第6話 裏目に出た善意

 「お帰りなさいませ、リンデ様」

 「今日もお勤めご苦労様、アルト。こんな土砂降りなのだから少しくらい休んでもいいのよ?」

 「いえ、私たちはリンデ様に拾ってもらった身ですから、恩返しとして受け取っておいてください」

 「分かったわ、あなたは何を言っても聞かないものね」


 あの襲撃の後、リンデは少しの間暗い顔をしていたがそれでも何事もなかったかのように元に戻った。すげえと思う。すげえ精神力だと思う。テストの前から赤点を取った時の言い訳を考えてる俺なんかとは違うよくできた人間だ。それでも……確かに例え一瞬でもあの顔を見せた。あのひどく悲しく落ち込んだ顔。それを忘れられない。


 俺がこの世界に来たとき、とてつもなく戸惑った。当たり前だろ、誰だって目を覚ますと知らない場所にいたなんて信じられないだろ、適応できないだろ!でも、今まであった大切なものがここにもあった。琳、リンデの存在。俺はそのおかげでここまで早くこの環境に適応できたんだ。彼女のおかげだ。だから、俺も彼女の役に立ちたい。彼女を楽にしてあげたい。彼女を助けたい!


 俺に出来る事は……。何だろう? 例えば、リンデを癒す? 確かに、犬の体の俺なら何とかなるのかもしれない。悲しい顔をしたら彼女の顔を舐めて元気づけたり添い寝したり。共に楽しい時間を過ごすことで彼女が楽になるのならそれも良いかもしれない。でも、それは直接的な解決に繋がるとは思えない。なら、どうすれば解決するのか? …………例のあいつを捕まえる? 確かにそれなら解決するだろう。問題は捕まえられるかどうか?


 俺は先の襲撃で一つだけ疑問に思うことがあった。俺はリンデを守るために矢をキャッチした。でも、口から離していないはずなのにリンデの顔を舐める時には持っていなかった。これが意味すること。確証はないが俺の考えが正しいか実験してみよう。


 そう思って、チルの相変わらずのご飯四杯の夕食を何とか平らげて今は屋敷の中庭に来ている。さっきまでの雨は既に上がっていた。


 中庭というだけあって花壇や木々がたくさんありとても手入れされているように思える。でも、屋敷の中でチル以外のメイドを見たことがない。まさか全てチルがやっているのか?仕事量からして一人で何とかできるとは思えないのだが……。


 その話は置いといて俺は実験をしに来たんだった。どうして、咥えていた矢が何処かに消えてしまったのか?矢が勝手に消えた訳じゃないとすると答えはこの口にある。噛み砕いたのかもしくは溶けたのかどうなったのかは当の本人の俺でも分からないのだが……。とりあえず、木に登ってまあどれでも良いんだけど、この枝でいいや。かなり太いし簡単には落ちないだろう。で、どうなるかな?


 ゴトッ



 「ワンーーーーーー(ヤッターーーーーー)」



 噛み砕けた噛み砕けたぞ! あれだけ太かった枝が折れたんだ実験成功だろう。これならなんとか出来るもしれない。リンデの力になれるかも……。いや、絶対に力になってやるんだ!そうして、奴を捕まえる!!




今日も昨日と同様にリンデと散歩に行くことになる。これは願ったり叶ったりだ。リンデとデートに行けると同時にリンデの命を狙う犯人が姿を見せる可能性も高くなる。当の本人は少々渋っていたが俺のかわいい猫なで声で結果的に俺の我がままを叶えてもらう形になった。


 戦場となるであろう昨日と同じルートを散歩する。雨が降っていないので今日の街は賑わっている。その分昨日と違うので俺達を再び襲ってくれるか心配だった。でも……


 「はぁ……」


 きたーーー、矢が飛んでくる。これは昨日と同じリンデを狙う極悪人だろ。見とけ、この俺がお前を地に落としてやる。


 俺は奴のいる木を登る。そして……この木を噛み砕く。



 「イッターーーーーーーーー」


 決まった、奴は文字通り木から地に落ちる、と同時に持っていた矢も弓もばらける。残念ながら黒く安っぽい布で全身、頭から足まで覆っているので顔も体も見えない、今は。


 「正体を見せてもらうわよ……」


 リンデがその顔の布を脱がす。濃い髭を生やしまくったいかにも悪そうな顔なのか、いやいっそのこと超容姿端麗なエロい殺し屋とか……。


 「そう……なのね」



 嘘だろ……。奴は髭なんて全くはやしてないし全くエロくもないそれどころか身長も無かった。


 ……子どもだ、レミィよりも小さく幼く見える。レミィが約十二歳とするなら彼は九歳ぐらいに見える。人間でいうと小学三年生程。


 「ねえ、危ないよ。人にこういうものを撃つのは……。お願いだから、もうこんなこと……」



 「うるさい、この人殺し!!!」


…………!!人……殺し……?いやいや、リンデが人殺しなわけないだろ。だって、あれだけ優しくしてくれてたし……。



 「知ってるぞ!! 俺の母ちゃんが言ってた。お前は自分の為に皆の信頼する人間を殺したって!」



 「違うわ! 誤解よ! 私はそんなことしないわ」



 「嘘だ、だって母ちゃん言ってたもん」


 徐々にリンデと少年の周りに人が集まり始める。興味本位で集まっているのだろう。でも、その中には鋭い視線をリンデに向けている人もいた様に見えた。


 「お願い、私は本当に何もしていないの! 私じゃないの!」


 「嘘だ、お前は人殺しだ」



 「そうだ、そうだ。そいつ確か新聞載ってたぞ、あのサラス王女を殺したって……」

 「ああ、思い出した! 確かに顔も犯人にそっくりな気が……」

 「じゃあ、殺そうぜ」


 「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ……」



 ……マジかよ。観衆まで少年側に付くのかよ。どうなってんだよ、何がどうなってんだよ……。



 「殺せ! 殺せ! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!! 殺せ!!!……」


 「ゃめて、お願い……」



 リンデを大切な人を守りたかっただけなのに……どうしてこうなったんだよ。どうなってんだよ。完全に裏目に出てるじゃねえか。とんでもないことをやっちまってんじゃねえかよ……。

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