第11話―精霊の力―

「何をやっているの!」


 男が足を止め、俺もその聞き慣れた声の元の方へと顔を上げ、目を向ける。


 するとそこには、真紅の長髪を靡かせ、純白のドレスを身に纏った高身長のスレンダーな美女――エイリーネが立っていた。


「え、エイリーネ!? お前が何でここに!?」


 男は俺から意識をそらし、エイリーネへと向けた。

 当然だ。エイリーネは鎖で繋がれ、見張りもつけられ厳重に縛られている。


「私のライクに手を出すなんて……回復魔法は貴方たちが何もせずとも使うわ! なのになんで!」


「へ、へへっ、待ってくれよ。これには深いわけが……」


 ここにいるなんて有り得ない……そう、エイリーネは、だ。


 俺は男が動揺している隙に、最後の力を振り絞って立ち上がる!

 片手には、相棒である手斧を持って。


「うぉおおオォッ!」


 完全に俺に背中を向け、エイリーネに気を取られていた男の首へ斧を振りかざす。


「がハァっ!」


 斧はそのまま骨を砕く大きな音を立てながら男の首を切断し、勢い余って俺は斧を手離してしまう。


 勢いよく、男の首から噴水のように四方八方へ飛び散る血。

 やがて勢いが収まると、湧き水のようにどくどくと赤い液体が流れ、その体は倒れた。


「オェ、げぅッ……!」


 殺した。人を殺した。

 肉を切り骨を砕いた感覚が手に未だ残る。


 前世で人の死んだところなんか見たことがない。

 ましてや殺したことも、傷つけたことも、生き物を殺したことなんてさえない。

 精々熱中症で倒れた人を見かけた程度であったが、それでも目はどこかを向いており、見ていて気分が悪くなった。


 それが今、目の前で人が死んだ姿を見てしまった。

 俺が殺したということを認識した。

 ごろりと転がる男の生首が、こちらを睨んでいるような気がした。


 俺は吐いた。

 そんな耐性は、この世界の身体でもなかったのだ。


 落ち着け。

 深呼吸をする。

 大きく息を吸い、二秒止め、長く時間をかけて吐く。それを五回ほど繰り返す。


 血の生臭いが襲ったが、少しは動悸が収まった。だが、完全に俺の動揺をなくしたのは別のことであった。


 ドサリっ。


 音の方へ視線をやれば、エイリーネが地面に倒れていた。

 俺は全てを脳の隅へやり、エイリーネの元へ向かう!


「大丈夫か!?」


 背を持ち、腹に刺さったままのナイフが当たらないよう抱き起こし、声をかける。

 ゆっくりと目を開いたエイリーネは、ニコリと笑った。


「誰かのために生きる……アタシも、できたかな」


 エイリーネの顔で、エイリーネの声で。

 ……しかし、言葉は紛れもないエンリの言葉で。

 そう、苦しそうにに声を出した。


「あぁ! あぁ! お前のおかげで俺は助かった! お前の力で俺は助かった!」


 俺は必死に呼びかけるように声をかけ――


「ありがとう、エンリ。本当に、ありがとう」


 最後に、そう言い終えた。


 瞬間、エイリーネの姿が、元のボロボロのマントを羽織っただけのエンリの姿へと戻る。


 そしてその顔は……泣いていた。

 ポロポロと涙を流し、頬を伝っては落ちていった。


「えへへ……そっか……そっか……」


 エンリは俺の言葉を噛みしめるように、泣きながらも笑顔を見せていた。

 その顔を見て、俺もまた涙を流してしまった。


 ……だが、浸っている場合ではない。

 エンリの身体が少しずつ光の粒子となって消えて言っているのだ。


 多分さっきのエイリーネへの模倣で力を使ってしまったのだろう。

 そして俺の方もどくどくと血が流れ続けている。このままでは二人共持たない。


 俺はどうにかエンリを背負い、血反吐を吐きながら進む。

 洞穴を目指して。

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