第8話 一番の理解者
「ウェルカム、エステル家の御子息様。ようこそ我がリバイン家へ」
「相変わらずですね、お義父さん。お元気そうで何よりです」
そんなわけで俺とリンデとグリ………………グリはリンデの家に帰った。グリにとっては帰ったではなく赴いたが正確だろうが。
玄関ではリンデの父がグリを出迎えた。この光景はグリがどれだけの権力者かを物語っていると思う。三代名家というのは事実なのだろう。もしそうなら、リンデを取られる可能性が高くなる。彼女の父は実際快く承諾したという話だし。
グリが言うにはリバイン家は結婚相手を三代名家から選び、選ばれた人が王女の後ろ盾として王女と共にこの国の決定権を得ることが出来るらしい。つまり飛躍させれば三代名家のうち選ばれた家がこの国を自由に操ることが出来るという事だろう。
「さあ、どうぞ、中へ!」
「それよりお義父さん、リンデをくれるんですよね」
「ああ、もちろん。ノープロブレムさ」
「だから、私は結婚しないわよ」
本当にこのおっさん軽すぎるだろ!どうでもいい質問に答えるレベルの即答だ。相当肝が据わっているという事か。
「まあ、立ち話もなんですからどうぞ中へ」
俺たちは屋敷の大広間へ向かった。いつも皆で飯を食べているあの部屋だ。そこで皆腰を落ち着ける。
「それで、息子よ。今日は如何様で?」
「私の父からの伝言です。早くリンデ様と結婚するようにと」
なるほど、王女の後ろ盾の座を狙っているのだろう。息子が後ろ盾になればエステル家がこの国を牛耳れる。しかし、残りの三代名家がこのまま黙っている訳もない。それなら向こうが仕掛ける前にこのまま押し切る形を取りたいという訳か。
「私は断固反対です! 誰とも結婚する気もありませんし王女の座を継ぐ気もありません。私は部屋に戻りますので!」
リンデはそういきり立って部屋に戻っていく。見るからに怒っているようだった。俺もそんなリンデについて行く。
彼女は部屋に戻るなりベッドの上に倒れこむ。さっきまでの覇気は全く無く、本当に瓜二つの顔をした別人のようだった。そのうちに彼女の目に涙が溜まる。その顔は実に痛々しかった。
「私には無理よ……。母様みたいな賢い王女になんてなれるわけないし、誰からも望まれてないじゃない……どうしろっていうのよ……私には……荷が重すぎるのよ」
リンデは精神的に強かったわけじゃないんだ。全部自分の心のうちに抱え込んで溜め込んでいただけなんだ。俺には分からない。皆に慕われていたサラス王女、彼女の母の後を継ぐというのがどれだけ荷の重いことなのか、国民に人殺しと言われながら王女を継ぐのがどれだけ心を痛めるのか。でも、想像するだけで俺には耐えられない。その思いをリンデは一人で溜め込んで暮らしていたんだ。
もう彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。見ているだけでこっちも辛くなってくる。……でも俺は何もしなかった。俺は幸いにも犬だ。彼女を癒せるかもしれない、彼女を元気づけられるかもしれない。例えそうだとしても、それは結果として元に戻るだけだろう。ならこのまま全てを吐き出した方が楽になるんじゃないか、そう思った。
「リンデ姉様、グリストロフさんは帰りましたよ」
しばらく時間が経った頃、リンデの部屋に誰か尋ねてきた。声でその人物はリンデの妹、レミィだと分かった。
「姉様、入らせて頂きます」
「ええ」
その返答を聞きレミィはドアノブを回し部屋に入ってくる。声だけはさっきまで泣いていた人間とは思えなかった。でも、表情は少し暗かった。心配をかけないようにまた無理しているのだろう。
「どうしたの? もう晩御飯かしら? 」
「はい、あのおっぱいお化けがテーブルに皿を並べていたのでもうできると思います、それはそうと姉様、泣き声が外まで漏れていましたよ」
「え、うそ?」
さっきまで暗かった顔が一気に赤くなる。今まで耐えてきたことを吐き出した分、相当恥ずかしいんだろう、その内にもじもじしてきた。
「嘘です」
「……はい?」
「だから嘘です、姉様のことですから、どうせ声を押し殺しながら泣いていたんでしょう、多分誰も聞いていないと思いますよ」
「じゃあ、レミィはどうして?」
「姉妹ですから、姉様の事をこの屋敷の中で一番理解している自信はありますよ。また、母様の事なんでしょう。誰に何を言われたか……まあ、想像が付きますが、私は姉様が母様を殺すわけがないことを知っていますから」
「……うん、ありがとう」
また、リンデの目に涙が溜まる。でも、その顔は今までとは違い微笑んでいた。やっぱりリンデは泣き顔よりも笑顔の方が似合っている。
「じゃあ行きますよ、泣き虫姉様」
「ちょっと、泣いてたこと言わないでよ」
「少しだけ考慮しておきます」
「もおーー」
毒舌妹と泣き虫姉の微笑ましいやり取りを見ながら、気付かれないように後ろを歩いた。
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