第2話 転職しよう、公務員って楽なのか

ブラック部署でかなり精神をやられていた自分はもう出社できないレベルになっていた。でも出社しないと家族を養えないし、周りのみんなも必死に寿命と家族と過ごす時間を削って働いている。自分だけが逃げるわけには行かない。でもずっと心臓の鼓動が早く、吐き気もとまらないし、事あるごとに涙も止まらない。誰にも見つからないところで涙を流すのが習慣になってきていた。食べ物を食べる資格もないような気がして、あまりものも食べないようになり、数か月で体重も7キロくらい一気に落ちた。


取引先に顔を出す前後にカフェにいって、気持ちを落ち着かせることが習慣になっていった。取引先の前ではもちろん、満面の笑みで、時間が空いたのでまた遊びにきちゃいましたという体で、会話を繰り返す。大した知識も、トークテクもない僕が大した情報を得られるわけでもなく、契約を自社に有利な額で締結できるわけでもなく、悶々とした日常だった。


気持ちが唯一落ち着くカフェの時間も、客のクレームや先輩からの執拗な呼び出し(主に面倒な雑用)に落ち着くような時間ではなくなっていった。ある時、自殺マニュアルを見たとき、調査結果によると。親が自殺した家庭で育った子供は自殺率が高いという情報を見た。まだ幼い娘の顔が脳裡をよぎり、涙がまた止まらなくなった。1年前に携帯とパソコンの待ち受け画面を娘の顔から真っ暗な画面にしていたが、頭の中にははっきりと娘の笑っている顔や泣いている顔がうかんだ。もっとも最近は寝顔しか見ていなかったが。


「やっぱり会社を辞めよう」


生きているだけでも多分それだけで周りに貢献できるっていう考え方もあるはずだ。家族も現状を伝えればわかってくれるはずだ。


「でもどうする会社を辞めて家族を養っていけるだけの収入を得られる術はあるのか」「今の会社よりブラック企業に就職したらそれこそ人生破たんする」「もう失敗はできない」「今の会社でも部署異動すればラクな業務もあるのではないか」


色々な考えが頭の中を駆け巡る。辞める、辞めないの理由を整理していく。でも僕は辞めることにした。それは恐ろしいことに僕の部署がこの企業で一番のブラック部署ではなかったから。あくまで2番目なのだ。1番残業が多いところは年間1,500時間を超えるし、しかも労働強度も強く、クレームも日常茶飯事の場所であった。正直、年間残業時間1,000時間を超えるというところは全国見ると結構あるんだろうと思う。調べてないけど。調べようがないけど。(大手小売店や引っ越し業者がおおもめにもめてる現状はあるが)


でもこの労働強度で、かつ残業時間が1,000時間を超える部署が数か所あるこの企業で今後30年以上勤めあげる自信がなかった。だから僕は退職を選んだ。


「公務員になることに賭けてみよう。人生を好転するにはそれしかない。」


しかし、辞めると決断してからも僕は3か月ほど働いた。公務員になるという進路を決めた上で妻や親に事情を説明して納得してもらう時間が必要であったのと、あまりに中途半端な状況での仕事もあったので、最後にそれだけ片付けたかったからだ。


前者についてはその時に妊娠6か月であった妻を悲しみのどん底に悲しませてしまったし、実の父親にも「2人目の子供も生まれる時期にふざけるな」という罵声を浴びながら、紆余曲折ありながらもなんとか了承を取り付けた。今年か来年の公務員試験に必ず受かって就職するという約束で。この時、今振り返ると恥ずべきことだが、2人目の子供を授かることを本当に後悔していた自分がいた。これから職を失う自分が子供を授かる資格なんてない。本当に自分はダメな奴だという思いが頭のてっぺんから足のつま先まで占めていたからだ(今は本当に生まれてきてくれてありがとうと思っている)。


後者については辞めると決めてから、飛ぶ鳥跡を濁さず精神で、より慎重に会社に迷惑をかけないように誠実に対応しようと取引先や社内の関係各所をまわりまくって最善な決着をつけようと頑張りまくった。先輩にアドバイスを聞きながら頑張ったが、所詮、頭の回転が悪く、柔軟に対応できない、人脈がない自分が動き回っても解決できる問題などなく、解決することなく決着は来ず。最終的に課長に相談するも「お前はもうしゃべるな」と言われる始末。課長は現在の部署で結果を残し、10年以上いる重鎮で、高卒ながら異例の出世をしている人であった。見た目はヤク○で、実力もあり、業界では有名な人であった。自分以外にも部下に罵詈雑言浴びせるのは日常茶飯事の人だった。ただでさえ、追い詰められている自分に「しゃべるな」という言葉は心臓の中心部に刃が突き刺さったような気がした。


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