第10話―最悪の敵―
「おっと、ライクはそのまま薪割りしといて構わないぜ。俺が用があるのは……こっちだからよっ!」
そう言ってエンリに歩み寄り、腕で抱えこんで引く男。
エンリは状況がわからないのか、無表情のまま黙ってされるがままでいた。
「いや、おい待てよ!」
だが俺はこの男を知っている。
……エンリを食うつもりだ。
こいつが幼い少女に性欲を抱く奴だと俺は知っている。エンリのことを誰かから聞いたのだろう。だから、今、こうしてきたのだ。
すっかり忘れていた。油断していた。
俺の落ち度だ。
男は俺の態度が気に食わなかったのか、明らかに不機嫌な顔をする。
「おうおうライクちゃんよう、いつからそんな口聞けるようになったんだ? あ?」
メンチをきり、脅すように声を荒げる男。
けれども俺は怯まない。
「母さんから、その子には手を出すなって言ってあるはずだ! 聞いてないのか!?」
そうだ。
いくら男でも俺の言葉とは違い、回復魔法という貴重な役割を持った母の言葉なら聞くだろう……そう思っていたのが、間違いだった。
「ははっ、バレなきゃいいんだよバレなきゃ。お前が黙ってりゃ誰も知らない。なあいいだろう? こんな可愛い少女ちゃんを独り占めなんて、罪ってもんだ――」
言い終わる直前、腕で抱いていたエンリにその薄汚い顔を近づけた。
瞬間、俺は走っていた。
「やめろぉおおおおッ!」
その頬に、体重を乗せた力一杯の拳をぶつける。
13歳の身体とはいえ父親譲りの肉体、前世の175という身長の視点から言えば、今では170センチほどはある。荷物持ちや薪割りで筋肉がついた。
そんな拳に無警戒だった男はエンリを手放し、地面に倒れた。
「ってぇなぁ……あぁ!? 何すんだライク!?」
すぐさま起き上がり、ガンを飛ばす男。
地面には歯が一個転がっており、口からは血が流れていた。
得も言えぬ迫力に俺は自分のしたことを忘れて怯む。
その隙を見逃さず、男は腰からナイフを素早く取り出し、俺の腹部へと突き刺した。
「んぐッ……!」
途端、腹部から熱を感じる。
咄嗟に腹部に力を込め、服を着ていたこともあり深くは刺さらなかった。
だが呼吸は浅く、早くなり、苦しい。
更には身体が動かなくなってきた……俺は膝をつく。
「そいつにゃ毒が塗ってあってな……まあ麻痺毒だ。俺が愉しんだ後、おめえの母ちゃんに持ってけば死なんだろ」
男はナイフから手を離し、数歩離れると得意げな顔で説明してくれた。
なるほど……と理解している頭の余裕はない。
痛みとは違う経験したことのない毒というものに恐怖が身体を、脳を襲う。
死ぬかもしれないという恐怖が頭すべてを支配した。
男はまたエンリの元へ戻ると、腕を引いて立ち上がらせる。
「ちょうどいいや、お前はそこで見てろ。俺がたっぷりとこの女を可愛がるところをな……」
下卑た表情を浮かべる男。
見せつけるプレイがそんなに楽しいか。
ダメだ。
ダメだ。
もう少しで心を開いてくれそうだった少女に。
もう少しで話を聞かせてくれそうだった少女に。
新たなトラウマを植え付けたりなんかしたら、ダメだ!
俺は土を掴むように拳を握りしめ、立ち上がる。
……立ち上がれたのだ。
「なっ……お前、どうして!」
男の顔が驚愕に染まる。
そりゃ俺だって知りたい。
しかし現として俺は立つことができているのだ。
すると男は急いでエンリを押すようにして手放し、俺へと駆け寄ると、ふらふらな俺に蹴りを食らわせた。
また地面に這いずる俺。
腹に刺さったままのナイフが深くへ突き刺さらないよう横に転がる。
そんな俺に男は何度も何度も蹴りを入れてきた。
「お前はッ! 下っ端の! ライクだ! 黙って言うことだけ聞いてりゃいいんだよ!」
蹴られるたび、口から唾と声が漏れる。
このままじゃ不味い。死ぬ。
男も怒りで我を忘れ、俺を殺した後のことなど頭に入っていないだろう。
「逃げ……ろ…………」
俺は何とかかすれた声で、少女に逃げろと言った。
本当に小さな声だったので聞こえたかどうかが心配であったが……。
「ねぇ……なんでアタシのためにそこまでするの?」
どうやら聞こえたようだ。
少女の問は俺にはしっかりと聞こえたが、どうやら男には俺を嬲るのに夢中で耳に入っていないらしい。
なんで、か。
なんだかデジャヴを感じるな、この状況。
……そうだ、前世で死んだ時だ。
こうして死ぬような状況で、あの少女を助けられたんだったな。
なら、エンリに答える言葉は決まっている。
「誰かのために生きるってのも……悪く、ないってな」
身体中ボロボロで土まみれ、頭からは血が流れている男の。
声もかすれ、途切れ途切れに紡いだ、少しかっこつけたその言葉に。
エンリは目を見開いて驚いていた。
初めて、感情らしい顔を見た気がする。
最期には笑顔を見たかったが、まあこれでも悔いはないだろう。
「はぁ、はぁ……死ねぇ!」
息を切らした男が、うずくまる俺の腹部に刺さったナイフめがけて足を振り上げる。
嗚呼、短い人生だった。
親孝行もできなかったのが残念だったが、あの世で詫続けようと思う。
来世では、絶対に親孝行をしよう。
俺が死を覚悟し、目を閉じた――その時だった。
「待ちなさい! 何をやっているの!」
一番聞き慣れた声が、耳に届いたのは。
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