第5話―謎の少女との出会い―
また次の日。
いつものように、同じメンバーで食料を探しに行っていた時のことであった。
「しっ……」
リーダーが昨日と同じように手でメンバーを制すが、昨日とは明らかに緊張していた。
それもそのはずだ。リーダーの目線の先にいたのは、高さ二メートル半、体長三メートルもあろう大猪がいたのだから。
「ありゃ昨日の親か……? お前ら、気づかれねえように迂回すんぞ!」
ここからアジトまでは数キロほどはある。今のメンバーではあの大猪を仕留めるのは力不足だ。ここは逃げても問題ないであろう。
子と比べて皮も硬ければ体力も多い。
何より力も強く、踏みつけられるだけで人様など一瞬であの世行きだ。
逃げる一択である。
アジトには柵や獣よけもあり、何せ俺の親父である頭が馬鹿みたいに強い。もしあれがアジトに来たところで平気だろう。
判断からの行動は早く、メンバーは足音を極力たてずに大猪から離れる。俺もそれに習って後をついていく。
幸い大猪には気づかれていない。運良く気付かれる前に発見してよかった。
気付かれていたら、何人かの犠牲が出てもおかしくはなかった。
だが、警戒しながら離れるにつれて、大猪の様子がおかしいことがわかった。なにやら前足を地面に押し付けたり、何かを踏みつけている。
先ほどまでは大猪の背後なので気付かなかったが、迂回して離れることでそれがわかった。
「子ども……?」
俺は思わず声に出してしまった。遠目でもわかるほど小さく、形からして人間の子どもだということが見て取れた。他のメンバーも子どもに気づく。
「ありゃ死んでるな。ま、そのまま俺たちの囮になっててくれ」
他のメンバーはすぐに意識を警戒へと戻すが、俺はその子どものことで頭がいっぱいである。
まず山の中腹であるこの場所に子どもが一人で来れるわけがないのだ。あの大猪が麓までおりてわざわざ人を襲うことも、まして襲ったあとでここまで持ってくることなどする習性なんてものはない。
そして目を凝らせば……その子どもの身体は、土で汚れているだけで血が全く見えない。あの巨体で踏みつけているというのに骨の折れる音も聞こえない。
あれはなんだ……?
その時、身体を衝撃が襲った。
「おい荷物持ち! 立ち止まってないでついてこい!」
男の拳だった。胸を殴られ、痛みが遅れてくる。声は小さいし、まあ痛みも小さい。すみませんと一言謝ると、男はふんと鼻を鳴らして歩き始めた。
考えることに集中して立ち止まっていた。こんなことではいつ死ぬかわからないな。
俺は自嘲気味に笑いながら男の後を歩く。助けられることなら助けたいが、生死もわからない者に命を投げ捨てていくほど俺は馬鹿じゃない。
……そう、最後に一瞥した時であった。
子の体が、腕が、動いたのだ。
瞬間、俺の体も動いた。
背負っていた籠を投げ捨て、身一つで走り向かっていく。
俺は馬鹿だったのだ。
「おいっ、バカッ!」
言われなくても知っていることを背中にかけられながらも俺は止まらない。勢いだけで飛び出したので途中何度か躓いたが、それでもなんとか大猪の元へと辿り着いた。
走った勢いを乗せたまま、大猪の尻へとタックルをかます。
肩に痛みが来るが、大猪はピクリとも動かない。かたい。人間様が身一つで勝てる相手ではないのだ。
しかし、大猪の注意は俺の方へ向かった。
弄んでいた子供を放ると、俺へと勢い良く向き直る。
慌てて後ろへと距離を取り、牙で薙ぎ払われるのを回避した。
ーーなんだろう。
檻越しの肉食獣しか見たことないが、檻がなかったらこんな感じなんだろうな。
例えが例えになっていないようなことを考え、大きな鼻息を聞きながら、ただただ大猪を眺めることしかできなかった。
男たちが助けに来ることはない。
いくら人質のような役割を果たしていたとはいえ、人質を助けるために自害するような奴なんていない。
いや、この問題をとわれ親父に殺されるかもしれないので同じか。
やがて憤怒に染まった大猪が大きな口を開く。
咄嗟に思考を取り戻し左へ身を転がして躱す。
まさか最初の攻撃が噛みつきだとは。
無駄な思考を排除して、本来の目的であった子どもの救出へと意識を向けた。
駆けて子どもの方へ向かい、すくうようにして抱きかかえるとそのまま遠くへ走り出す。
子どもの体は特有の柔らかさを持っており、軽いが栄養不足のため痩せ細っているというわけではない。そして雪のように真っ白な肌を惜しみなく晒す裸であり、髪は腰ほどまで長く伸び、何者にも染められぬような純白を誇る女の子であった。
人は命の危機に瀕すると性欲が上がるみたいなことをどっかで聞いたが、純白の下着が似合いそうだと思っただけで逃げることに精一杯である。
獣に背中を向けてはいけないという常識を破り必死に逃げる俺。この世界の獣は違うなんて望みもあったが、背後から聞こえる重い足音の答えに背中が冷える。
木と木の間をすり抜け、岩をのぼり、斜面を滑るように下る。
必死に逃げるの一手を選択していると、気がつけば大猪は追ってこなくなっていた。
確認すると、途端に身体に込み上げてくる疲労。
少女を地面へと下ろすと、俺も大の字に寝転がった。この大の字は少女を救ったという大きな成果を表しているのだ。
うんうんと頷き、その成果である少女の方へ顔を動かす。
やはりあれだけ襲われていたというのに、傷一つついていない。年齢は八才くらいだろうか。かなり幼く見える。
神秘的な素材とは対照的に髪はボサボサであり、どことなく野生児じみている。
まじまじと少女を見ていると、気付くことがあった。
平らな胸と腹が動いていない。つまり、呼吸をしていないのだ。
急いで起き上がり、少女へ駆け寄ってしゃがみ、脈を確認する。とても冷たい。そして、やはり動いてはいなかった。
「……マジか」
少女を助けられなかったというショックと、苦労が報われなかったことが精神的に来る。
……が、それは一瞬にして取り払われた。
「ん……」
少女がゆっくりと瞼を開き、起き上がる。
俺はというと――その、少女の虹色の瞳に釘付けであった。
真っ白な身体と髪に、虹色の瞳。さながら画用紙とパレットのような組み合わせ。それでいて瞳はウォーターオパールのような宝石の輝きをしている。
俺としたことが黙って固まっていると、少女は俺の存在に気付き、身体を起こして俺の方を向く。
「なんで……助けた…………」
その一言は、抑揚もなく、感情が損失していた。少女の表情も、助かったというのに全てを諦めている顔をしている。
俺は胸にズキリと鈍痛が来た。なんだ? この反応はなんだ? どうしてそんな顔をしている?
そして、俺はこの顔を知っている……そんな気がして、少女の問に返すことはできなかった。
やがて少女はふらりと身体を揺らすと、倒れてしまった。
「っ、まずい!」
傷一つないと言ってもあれだけ襲われた後だ。
咄嗟に自分の身につけていたぼろぼろのマントを少女の身体に被せ、俺は少女を背負い、母親のいる洞穴へと走り出した。
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