第826話、前言撤回です!
女王陛下とも別れを告げ、飛行船が国へ帰る為に移動を開始する。
障害物も何も無い空を高速で飛ぶ船は、一日あればウムルへ到着するだろう。
つまりは一日何も無い時間が有るという事もであり、俺達はのんびりと時間を過ごしている。
「奥様、お茶が入りました」
「ありがとう、ニノリ」
そしてのんびりと過ごす部屋の中、ニノリさんが給仕をしている。
「クロト様、お口に合いましたか?」
「・・・ん、美味しい」
彼女が焼いたという菓子をポリポリ食べるクロト。
表情の変化が解り難いが、薄く笑っているので本当に美味しいのだろう。
ニノリさんはその変化に気が付いたのか、嬉しそうな笑顔を見せている。
初見でクロトの笑顔に気が付くのは凄いな。
「がふっ」
「ふふっ、美味しい?」
グレットの為に用意した食事も有り、ガフガフと嬉しそうに鳴いている。
皆に仕える様子のニノリさんは、あくまでウムルに着くまではまだ使用人という事らしい。
なのでそれまではもう少し仕えさせて欲しいと、そう言われてこの光景が有る。
「ねえタロウさん、ニノリさん楽しそうだね」
シガルがニノリさんの様子を見て、優しい笑みでそんな事を言った。
言われてから彼女の事を観察すると、確かに彼女の表情には笑顔が多い。
「・・・そういえば、そうだね」
俺について来ると決まった後の彼女はどうだっただろうか。
笑顔は見ただろうか。いや、殆ど見た覚えが無い。
むしろ捨てられない為に必死な様子が殆どだったと思う。
その必死な様子を理解していたからこそ、俺は彼女を見捨てる気にはなれなかった。
きっとリィスさんとシガルも同じで、だから彼女を抱えるのは義務感でしかなかった。
けど、今の彼女はどうだろう。優しく笑う彼女の姿は。
「多分、あれが本当のニノリさんなんだろうな」
優しく笑い、自然体で給仕をしている女性。
たとえ大貴族が相手でも、そつなくこなして見せる使用人。
今更ではあるが、ニノリという女性の能力を理解した瞬間だと思う。
きっと今の彼女は、自分が使い捨てられる不安が無い。
これから自分は自分の意志で生きていける。
ウムルではそれが叶うと信じているから、今の自然体な彼女なのだろう。
皮肉な話だと思う。色んな事を諦め、そして受け入れたからこそ能力を発揮できるなんて。
いや、彼女にとっては幸運以外の何物でもないのだろうとは思う。
だって彼女はこれから何にでもなれる。何でも自由に出来るんだから。
「ねえタロウさん、このまま雇ってあげちゃダメなの?」
「え?」
突然シガルが俺の顔を覗き込みながら、そんな事を言い出した。
思わず驚きの声を漏らし、彼女が真剣な様子なのを確認する。
「でも、彼女自身が、俺に仕える気が無いって言った訳だし・・・」
「語弊があると思うよ。本当は仕えたい。けど特殊な能力の無い自分はきっと必要ない。彼女が言った事はそういう意味でしょ。タロウさんが今彼女を必要としてないってのも有るけど」
「まあ、それは、そうだけど・・・」
ニノリさんを部屋に連れて来た時、シガルは軽く彼女と話していた。
なので彼女の扱いをどうするのかという話を、彼女自身から聞いている。
「もう少ししたらお姉ちゃんお腹大きくなるし、そうなると傍に人が居た方が便利だと思うけどなぁ。生まれた後もお姉ちゃんの子供・・・まあ基本的にはお姉ちゃんが自分で見たがるだろうけど、それでもお姉ちゃんは仕事もしたいと思うはず。その時誰が面倒見るの?」
「え、いや、それは、俺とか・・・」
「私も、タロウさんも、お姉ちゃんも、それなりに重要な役目がある。勿論ウムル王は寛大であらせられるから、休ませてほしいと言えば休ませてくれると思うよ。けどもし、万が一私達全員が動かなきゃいけないって事になった時・・・子供の面倒は誰が見るの?」
・・・反論が思い浮かばなかった。
彼女の言う通り、俺達はそれぞれ仕事を抱えている。
本当に万が一全員の手が塞がった時、どうするのかを考えていなかった。
「まあ、本当にそうなった時は、多分タロウさんは子供を優先するんだろうけど。私もお姉ちゃんもそうする可能性高いし。けどさ、全員が動ける様にしておく、ってのが大事だと思うよ」
「・・・そう、だね」
言われて、彼女達を見る。穏やかに笑うイナイと、傍で彼女を守るクロト。
グレットもイナイが危なくない様にと、背の近くで座っている。
そんな光景を優しい笑みで、幸せそうに見つめるニノリさん。
「あの人は今初めて、心の底から、仕えたい人に仕えている。貴重だよ、そんな人。今はこれが最後だと思っているから余計にかもしれないけど・・・もったいないよ、手放すの」
心の底から仕えたい人。イナイが? なんて脳みその無い事は言わない。
彼女はきっと、俺に本気で仕えたいと思ってくれているんだろう。
確かに彼女は言っていた。俺に仕える事が出来れば幸せだと。
彼女はそれを、叶うはずのない願望でしか無いと答えを出した。
それはきっと、俺が彼女を必要としていないと、そう彼女が気がついていたからだ。
けれどもし、彼女が必要なら、俺が彼女を必要としているなら。
「子供の事はお母さんに助けを求める事も・・・できなくはないけど、出来れば家族内でどうにかする手段は持っておいた方が、私は良いと思うけど?」
そして俺の思考の背中を押す様に、駄目押しとばかりにシガルは告げる。
笑顔で俺を見つめる彼女は、もう俺の答えが解っている様に見えた。
「・・・ニノリさん、ちょっと良いかな」
「はい、何でしょうかタロウ様」
にんまりと笑うシガルから視線を外し、ニノリさんへと声をかける。
彼女はニコリと柔らかい笑みで応え、俺の傍へと静かに歩いて来た。
「楽しい、かな」
「はい、今ほど幸せな時間は、そう有りません。我が儘を聞いて頂きありがとうございます」
「そっか」
嬉しそうに、心の底から嬉しそうに、彼女は仕えているこの時間が楽しいと告げる。
正直な所を告白すると、俺がこれから言う事が正しいのかは本気で解らない。
だってさっき思っていた通り、彼女は何にでも成れるはずなんだ。
ウムルならきっと、彼女の努力次第で、どんな職にだって就ける。
それだけの公平性がある国で、そして彼女は努力家なのだから。
だから俺の判断はきっと、彼女の可能性を潰す言葉だと思う。
「なら、うちに仕えてみる?」
「・・・え?」
ポカンと、それこそ何を言われたのか解らないと、彼女は呆けた表情を見せる。
暫く彼女の復帰を待ってみたけど、彼女は呆然とした表情のまま動かない。
仕方ないので復帰を待たず、言葉を続けることにした。
「俺はさっき、君の事を必要無いと言った。けどシガルに諭されてね。君が本気で俺に仕えたいと願っているなら、そんな人間を手放すのはもったいないと。これから子供も生まれるし、面倒を見てくれる、そうでなくても周囲の世話をしてくれる人間は無駄にならないってね」
きっとイナイの事だから、基本的にはそつなくこなして見せるだろう。
孤児院の子供の面倒も見たことが在るらしいし、赤子の面倒も知っている。
それでも初の実子だ。何が有るか解らないし、彼女とて完璧人間じゃない。
なら面倒を、周囲の世話をしてくれる相手は、居るにこした事は無い。
それが本気で仕える気概のある人物なら、きっと俺達にとってプラスになる。
色々と理屈でそう考えた答えを告げると、彼女の瞳から雫が足れる。
「・・・よ、宜しいの、です、か」
ぽろぽろと、あふれる涙。信じられない事を言われたという表情。
嗚咽を漏らすのを我慢して、ぎゅっと服を握りながら確認をする彼女。
その姿を見て、もう駄目だなと思った。俺はもう、彼女を捨てられない。
完全にシガルにしてやられたなと思いながら、彼女の言葉に頷き返す。
すると彼女の瞳からは更に涙が溢れ、手でどれだけ拭っても収まらない。
「す、すみません、気持ちが、昂り、すぎて・・・」
「良いよ。気にしなくて。好きなだけ泣いたら良い。苦しい涙じゃないんだし」
苦しい涙でも流しきった方が良い時は多い。けれどこれはうれし涙だ。
なら尚の事、その感情を全て吐き出すぐらいに泣いたって、誰も責めはしない。
「あり、ありがとう、ござい、ます・・・誠心誠意、お仕えさせて、頂きます・・・!」
けれど泣きながらも、彼女はこれからの自分の想いを口にする。
そんな彼女と俺のやり取りを見ていたイナイは、解っていたとばかりニヤッとしていた。
ああ、これ、奥さん二人は答えが出てた奴だ。綺麗に操縦された。
まあ良いか。彼女に告げた事も、俺が出した結論も事実だし。
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