七幕

 階段を駆け上がる。

 登校時間だからか白壁の通路は消灯されていて薄暗い。階段の踊り場の窓から差し込み光も、雨のせいで灰色がかっている気がする。

 湿度と気温の高い館内は熱が籠っていて蒸し暑い。走れば汗がにじむのも当然で、段差をのぼればなおさらだ。

 でも一度も足を止めず、僕は五階へ到着する。

『演劇部』と書かれた掛札を、膝に手をおいた状態で確認し、息を整える。

 入り口の前で止まったのは十秒もない。気持ちを落ち着けるほど冷静に頭が働いているわけではなく、湿り気と熱気とともに顔を火照らせるほどの血が頭にのぼっている。

 少しだけ、クラッ、ときた。立ちくらみだ。急激な運動で身体が驚いている。

 状態を起こしただけで視界が歪むが、すぐに治ったから迷わず扉に手をかける。

 同時に小窓から中を覗いて、練習する演者の周りで見学しているの存在を目視して、勢いよく開け放った。

 

宇八米うやまいふち! ちっと面貸せ!」


 不良映画の殴り込みシーンみたいだと思ったが、これが僕の最大限の威嚇である。

 突然の来訪者に部員のほとんどが飛び跳ねたように僕を見やる。体操服姿で練習中の五十里いかりさんも、セリフの途中でこちらを振り返り、顔をしかめる。

 部長もズレた丸眼鏡を直しつつ、怪訝な表情を浮かべている。他の部員だって、誰もかれもが入り口の方を向いて硬直していた。

 そしてその中で唯一ひとり、件の宇八米は名を呼ばれたことで梅干しみたいなシワを眉間につくって、冴えない顔のかさついた唇を半開きにしていた。マヌケな面だ。

 

「どうした、平和ひらわくん、突然怒鳴ったりなんかして」


 伊達だて部長が近づいてくる。

 彼が間に入ってしまえばこの勢いも沈められかねない。それは今は都合が悪い。このままの勢いをあいつにぶつけなければ、きっと口を割りっこない。

 部長はあくまで部員の肩を持つ。今はその優しい性格が僕にとっては邪魔だった。

 だから、まだ部長とじゅうぶん距離があるところで、僕は宇八米の方にまっすぐ人差し指をつきつけ、もう一度怒鳴って聞かせる。


「用があるのはあいつです! 突っ立ってないで来いよ、宇八米! ふたりでじっくり話そうぜ」


 挑発的に言うと、案の定宇八米は顔を真っ赤にして大股に向かってきた。チビな体を大袈裟に振って、感情をあらわにする。刃物のような目つきの悪い視線は、静止を求める部長をいっさい見ずに僕ばかりを睨み付けてきた。

 そして、拳ひとつ分ほどの距離に、彼は立つ。


「なんすか、先輩」


 どちらかと言えばクラスでは影の薄そうな顔が(僕が言えることではないけども)、精いっぱいの怒りを宿して顎をしゃくれさせる。挑発的なのは向こうも同じなようで、その態度ならばこちらも余計にやりやすい。


「ここじゃなんだから、外行こうか」

「おい渕、練習はどうするんだ」

「すいません、俺早退で。昼休みは参加しますんで」


 一瞥もせず部長にそう告げた宇八米は、僕が踵を返すとのこのこととの後ろを着いてきた。一定の距離は保ちつつ、階段の上から見下ろすように睨んでいる。

 そのまた後ろからは部長と、五十里さんと、ほかの部員の面々が僕らの様子を見守っていたが、誰も何も言うわけではなく訝し気に僕の後頭部を眺めているだけだった。視線の集中射撃は、四階を過ぎるまでやまなかった。



 別館と体育館との間に、用具倉庫が設けられている。サッカーゴールを寝かせたほどの大きさだが、収容規模として不備は感じられない。

 普段は鍵付きのシャッターが下ろされ、開けられるのは教師か開閉を任された一部の生徒のみだ。用具だって部活か体育の時にしか使用しないため、今のこの時間では人気なんて皆無だった。

 別館を出てすぐ脇の通路に入れば、用具倉庫に着く。僕はそのシャッターに背を向け、宇八米は僕を正面に向かえて立った。小幅だが屋根があるため、小降りの雨くらいなら凌げる場所だ。

 向き合って間もなく、宇八米の方が先に口を開いた。


「俺、先輩になんかしましたかね?」

「あぁ、したぞ」


 白々しいセリフだと思う。

 一見して平気なふりをしている宇八米だが、その心の中で何を感じているのか、ひしひしと伝わってくる。


「もしかして、まだ疑ってるんすか? 昨日も言った通り、俺はあんなポスター剥がしてないっすよ。五カ所もある掲示板回る暇なんてないっすからね」


 演劇部の自分は忙しいのだ。つまりお前とも関わっている暇はない。

 遠回しにそう言われているのだろう。腕を組み、細めた目は厭味に僕を見上げてくる。

 だが、僕は気づく。

 彼の発した言葉を聞き逃さず、それを頭の中でかみ砕いて、やはりそういうことなのだと確信を得た。

 迷わず、口に出すとしよう。


「あんな? あんなポスター、って言ったか、お前」


 言った直後、黙ったままの宇八米の顔色が急変した。

 青ざめるのが手に取るように分かる。僕を睨み付けていた丸眼鏡の下の瞳が、動揺に染まって見開かれる。

 失言したことを、その時初めて知ったようだ。

「おかしいな、見てもないなら、あんななんて表現使わないんじゃないか? そんなポスター、とか、そういう言い方になるだろ。まるで、目移めうつりさんのポスターを間近で見たことがあるような言い方だな」

「言葉のあやだろ! んな言い間違え、誰だってするだろ!」

「そうかもな。それほどお前がバカなら、するだろうな」


 宇八米が眉を痙攣させる。バカ、の一言に反応したみたいだ。プライドを傷つけられるのが不快なのだろう。その気持ちはよく分かるのだが。


「そもそも、僕はまだ何もお前に用件を話してない。お前が勝手にポスターの件だと早とちりしてそう口を開いたんだ。ずいぶん勘がいいな」

「それはっ、昨日の今日だからだろ。呼ばれる理由、他に思いつかねえし」


 声が明らかにひ弱になっている。言い逃れも苦しそうだ。

 じりじりと責められることで逃げ道がひとつひとつ塞がれていく。気持ち的には余裕がなくなる。逃げ道をつくるべく言い訳を考えるが、そのぶん沈黙が増えるし声だって小さくなる。人は万能ではないから、思考とお喋りを、なかなか同時にはこなせない。

 しばらく宇八米の様子を窺ってみたが、彼の沈黙はまだ続きそうだった。態度だけはご立派なもんだが、表情は分かりやすいほど崩れていた。

 そろそろ、事実を突きつけるとしよう。


「昨日、掲示板の前でお前を見たやつがいたらしい」


 宇八米が、口を阿呆みたいに半開きにさせて、思考も悪あがきも諦めた顔で、僕を見上げてくる。何も言わず、ただ目の前の事柄に精一杯、意識を向ける。


「新聞部の人だった。そのときは四限目が始まったばかりで、美術の時間に画材道具を運んでいて、新館一階にある掲示板の前にお前がいたのを見たんだと。手を伸ばして何かをやっていて、しばらくすると挙動不審に辺りを確認して去っていった。その人が掲示板を見ると、目移さんのポスターに、ひどい落書きがされていたらしい」


 話をするうちに、また胸の中が熱くざわつきだす。喉が開かなくなって声が細まり、手は少しだけ震えてしまう。グッと我慢するように、沸き起こる衝動を押さえつける。


「死ねとか、ウザイだとか、そういった暴言だったみたいだ。僕はそれを見ていないし、きっと目移さんも見ずに、捨てられている。幸いだった、そんな落書き見たら、捨てられるよりもひどく傷ついていたかもしれない。それだけは、本当によかったって思う」


 本当に、よかった。

 もう一度そう繰り返して、無意識に右手を宇八米の肩に乗せる。ビク、と震える彼に、僕は今どんな表情を見せているのだろうか。

 怒りか、悲愴か。怒っていることも事実で、悲しいこともまた事実。殴ってやることもできたのに、そうしないのは、どうしてだろう。

 でも何となく、その理由は分かる。犯人をみつけたところで、そのあと、何になるのだろうか。ふと、そんな感情が渦巻いて、行動に制限をかけた。

 その代わりに、事実だけでも、きちんと受け入れさせてやる。


「お前だな、ポスター剥がしの犯人は」


 静かに、声を落とした。

 沈黙が訪れる。でも彼にはもう逃げ道はない。白状するか、この場から逃げるか。どちらにしたって、それは全て首を縦に振る行為になるだろう。彼に残された選択肢は事実上ひとつだけとなったのだ。

 が、思いもよらない言葉が宇八米の口から放たれた。


「剥がしたのは、俺じゃねえよ」

「お前……まだしらばっくれるのかよ!」


 思わず叫んでも、宇八米の答えは変わらない。

 肩に置いた手が、乱暴に振り払われる。


「しらばくれてねえ! 俺は剥がしちゃいねえ!」

「落書きしたんだろ! そのあと剥がしたんだろ!」

「ああ落書きはしたさ! あんたらが好きなことやってるのがムカついたんだ! 俺の部内での立場を下げておいて、次はクラブ作りなんてウマが良すぎるんだよ! 一緒に苦しめばいいって思ったんだよ!」

「そんな理屈通用するか!」

「理屈じゃねえ! 恨みだ! これは仕返しだ! 俺にはもう失うものなんてねえ! 演劇部じゃ雑用ばっかで台本も読ませてもらえない。五十里いかりが演者を続ける傍ら、俺はせいぜい大道具の運搬や小道具作りだ。いいか、俺は小さいときから子供劇団に所属して力つけてんだ。あんな事件起こらなきゃ、今はとっくに演者の仲間入りしてるんだよ。一年の素人と一緒に雑用なんて不本意にも程があらぁ!」

「それは、お前が五十里さんにあんなこと言うからっ」

「一年経験したくらいで俺に偉そうにしたのが悪い。業界歴は俺の方が上なんだ。だったら敬うのが普通だろうに、あいつは学年でしか人を見なかった! 俺からすればあの部の連中ほとんどが素人も同然だ! 県内有数の強豪校と聞いて来たのに、これじゃ期待外れだ」


 なんて言い草だと思う。

 実力があるにしたって、人間味がまるで伴っていない。その姿はひどく滑稽で、見るに堪えない。

 宇八米の言葉は止まらない。いちど漏れた空気は、風船から噴射されるばかりとなる。


「だから五十里を部から追い出そうとしたんだ。あんなやつがいたら、実力あるやつが潰されるだけだろ。でも周りはそうしなかった。部長が五十里を退部させなかったのは、全部あんたらのせいだろ! だから、これは恨み晴らしなんだ。俺だけが不幸になってたまるか!」


 胸ぐらを掴んだのは衝動に任せた行動だった。

 振りほどこうと宇八米が暴れても、僕はそれ以上の力で彼を押さえつける。


「もう、黙れよ、お前」

「黙らないね。いいか勘違い野郎、落書きは認めてやるよ。あんたらにはそうやって恨むやつがいるってこと、よく覚えときゃいい! けど剥がしちゃいねえ。そこだけ間違えるなクソ野郎!」

「てめっ……往生際悪いなっ」


 左手の拳が固まった。

 これ以上の話し合いは無駄だと判断した。

 もとより僕はこいつにむかっ腹を立てていたんだ。一発くらい殴らせてくれないと、収まるものも収まらない。

 指が攣りそうになるほどの力みで胸ぐらを掴んだまま、左腕を掲げようとした。

 そのとき、宇八米の数メートル背後に誰かが立っていることに気づく。

 いったいいつから、そこにいた。意識が集中しすぎていて、誰かの気配にはまったく気づけなかった。

 右手が弱まり、宇八米を開放する。くそ、と汚い言葉を漏らしながら彼が数歩後ずさって胸元を押さえる中、僕の意識はその背後に固まったままとなる。

 

「……なにしてるの、平和ひらわくん」


 目移佳舞かまえは、呆然とした表情で、僕と宇八米の後頭部を交互に見詰め続けていた。持ち手がピンク色のビニール傘をさしている。

 スクールバッグを握っているところ、今さっき登校してきたばかりなのだろう。

 不思議そうにこちらを見やる彼女の面を見ていたら、戦闘意欲はみるみる、失われていった。


「あ、あぁ、別に、なにも」


 隠すことではない。むしろ当事者である目移さんには言うべきことだが、どうしてかこの状況での告白はバツが悪く思った。

 宇八米が体操着を直しながら僕を見上げる。何も言わないが、何か言いたげだ。もちろん、ポスター剥がしの犯人を認める気は今も無いようだった。

 瞬時に冷めた頭で思考を巡らせる。仮に彼が犯人だとして、ここまで否定する理由とは何なのか。それを思いつけない以上、もはや宇八米をポスター剥がしの犯人だと決めつけることはできなくなった。

 

「なんでもないから。もう、終わったし。教室、一緒に行くか」


 自分から誘うなど初めてだ。目移さんも様子の違う僕の挙動を不審がっている。

 とくに驚いていたのは宇八米で、突然の手のひら返しに唖然とこちらを眺めていた。

 何か言われる前に、こっちから告げる。


「もういい。剥がしたのがお前じゃないって信じる。でも、落書きの件は、後々じっくり話させてもらう」


 小声で言って、雨に濡れることもお構いなしに宇八米の側を通り過ぎ、目移さんの許へ向かう。

 暴力を振るおうとした。その事実に、髪をかき上げるようにして頭を抱えた。衝動的だったとはいえ、超えてはならない一線を越えそうになったのだ。

 こんなこと、今までなかったはずなのに。

 慣れない心境に、胸ぐらを掴んでいた右手の震えは、いっこうに収まる気配もなかった。

 

   ***


 教室にたどり着くまで、いや、たどり着いてからも、目移さんとの会話はひとつもなかった。昨日の出来事を引きずっていることは考えずとも分かって、無論僕もそれが原因で気まずさを覚えてならなかった。

 彼女が宇八米とのやり取り現場に現れた理由は、そうせずにはいられなくなるほどに僕らの光景がただ事ではないように見えたからだろう。彼女なりに、最低限にも僕の身を案じたのかもしれない。事実あと一歩遅ければ宇八米の頬に痣をつくっていたところだ。

 案じているとはいえ、僕との間には一線を引いたままだった。クラブ活動を諦めると告げた彼女の言葉を僕が否定し続けたからこうなってしまったのか、明白な理由は分からないにしても、原因は僕にあるわけだ。

 世間話をするにしたって、いつもは彼女から話しかけてくることが多かった故、僕発信の会話のボキャブラリーは皆無に近い。受け答えだけじゃなく、たまにはこっちから話すべきだったかもしれないと今更ながらに後悔している。そうしていれば、重たい空気を少しは解消できたかもしれないのに。

 そうずるずると悶々し続け、気づけばホームルームが終わっていた。

 珠子たまこ先生が朝一に見たままのジャケット姿で出席簿を脇に抱えて教室から出ていく。こちらには一瞥もくれないところ、やはり彼女はポスターの件をないがしろにしているみたいだ。

 見ていて気持ちよくなかったから、窓外にそっぽを向く。まぁ、いつも通りの光景なわけだけれど。

 外は相変わらずの雨降りだ。今日は昨日に比べて小粒だが、湿気がひどくて風が生ぬるい。梅雨も始まったばかりだから、これがあと何週間も続くと思うと気分が萎える。

 夏服への本格的な衣替え時期も七月までないから、カッターシャツを腕まくりして暑さを凌ぐが、クーラーの利き過ぎた教室では寒さに耐え兼ねて袖を戻した。袖口のボタンを留めたり外したり、手遊びを無意識に繰り返す。

 静かだなぁ、と思ったのは言うまでもない。一年生のころはずっとこんな風だったのに、すでにいあのころが懐かしく感じている。目移さんのせいで、誰とも話さない時間を持て余していると感じるようになってしまった。

 そうさせた本人は今も後方席でだんまりを貫いている。何をするでもなく、ただジッと、窓の外を眺めている。

 肩越しにその様子を眺め、気味悪いと思った。落ち込んでいるのか悲しんでいるのか腹を立てているのか。目移さんはそういうところ、分かり辛い。

 何を話すべきだろう。空虚な時間を脱するために考えて、でもやっぱり、内容はひとつしかないだろう。

 思い切って振り返り、目移さんの横顔に喋りかけた。


「さっきさ、まあ、見てたと思うけど、宇八米とポスターのことで話してた。あ、宇八米ってのは、さっきの男子な。五十里さんと喧嘩したやつ、覚えてるだろ。で、そいつがさ、ポスターにいたずらした犯人だったんだ。でも、剥がしてはないって。謎だよな。まさかもうひとり、犯人がいるなんてな」


 変に緊張してしまい、捲し立てるように一気に話す。

 少し早口になっていたかもしれない。目移さん相手に気にはしないが、自分の喋りがぎこちないと我ながら失態だと感じてしまう。

 乾いた口に唾をためて喉に流す。その動作を二回ほど繰り返すと、目移さんが遠い目の焦点を近づけ、首ごと僕に向き直った。

 おさげが小さく揺れる。まっすぐ見詰めてくる瞳には今までにあった色が何色も欠けているようだ。目移さんの姿をした他の何かに見えてしまい、僕は言葉を噤んでしまう。

 瞬きを数回。目移さんの口が小さくも開いたのは、たったそれだけの仕草の後だった。モーションが明らかに小規模になっていた。


「どうでもいいよ、そういうの。犯人とか、興味ないから」


 たった、それだけ。

 氷のように冷たい態度で、淡白な声を落とした彼女はまた窓に視線を向ける。

 ふてくされたような態度だとも思って、僕はたまらず言葉を返す。


「どうでもいい、って。お前のことだろ」


 笑みが浮かぶが本心は笑っていない。

 作り笑いをしてみるが、目移さんは僕に一瞥もくれはしない。耳にシャッターでも下ろしたかのように、自分の世界へ意識を向けている。

 その世界はきっと、何もない真っ白な世界だろうに。

 もういいや。

 ふと、そんな考えが浮かんでしまった。

 僕は彼女を見損なう。いつまでも逃げる目移さんに、失望した。


「……傷ついてるの、自分だけだと思うな」


 何を目的として自分がそう発言したのかは知りえない。

 立腹したからか、遠回しにも何かを伝えたかったからなのか。

 感情に任せて言ってしまったが、べつに目移さんを傷つけたいという目的があったわけではない。立ち直ってほしい。その一心に変わりはないのに、そう言わずにはいられなかった。

 彼女はまだ、窓の外ばかりを眺めている。雨粒を一粒一粒数えているようだ。現実から目を背けているのかもしれない。それほど、意識はまるでこっちを向いていないように見えた。

 もう何も言う気にはなれなかった。体を戻して頬杖をつく。

 窓外を眺めようにも目移さんがそうしているから、同じ方など向きたくもないと考え、廊下の方に顔を向ける。

 不本意にも、こちらに背を向けている五十里さんの正面に座る天然てんねんさんと浦出うらでさんと目が合ってしまった。

 すぐに視線を逸らしたが、落ち着かなくて、顔を戻す。

 けっきょく、目移さんと同じように外を眺め、流れる雨雲を目で追い続けた。 

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