第820話、出すには早い結論です!
アロネスさん殴り飛ばし事件の後、王女様が彼の看病をすると言い出した。
そんな王女様に対し、半数以上が暖かい目を、そして少し悲し気な目を向けていた。
あの様子を見てしまえば、幾ら鈍い俺でも何となく王女様の気持ちは察せてしまう。
本人はアロネスさんの状態に取り乱して、周囲の目に気が付いてなかった様に見えるけど。
ともあれそんな王女様に対し、我らが王妃様は特に異も無く任せると答えた。
そうしてアロネスさんが運び出された後、リンさんは背伸びをして言った。
「後はアイツが何とかするでしょ。自分でやらかしたんだから、自分で面倒見て貰わないとね」
つまりは王女様の想いも、その後の事も、アロネスさんにフォローさせるという事らしい。
とはいえその決定に異を唱える者は当然居るはずもなく、イナイも頷いて返していた。
そんな訳で一旦解散というか、休憩というか、自由時間になった感じだ。
「・・・なのに、何故か一人になってしまった」
自由時間と聞いた俺は、てっきりイナイとゆっくり出来るものだと思っていた。
だってイナイさん一応お休みだし。ここに来た理由も俺のせいみたいだし。
等と思っていたら、折角居るので相談に乗って欲しいと、リィスさんに連れ去られた。
「タロウ、また後でな」
「あっ、うん」
反射的に頷き返してしまい、当然イナイさんはスタスタと去って行ってしまった。
ならばシガルさんと、と思っていたら彼女は彼女で仕事が有るそうな。
どうもここまでの諸々の報告書を、今の内にしておきたいとか何とか。
当然ハクはシガルの傍に降り、ならば俺も一緒にと当然言った。
「ごめんタロウさん、気が散る」
そう言って追い出されました。はい。
ハクさんは竜形態で丸まってるから良いそうです。
俺も端っこで丸まってたのに。何がいけなかったんだ。
因みにクロトはイナイと一緒で、当然グレットも一緒だ。
こうなるなら俺も一緒に行けば良かったと今更ながらに思う。
ただ『また後で』と断言されたから、反射的に頷いてしまったんだよなぁ。
今更混ざりに行くのも何だか気まずい。聞いて良い話かどうかも分からないし。
「・・・まあ良いか。軽く訓練してよ」
そんな訳で人気のない場所を探し、丁度良さげな中庭で剣を振るっている。
暫く一人で黙々と鍛錬をしていると、唐突に魔力が周囲に走るのを感じた。
反射的に振り向くも、そこまで警戒心は抱いていない。覚えのある魔力だし。
「っ、アロネスさん?」
「おうタロウ、お前さっきは良くもやってくれやがったな」
少し驚いたけど、思った通りアロネスさんが姿を現した。
王女様との事はどうなったんだろうか。少し気になるけど聞くのも良くないか。
そんな風に疑問に蓋をしつつ、アロネスさんと軽くじゃれ合っていた。
ただ、気のせいだろうか。笑っているはずなのに、彼の気配が少し怖い。
目もちゃんと笑っている。俺に対しての敵意とかも感じない。
けど何だか少し怖い雰囲気を感じてしまった。
でも言及する程の核心も無く、他愛もない会話をすると彼は去って行った。
魔力の流れ的にかなり遠くまで。少なくとも俺の探知範囲の外まで言ったらしい。
また好き勝手にやってリンさんに怒られないと良いけど。
「しかし、大分痛い所を突かれたなぁ。ミルカさんが拗ねるかぁ・・・うん、拗ねるなあの人は。意外と感情豊かな人だし。表情が変わり難いだけで」
ジト目で「ふーん」って明らか拗ねた声音のミルカさんを幻視した。
まあそれを言い出すと「うふふー」って笑顔で怖いセルエスさんも浮かぶんだけど。
因みに私が一番恐ろしいのは「・・・」と何も言わずに見つめるイナイさんです。
「どうしたもんかな・・・良くない考えなのに、な」
思わず右手を見てしまう。黒くなって自分の力以上の力があった右手を。
今はもう普段通りの手だし、力も何時も通り貧弱なままだ。
クロトの言っていた通り、今は安定しているのか変化する気配は無い。
「・・・多分、あの時俺は、目も良くなっていたんじゃないかな」
ハクが言うには、目もクロトの様になっていたと言っていた。
戦闘中は必死だったから気が付かなかったけど、変わっていたならそのはずだ。
なら多分あの時の俺の目は、普段よりも数段階能力が高かったんじゃないだろうか。
ミルカさんの見切りは、浸透仙術を見る『目』の良さも関係している。
勿論感じると言って良いその感覚は、視覚としても筋肉の小さな捻りすら把握している。
それが未来予測に近いレベルの先読みを可能とし、それこそが彼女の一番の強みだと思う。
ミルカさんにとって仙術は戦力だけど、一番は体術の技術の高さなんだ。
あの『目』が有れば、その高みに少しでも近づけるかもしれない。
思わずそんな事を考えてしまい、フルフルと首を横に振る。
「・・・はぁ~~~」
思わず深く情けないため息が漏れる。本当に俺は弱すぎるなと。
降って湧いた力に縋ってどうする。制御出来ない怪しい力だぞ。
何時もの様な、少し無茶でもきちんと理解出来てる力じゃないんだ。
イナイやシガルと居れば安定すると言っても絶対じゃない。
クロトの様に操れるなら別だけど、無意識に使っていたような力なんて怖すぎる。
それでもあの力が有ればと、頭の片隅に受かんでしまう自分の弱さが嫌になる。
「だめだ、無駄な事考えてないで、鍛錬の続きしよう」
考えなきゃいけない事だとは思う。向き合わなきゃいけない事だと思う。
だって俺はあの人達に届く事を約束したのだから。
それでも今はまだ、この力に縋るのは違うと思った。
「そもそもまだ浸透仙術をミルカさん程使いこなせてないしな」
今回ノーモーション攻撃は出来たけど、割と神経使ってやったし。
しかも連発して、動く相手に当てるとなると尚の事無理がある。
「うん、そうだな、こっちの鍛錬が先だ」
浸透仙術と魔力を混ぜた身体強化も、今の俺じゃできないっぽいし。
単純に仙術と魔術混ぜた攻撃ならできるんだけどなぁ。
それだと結局バラバラの一撃で、混ぜ合わせた一撃にはなってない。
「・・・うっし、がんばりますか」
とりあえず気持ちを入れ替えて、鍛錬の続きに入った。
そうして暫く集中していると、イナイが近づいて来るの感じた。
目を向けるとグレットに乗った彼女と、その後ろでポケッとしているクロトが。
「こんな人気のない所でなーにやってんだ。またあぶねー事してねえだろうな」
「してないしてない。普通に剣と仙術の鍛錬してただけ」
「はっ、どうだか」
イナイはグレットに卸して貰いながら、俺の言い分を鼻で笑う。
これっぽっちも信用されていませんね。普段の行いのせいですね。
「そもそも仙術の鍛錬が本来は危ねえもんだろうが。ったく」
まあ、本来は、そうなんですけども。でも俺の場合は主戦力ですし。
仙術が一番使い勝手良いんですよ。特に相手が強い場合は尚の事。
直撃させたら動きを止められるのは本当にでかい要素なんすよ。
どっかの理不尽な女性陣は、当てても『痛い』で済ませますけども。
あれ本当に理不尽だと思う。何で直撃食らって痛いで済むんだよ。
「まあ良い。離れてる間不調は?」
「え? あ、ああ。いやうん、何ともないよ。この通り」
「・・・みたいだな」
一瞬何の事かと思ったけど、また黒くなってないかと聞かれた事に気が付く。
なので右腕を前に突き出して、特に問題は無い様子を見せる。
それで納得したイナイは小さくため息を吐いた後、少し目を伏せて口を開いた。
「・・・タロウ、今回の騒動を起こした連中は、どうやらとある集団から唆され、国を操ろうと考えた様だ・・・どこぞの終末思想の、魔王崇拝の連中にな」
「―――――どういう、こと?」
まさかその名前が出て来るとは思っておらず、びっくりして聞き返してしまった。
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