第821話、タロウとしての判断です!
終末思想の魔王崇拝。それはこの世界で俺が二度程関わった存在だ。
一度目はウムルの王都で。二度目はヴァールちゃんの事で間接的に。
どちらも碌でもない話だった。特に後者は本気で胸糞が悪い事実を聞いている。
思わず眉間に皺が寄る俺を見たイナイは、もう一度溜息を吐いて口を開く。
「丁度良かったんだろうよ、奴隷を扱ってるこの国は。生贄に使う人間を集めるにも、魔王を生み出す素体にするでも、奴隷国家が存続してくれれば手に入れ易かったんだろうさ。国をキチンと回す目的のある国王よりも、自尊心をくすぐれば動く連中の方が扱い易しと判断してな」
研究者達は自分達の扱いに不満を持っていたらしい、という話は少し聞いた。
その結果今回の事件に繋がった訳だけど、それは実行に移す様に唆されたという事だろうか。
「・・・王女があんな目に遭ったのは、この国が壊れたのは、その連中のせいって事?」
「そうだな。突き詰めれば連中のせいになるんだろう。それでも実行犯に弁明の余地なんて一切無えがな。たとえ唆されたのだとしても・・・アイツらはやり過ぎた。そもそも国王殺しの国家転覆だからな。大罪も大罪だ。処刑なんぞ生温いと思う奴も多いだろうよ」
イナイの言葉はきっと正しく、そして俺も同じ意見だ。
確かに唆されたという事実はあるのかもしれない。
だが実行したのは自分だ。凶行に走ったのは本人なんだ。
ならその罪を背負うべきは、研究者達本人に他ならないと思う。
「彼らは処刑で決まったの?」
「いずれはそうなる、だろうな。だが連中が持っている情報は出来る限り引き出したい。今は王女殿下に許可を取った上で預かってる。先の情報もその結果だ」
「良く喋ったね」
「・・・喋らせたんだ」
そこでイナイは、少しだけ暗い表情を見せた。どうしたんだろう。
「タロウ、ウムルは拷問を良しとしていない。現行犯で捕まえたとしてもだ。何でか解るか?」
「え? ええと・・・」
突然の問題に少し驚き、慌てながら頭を回す。
現行犯なら、確実に犯人だと解っている。
それでも拷問の類をしない理由かぁ・・・。
「・・・犯人に仕立て上げられる可能性が在るからじゃないかな、拷問で無理やり現行犯だったという事にもされかねないから」
「そうだな。大体その通りだ。あたし達も公務の人間は選んでいるつもりだが、それでもどうしたって人間だ。恨みつらみで行動する人間や、立場を持った事で変わる人間が居る。そういった人間は決められたルールを逆手にとって、都合の良い様に扱う可能性が在る」
人の善性に任せたルールは破綻する。イナイの言っている事はそういう事だ。
本当なら善性を基準としたルールの方が優しい世界なのだろう。
けれど人間はそのルールの穴を利用する。そういう人間は無くならない。
それが良い方向に使われるなら、きっと誰もそこまで気にしないだろう。
でも大概は悪事に使われてしまう以上、ルールは常に作り替えられていく。
まあ、その結果もっと悪い事に、って事も無い訳じゃないけど。
「だからウムルでは犯罪者の扱いもそこまで悪くは無い。まあ、流石に優しく丁寧に扱うって事はねえがな。それでも拷問の類で痛めつけるって事はしちゃいけねぇ。もしそんな事実が発覚すれば、良くて減給と降格と謹慎、最悪本人が犯罪者って事になってる」
「なるほど、罪人になるなら結構重めの決まりだね」
「そうだな・・・その重い決まりを、あたし達自身が破ってるって言ったら、どう思う?」
「・・・はい?」
ええと、あー・・・流石に俺でも、今の話の流れなら何を言われたのか解った。
一瞬首を傾げてしまったけど、つまりは研究者達を拷問しているって事だ。
持ってる情報を全て吐き出させる為に、徹底的に痛めつけていると。
本来はそんな事をしてはいけないと、そう決める側の者達がだ。
「・・・正直な所、今回の件に関しては、何とも思わないとしか言いようがないかな、俺は」
ただ理解したからと言って、俺は正直そう返すしか無かった。
そんな答えを出した俺に対して、イナイは意外そうな表情を向ける。
「タロウにしては随分冷たい言葉だな。酷い事をしていると、そう思うと予想してたんだが」
「いや、まあ・・・俺も拷問は良くは無いと思うよ。思う、けど・・・」
確かに拷問に良い感情は無い。自分でやれって言われたらゴメン被る。
でも、今回手にかけた人間達を思い返す。もうどうしようもなくなった人達を。
そしてそんな人間の面倒のせいで動けず死んだ、魔人に殺された人達の事を。
「自業自得としか、俺には思えない」
人を人と思わない、玩具か何かと勘違いしている連中に、正直に言えば殺意が湧く。
なら結局それは、優しく殺すか、苦しめて殺すか、それだけの違いだ。
俺は人を苦しめながら殺せないだけで、単純に俺が甘いだけの話だと思う。
「それにイナイは決まりを破ったって言ったけど、そもそも悪用されない為に作った決まりな訳でさ、なら今回に限っては仕方ないんじゃないかな。だってそうやって初めて吐いた情報が有るって事でしょ。真面に対応してたら話も通じなさそうだし」
何て言いながら、少し都合の良い言い訳だと思う自分が居るのも確かだ。
そうやって例外を重ねた結果、特権階級が裏で規則を悪い風に破りかねないのだから。
けど目の前の人はそうじゃない。イナイはそんな事はしない。
「・・・そうか」
俺の言葉にイナイはホッとした様子を見せ、俺は思わず笑顔で返してしまった。
「俺にどう思われるのか不安だった?」
「まあな。良く『規則は規則だ』と、口酸っぱく言ってるのはあたしの方だからな」
「そりゃそうだけど、連中の場合は本当に『現行犯』だし、良いんじゃない?」
「・・・成程、お前も相当切れてたんだな。今実感した」
さらっと冷たい言葉を吐いた俺を見て、イナイが苦笑する様子を見せる。
まあ、そりゃ、うん。目の前に居たら仙術ぶち込む程度には怒りを覚えておりますよ。
「それに、イナイは罪悪感が有るんでしょ、そういうの」
「・・・まあな。あんまり良い気分じゃない。だからって人に任せてるのも含めてな」
あー、イナイ姐さん、人に嫌な事押し付けてる、って感じが一番嫌なんすね。
気持ちはとても解るけど、それはもう割り切るしかない様な気もする。
俺だって拳闘士隊の人に後の事を任せちゃったし。
まああっちは拷問したのかどうか、はっきりとは聞いてないけど。
「それにさ、多分だけど、嫌だと思ってるから俺に聞いて欲しかったんじゃない?」
「・・・そうだな。すまん。少し甘えた」
「良いよ良いよ。むしろもっと甘えてどうぞ。イナイは一人で抱え込み過ぎなんだよ」
謝るイナイを見て居られず、抱え込む様にきゅっと抱きしめる。
すると彼女は控えめに服を握り、受け入れる様に俺の胸にすり寄った。
「・・・すまん」
「謝るよりお礼が嬉しいです」
「ん、あんがと」
暫く甘えるイナイの頭をなでなでしながら、奥さんの可愛さを堪能するわたくし。
そもそも独断で拷問とか、イナイがするはずないと思うんだよな。
ブルベさんとかと連絡とって、許可の上で行動していると思う。
ならそもそも一人で抱え込むのが間違いだと思うんだよ。
んでこの場合一番適してるのって・・・アロネスさんな気がするなぁ。
あの怖い雰囲気はそのせいかな。なんとなく合点がいった。
「タロウ、あの、そろそろ、はなして、くれないか?」
「ん、このままじゃ駄目ですかイナイさん」
「ダメじゃ、無いけど・・・ここは誰が来るか解らないだろ。中庭だし」
気持ちが落ち着いたら少し恥ずかしくなったらしい。だがしかし断る。
「探知で解るので大丈夫、大丈夫」
「・・・解ったよ。でも人が来たらちゃんと放せよ」
「善処します」
「オイコラ」
放す気が無いと返答する俺に、少し低い声が返って来たけど知りません。
まあ本当に放さなかった場合、確実にリバーブローが飛んで来るんですけどね。
「・・・はぁ、それで、話の続きだが、良いか?」
「どうぞ」
ぎゅっと抱きしめながら笑顔で返すと、視線を合わせてないのに呆れた目で見られた気がした。
それでもイナイは諦めたのか、もうそのまま話を続行する。
「どうやらウムルがこの国に来てからも連絡を取っていた様でな、最悪の場合は受け入れて貰う予定だったらしい。人を容易く壊せて操れる薬ってのは、連中にとっては有用だったんだろう。まあ、集合地点に人を送っても捕まえられなかった当り、最重要って訳でも無いみたいだが」
「誰も居なかったの?」
「ああ。口を割ってすぐ人を向かわせたが遅かったらしい。予定時間に間に合わなかった事で、ウムルに捕まっていると判断したんだろう。時間厳守で何ともご立派な事だ」
「痕跡も何も無し?」
「なーんにも。むしろ拷問で口を割ったんじゃ無けりゃ、嘘じゃねえかと思う程にな」
「徹底してるねぇ・・・」
つまり今回の件で魔王崇拝が関わっているのは、研究者達がそう言っているだけ。
何も証拠が無い以上はそういう事になる。
「表ざたにして動く連中と、裏で動く連中と・・・もう一段深い位置の実働部隊が居る。それが確実だと判断できる材料が手に入っただけ、良しと思うしかねえかな」
「そんな判断材料が?」
「うちの連中動かして尻尾も掴めてないんだぞ。明らかにその辺の雑魚とは違う。表で暴れてる連中は陽動だって事だな。出来る限り裏で動いてる連中から目を逸らす為の」
「成程・・・」
「ただここに来てこんなでかい動きを見せたという事は、偶然じゃない可能性が在る。だから念の為タロウには話しておくべきだと思った。勿論クロトにももう話してある」
「ん、ありがとう、話し難い事を話してくれて」
「・・・話し難かった部分は、あたしがお前に甘えただけだけどな」
だから良いんじゃないか。というかそれぐらい甘えて下さい。
基本的に俺が甘えて世話になってるんだから、少しぐらい良いじゃんね?
・・・それにしても、魔王崇拝か。今までも良い気持ちは無かったが、実感したよ。
お前達は敵だ。俺の明確な敵だ。俺とってお前達は、話の通じない魔人と同じだ。
目の前に現れたら容赦も躊躇もしない。全力で対処する。
「―――――」
この国やヴァールちゃんの様な存在を生み出さない為にも、お前達は許さない。
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