第825話、後回しにしていた話です!
王女様が女王陛下になってから、目まぐるしい時間が過ぎたと思う。
少なくとも王女様にとっては、本当に激動の日々だっただろうなと。
そして彼女にとっては、これからもまだそんな日々は続いて行く。
彼女だけではなく、この国全体が、きっと変化に戸惑う日々が続く。
ポルブルさんの領地の様に、何時かの為に準備していた領地ばかりじゃない。
けれどその変化が安定するまで滞在する・・・なんて事は流石に出来ない。
特にリンさんは王妃様だ。この国での用事はもう済んだ。なら帰らなきゃいけない。
「寂しくなりますね、リファイン様」
「私としてはもう少し滞在しても良いかなーと思うんだけど、早く帰ってあげないとブルベが拗ねちゃうかもしれないから」
「ふふっ、貴女にかかれば、かのウムル王も型無しですね」
ブルベさん、拗ねるのかな。あの人が拗ねる姿って想像つかないな。
何と言うか、何時もすました笑顔で余裕そうにしているイメージが強い。
もしくは怖い雰囲気を醸し出してるか。
「もし困った事があれば、うちの者に手紙を預けて。その方が早く届くから」
「はい、ありがとうございます」
二人の挨拶は、その程度のものだった。
これまでに色々と話して来た以上、長い別れの挨拶は不要だったんだろう。
そして女王陛下は、その視線をアロネスさんへと向ける。
ただ彼に話しかける様子は無く、ただ静かに、にこりと笑顔を見せただけだった。
その後はポルブルさんにも挨拶をと思ったけど、彼は既に王都には居ない。
自身の領地の管理に全力を注いでいる様で、別れの挨拶は出来そうにない。
まあやろうと思えば勝手に転移で飛ぶ事も出来るけど・・・不味いよね?
後は個人で別れを惜しむ相手がいるならと言われたが、特にそういう相手もいない。
この国に来て個人的に関わりがある人間なんて・・・あ、しまった。忘れてた。
ニノリさんの事を完全に忘れてた。というか今彼女どこに居るんだ。
慌ててリィスさんに訊ねたら、飛行船の中で雑用をしているとの事だ。
中々に働き物なので、船内での評判は悪くは無いらしい。
「元々下働きはしていた訳ですから、その気になればウムルなら働き口はありますし、本人がそれを自覚できるかと思いましたので、勝手ながら雑用をさせておりました」
「いえ、感謝します。本当に助かります」
俺自身色々あった事で、彼女の事を任せてそのまま完全に忘れていた。
リィスさんが上手く采配してくれていたなら、それは感謝しかない。
ニノリさん本人がどう思っているのかは解らないが、彼女には選択肢が無かった。
だから俺について来るしかなかった訳だが、今なら彼女には選ぶ事が出来る。
この国に残る事も、ウムルで仕事を始める事も、最初の通り俺について来る事も。
彼女がどれを選ぶかは解らないけど、もし使用人を選ぶ場合はどうしようかな。
その点をイナイに一度相談したら、好きにしろと言われてしまった。
「あたしは自分の意志で使用人を雇っていない。必要無いと思ってたからな。それでもお前が雇うって言うなら、あたしに反対する理由はねぇよ」
イナイの意見としてはそんな感じで、俺がどうしたいのかと言われてしまった。
ただそういわれると困るのは、俺としてもニノリさんが必要ではないと言う事か。
彼女にはとても申し訳ないが、連れて来たのは致し方なくという点が大きい。
「・・・その点も含めて、本人と改めて話すか」
彼女がどうしても俺についてきたい、というのであれば仕方ないと思う。
半端に手を伸ばして、要らないから突き放すのは、少し気分が悪い。
けれど彼女は少しでも他の世界に目を向けるなら、俺はその方が良いと思う。
彼女の世界は閉じていた。この閉じた国の狭い世界の価値観だけだった。
小さくなって怯えて生きて、それでも都合よく利用されるだけの立場だ。
「ちょっと行って来るよ」
この件に関しては、きちんと俺が話をしようと思いニノリさんの下へ一人で向かう。
探せば彼女はすぐに見つかり、丁度休憩中でお茶を飲んでいる所だった。
ただ服装が使用人服の類では無く、技工士達のつなぎ姿な事に少し驚く。
「ニノリさん、今良いかな」
「あ、た、タロウ様。は、はい。何でしょうか」
「ああ、座ったままで良いよ」
「は、はい・・・」
ニノリさんは少し緊張した様子で座り直し、俺はその正面に座った。
「今まで放置してゴメン。色々忙しくて・・・その、忘れてた」
「わす・・・あははっ、そうですよね」
誤魔化さずに素直に伝えると、彼女は少し寂しそうに笑う。
傷つけたとは思う。申し訳ないとは思う。けどハッキリ言った方が良いと思って。
「俺としては、君が付いて来る事になったのは成り行きで、だけど致し方ない事だと思ってる。だからもし君が俺に仕えたいって言うなら、面倒は見るつもりだ」
選択肢の無い彼女に、あの時一体何ができただろうか。
そう思えば、彼女の面倒を見る事に対して、仕方ないかという想いがある。
「けど、ここで雑用をしていたなら、君にもできる事があると解ったはずだ。特にウムルに行けば、きちんと仕事に見合った給金も支払われる。俺の使用人に拘る理由は無いんだ」
ニノリさんは繋ぎのズボンを強く握り込みながら、俺の言葉を聞いている。
俺も酷い事を言っている自覚はある。だって言ってる事は、君は要らないと言う言葉だ。
君を必要としていない。居ても居なくても変わらない。それでも雇われたいかと。
「・・たのし、かったんです」
ただ俺の言葉を聞いた彼女は、ポソリとそんな事を呟いた。
「リィスさんは少し怖い人ですが、私の事を想っての言葉をくれました。タロウ様と奥様は共にお優しい方で、そしてどちらも素晴らしい方だと思いました。こんな方々の為に働けるなら、私はきっと楽しいと、嬉しいと、そう・・・思っていました」
「いました、って事は、今は違う?」
「・・・はい。いえ、きっと楽しいと思います。タロウ様に仕えさせて頂けるなら、きっと私は幸せだと思います。けど・・・それはきっと、ただの願望なんです。何の取り柄も無い、特殊な能力も無い、ただの一般人が見た夢です。幸せな、短い、夢だったんです」
ニノリさんはそう言って、少し悲しげに笑う。
「夢を見させて頂き、ありがとうございました、タロウ様」
そして深く頭を下げて、彼女は答えを告げた。
彼女の夢は、ここで終わりにすると。
今から現実を生きていくと。
「・・・解りました。リィスさんにも俺からその旨は伝えておきます」
勿論、だからと言ってそのまま放り出す訳じゃ無い。
彼女がこの先も生きて行けるように、多少の手伝いはしておかないと。
「はい、ありがとうございます」
またリィスさんに手間をかけてしまうな。
でも、これで良かったのかもしれない。
これで本格的に、この国でやる事は無くなったかな。
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