看板持ちの苦悩
はじめまして。
こんにちは。
私のことは、姿を見れば分かると思う。
そんな私の姿だが、そこらへんの靴屋で売っているようなボロ靴、ダメージがかなり入ったジーンズ、ピエロが着ていそうなカラフルな服、西部劇風のカウボーイハットを身に着けている。
そして、手にはLEDライトがいくつも着いた立て札型の看板を持っている。
ここまで説明すれば、私が何者なのか分かるだろう。
なに?
わからない?
そんなはずはないのだが……
では、私の正体を明かそう。
何を隠そう私は看板持ちだ。
看板を持って、お金をもらう仕事をしている。
看板を持っているだけでお金がもらえるなんて、楽な仕事じゃないかと言われるかもしれない。
というか、実際に言われたことがある。
だが、そんな風に言われるほど、楽な仕事ではない。
考えてみてほしい。
看板を持って、路上にずっと突っ立っているのだ。
何が起ころうと、ずっと……
疲れようが喉が渇こうが、ずっとだ。
これがどんなに大変か……
おそらく、実際に看板持ちをしている人にしか分からないだろう。
また、持つ看板によっても、辛さは変わってくる。
旗みたいな簡素なものならば、そんなに辛くはない。
だが、今持っているような機械がくっついている物となるとその辛さは段違い。
重い上に、風にあおられるからだ。
そんな看板を私は持っている。
そういうわけなので、私は今とっても辛い。
だが、伊達に10年看板持ちをやっているわけではない。
これから勤務時間終了まで、この看板を持ち続ける!!
私ならばそれが可能だ。
さあ、気合を入れて仕事に励もうでは
キ、キィィィィィィィィィィィ!!!!
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ドン!!
うわ!?
自転車が私にぶつかってきやがった!
何というやつだ。
看板を持っていなかったら、すぐにぶっ倒しに行っていたところだ。
だが、私は看板持ち。
看板を持ち続けなければならない。
ふう……
まあ、落ち着こう。
何とか、看板を倒さずに済んだ。
これでもし、看板を壊したら、私は看板持ちをやっていられなくなる。
看板の弁償をしなければならなくなってしまうからだ。
それに、看板持ちにも評判というものがある。
自転車がぶつかってきた程度で倒れてしまうような看板持ちは、看板持ちとして食っていけない。
本物の看板持ちは、自転車を逆に弾き返すくらいの体力がなければ、やっていけないのだ。
自転車の衝突で、少し後ろに下がってしまった。
私もまだまだだな……
さて、元々立っていた位置に戻ろうか。
立っている位置がずれていたら、怒られてしまう。
宣伝効果に違いが出てしまうからだ。
……
ん?
なんか様子が変だぞ……
足のほうに何か違和感が……
……
ん!?
なんということだ!!
右足の靴ヒモが解けてしまった!!
しかも、そのヒモを左足で既に踏んでしまっている!!
どうすればいいのだ……
左足を戻そうにも、看板が重すぎて、変な動きはできない!!
靴ヒモを元に戻そうにも、それには看板を下ろさなければならない!!
だが、それは絶対にできない。
何故なら、看板にはLEDライトがついているからだ。
看板を置いたら、LEDライトが割れてしまうかもしれない。
それに、私の看板持ちとしての評判が下がるぅぅぅぅ!!
どうにかして、この状態から元の位置に戻らなければ……
どうすればいい……
「あの~、どうかしましたか?」
若い女性に声をかけられたぁぁぁぁ……
不審な動きをしてしまっていたようだ……
看板持ちは看板を目立たせなければならないのにぃぃぃぃ……
私を目立たせてしまったぁぁぁぁ……
「い、いえ、なんでもありません……」
「そうですか……」
若い女性には、この場からご退場願おう。
さて、どうしたものか……
ていうか、ちょっと待てよ!
誰かに左足をずらしてもらって、靴ヒモを結んでもらえばいいんじゃないか!?
そうすれば、看板持ちとしての評判も下がらずに済む。
私のプライドが傷ついてしまうが、この際どうでもいい。
ということは、若い女性を退場させてしまったのは、大きなミスだな。
まあいい。
次来た人に、声をかけてもらえれば……
「おじちゃん、どうしたの?」
何処からか子供の声が聞こえてきた。
何処だ?
何処にいる?
……
近っ!!
この子供、いつの間に私の足元にいたのだ!?
子供かあ……
靴ヒモ結べるかなあ……
いや、でもちゃんとした大人に頼むべきだよなあ……
ここは、この子供には退場してもらうしか
「おじちゃんの靴、なんか変だよ」
気づかれたあああああああ!!
これでもう言い逃れできなくなってしまった!!
どうする!?
いや、もうこうなったら仕方がない。
子供が騒ぎ出す前に、靴ヒモを結んでくれるよう頼むしかない。
ゴクン……
いやあ……
いざ、頼もうとすると、緊張してくるなあ……
「あ、あのぉ~」
「なーに?」
「わ、私の靴ヒモを結んで頂けないでしょうか……」
言ったあああああああ!!
言ったぞ私はああああああああああ!!
「うん、分かった!」
お?
やけに素直な子だな。
まあいい。
これで、私は看板持ちの評判を落とさずに済む!
子供は、私の左足をずらして、ヒモに手をかけた。
いやに器用だな……
これなら安心して、任せられるかな?
「できた!!」
子供が嬉しそうな声で言ってきた。
これは期待できるぞ!
「どう?」
「あ、ありがとう……」
「よかった! おじちゃん、じゃーねー」
子供は、手を振って私から離れていった。
さて、それでは戻るとしよう。
ん!?
なんか、さっきよりも違和感があるぞ!!
いったい、どうしたんだ?
あの子供は、ちゃんと結んでくれたはずだ。
靴を見てみよう。
……
ちょっと待て。
何ということだ!
片結びではないか!!
これでは、格好悪い!!
いや、でも歩けるようにはなったな。
歩けるようになったけど……
格好悪いなあ……
まあいいか……
元の場所に戻ろう。
さあ、今日も仕事を頑張るぞ!!
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