった。ようやく一同とも緊張がほぐれ、それから出入り口を塞がれていずこかへ避難し隠れているろう教師や学生らと連絡する必要に思い至った。
殺人けだものの骸は未だイメージしていた。夢の中で死んだ自分を、死体として横たわる夢を。生き物特有の本来的な核が存在し、一線を越えた遺体というフレームの粘膜を脱けて揮発し出す、そういった稚気じみた妄想を捨ててみようと。高望みだったが、けだし実現してしまえばよい。此は現世の身にあらず、反って夢見の蛹。無法は叶った。しかし、この夢は閉じぬ。
病院はいくつもの部屋から成る。とある病室は既に、奇妙にも凶事に襲われた学園内で唯一の被害者となって、家族や級友に贈られた物言わぬ見舞品たちと辛うじて小さく息を立てる彼女ととの空間は既に、磨り減る生命から生じる当然の臭気を常に清潔に拭き取られる役目を負った、人形の為のそれであった。そして時たま、不可視の粉微塵に世の隅々まで拡散した巨獣の残り滓の山は、焦点を結ばぬたゆたう意識群にとって鈍くフラッシュバックする集団幻覚、冷たい少女へ行き交う液体のリズムと細いチューブは、まだら模様な現代音楽やもしくは制止されつつも巧妙なこの独り舞台の主役に更なる鎮静を指示する合成樹脂づくりの繰り糸として存分に働き、その劇の隙のない滑稽さに、人形を通じて微かに笑う。あるいは他の腰掛けた観客がいたりするときは、彼女らは互いに笑い合うことになる。
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夜中、暗い病院に、闇へ溶かしたスーツの男が、足音も立てずに踏み込んでいった。引き金とともに幕が引かれた。
一話間欠 九層霞 @DododoG
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