第5話 雨が降るとき

 朝起きると隣で寝ていたはずのリンデはそこにはいなかった。高い所に上って部屋を見渡してもどこにもいない。

 どうなってんだ。俺だけしかいない?まさか、また変なところに飛ばされたのか?俺はこれからこんな姿で一人で生きていくのか?


 でも、それはただの杞憂で終わった。完全に勘違いしていたのだ。とてつもなく眠たいのでまだかなり朝早い時間だと思っていた。でも、違ったんだ。昨日から分かっていたことだった。四足歩行に全く違和感がなかったことと言いドッグフードが美味しかったことと言い俺の体は完全に犬なのだ。つまり、人間と同じように生活するには睡眠時間が足りないのだ。時刻は既に午前十一時を指していた。規則正しく生活している人間なら起きていて当たり前だ。


 でも、別に起こしてくれても良かったのに。せっかくリンデと一緒に過ごせるってのに時間を無駄にしてしまった。はあ……とりあえず大広間に行ってみるか。




 って誰もいねえ!大広間で昨日の皿の上にドッグフードがあったから食べてこの屋敷一周してみたけどリンデはおろか誰もいねえ。外に行ったのか?……でも、もう限界だ。眠気が凄い。とりあえずリンデの部屋で一眠りしよう。



 ふっかーつ!!これで今日は大丈夫な気がする。早速、マイワイフを探すと……。


 「あら、りゅう、おはよう」


 って帰ってきてたー。


 「もう夕方だし散歩に行きましょうか、早く行かないと雨も降りそうだしね」


 本当だ、空はどす黒い雲で一面覆われてる。これは土砂降りになるだろう。ってあれ?リンデと散歩ってつまり……デートのお誘い?い、いやリンデに他意がないのは分かってるけど……。想像しない訳がないだろ!


 「もう、そんなに尻尾振って!じゃあ、行きましょうか」


 相変わらず素直だな、俺の尻尾……。



 という訳で心躍る中屋敷を出た。

 ここに連れられた時はリンデに抱かれていたので気付かなかったが屋敷は街を少し離れた森の中にあった。何故街じゃなく森の中に屋敷を作ったかなんて来て二日の俺に分かるわけもないが……。何か理由でもあるのだろうか?少なくともマイナスイオンが気持ちいい。これぞ自然といった感じ。


 俺とリンデは街に出た。森の中とは違いなかなか活気に溢れている。道の両側に店を構えて様々な物が販売されている。食料はもちろん衣服や文房具、CDのようなものまであった。思ったよりこの世界は近代化されてそうだ。流石に携帯やらスマホはなさそうに見えるが……。


 「イチゴン、二つ下さい」


 声の方を向くとリンデが何か買っていた。イチゴンとか言ってたがどう見てもイチゴだ。


 「あいよ、嬢ちゃん。ペットのお散歩かい?」

 「ええ、そうよ。リュウっていうの、可愛いでしょ」

 「ああ、それより嬢ちゃん前にどっかで会わなかったか?」

 「いえ、全く。絶対に人違いよ。それよりもうすぐ降りそうね」

 「ああ、本当だ。今日は店閉めっかな」


 店主が店を閉めようとすると同時にリンデも屋敷の方角に足早に歩き出す。しかし、少し歩いて店と店の間にある木の陰に腰を落とす。


 「リュウ、一緒にイチゴン食べましょ、イチゴン。とっても美味しいのよ」


 腰を落としたのはどうやら例のイチゴンとやらを食べるためらしい。リンデは俺の前にイチゴンを置いた。うん、どう見てもイチゴだ。このブツブツとかまさにイチゴだ。となると上手いに決まってる。


 そう確信してイチゴンを一口で食べる。ああ、やっぱり上手い。普通に甘くて美味しいイチゴだ。


 「どう、美味しい?」


 最近気付いたが犬なのでこういう時は相手に伝えられないと思っていた。でも……


 「そう、美味しかったのね、また食べましょ」


 尻尾が勝手に動くのでリンデに伝わっているようだ。そう考えるとこの尻尾も意外と便利?でも、エロいことを考えている時にも尻尾が動くのはやっぱり恥ずかしい。性癖がだだ漏れではないか!


 「あ、雨」


 二人でイチゴンを食べ終えた頃雨が降り出す。さっきまで活気のあったこの通りも店は畳まれ客は早足で居なくなっていく。俺たちもすぐに屋敷に向かって歩き出した。


 ふと、空を見上げる。特に見上げるのに理由はなかった。あえて言うならば第六感がそうさせたのかもしれない。いずれにせよ空に向かって堂々とそびえ立つ木。それは俺たちがさっきまで木陰に入っていた木よりも遥かに大きかった。


 危ない!!


 その木から何か飛んでくるのが分かった。でも、何かは分からない、ただ狙っているのがリンデだという事は飛んでくるものの進行方向で分かった。


 最悪なのは当の本人は全く気付いてない事だ。俺が何とかしないといけない。


 少し、後ろに下がる。そして助走をつける。そのままジャンプしてフリスビーの要領で……。


 キャッチ!!それは鋭利なクロスボウの矢のように見える。


 「何、これ?」


 ようやくリンデも気付いたようだ。彼女は矢を飛ばした主に視線を向ける。


 「あなた誰?何か用なの?」


 リンデは自分の体の前に手を出す。すると一瞬にして手の前方に薄い膜を作る。それは俺の知識をほじくり返して適当なもので例えるとアニメや漫画で見たシールドとかバリアに見える。


 「あなたは昨日と一緒の人?」


 リンデはいまだに隠れたまま矢を飛ばしてくる誰かに問いかける。でも、矢を飛ばしてくるだけでそれ以外には何の反応もない。ただ、飛んでくる全ての矢はリンデの前で落ちる。シールドを貫通できないためだろう。


 「あっ……」


 結局、その誰かは攻撃が何の意味をなさないとみるや逃走した。


 「魔法は使えないの?……そう」


 リンデは少し俯いてこちらを向く。


 「また助けてくれたのね、リュウありがとう」


 その顔は二人でイチゴンを食べていた時よりあからさまに落ち込んでいるように見えた。まあ、命を狙われたのだから当たり前なのかもしれないが……。その瞳は悲しみを表していた。


 俺はそんなリンデの顔を舐めて、勇気づけることしか出来なかった。


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