第819話、アロネスさんの心情ですか?

「・・・はしたない姿をお見せしました」


王女が泣き止んで目元をぬぐい、涙が無くなっても泣いた後は消えはしない。

充血した目に腫れた目元。どう考えても何かが在ったと解る顔だ。

そんな王女の目元に手を添え、ゆっくりと治癒魔術をかけていく。


「これで、誰も何も知らない。何も無かった」

「お気遣いありがとうございます」


ここでの話は誰も聞いていないし、誰も知らない話だ。

だから王女が泣く様な理由は無いし、問い詰められても困るだろう。

まあ一番困るのは俺だけどな。一体何をしたと詰められる未来が見える。


「では、アロネス様が目を覚まされたと、リファイン殿下にお伝え致します。アロネス様はここでごゆるりとお休みください。では、失礼致します」

「ええ、宜しくお願いします、王女殿下」


深く、想いを完全に断ち切るように深く、頭を下げて部屋を去る挨拶を述べる王女。

そんな彼女に貴族の仮面で応え、顔を上げた彼女はまさしく王族の顔をしていた。

やっぱ強いな。ウチの女共もそうだが、世の中強い女が多過ぎる。


「・・・いっっっっっっっってえっ!!」


そうして王女が部屋を出ていき、扉が閉まったのを確認してから腹を押さえる。

起きた時からずっと感じていた痛みにのたうち回り、慌てて治癒魔術を自分にかけた。


「くっそ、あいつら治療せずに放置しやがった・・・!」


恐らく罰のつもりで放置されたんだろう。この痛みに耐えながら寝たふりはきつかった。

頭を起こして王女に応えたのは、王女の為もあったがこの痛みも原因だ。


「無理、無理無理、こんなの何時までも我慢してられるかよ。あーくそ、痛かったぁ」


治癒が終わり痛みが消えた事で、深くため息を吐いてベッドに体を投げ出す。


リンの奴、加減はしたが、容赦は一切しやがらなかった。

まあこれでチャラにしてやる、って事なんだろうけどな。

お優しい王妃様で涙が出ますよ。ったく。


「あー、しっかし柄でもない事しちまったな。こういうのはタロウやブルベの役目だろうに」


俺は基本嫌われたり嫌がられたり、面倒な相手と思われるのが役どころだ。

こういうのは柄じゃねえな、全く。思い出すと体が痒くなりそうになる。

まあこれであの王女様が道に迷わないなら、柄でもない事をやった甲斐も在るが。


本音を言うなら、子供なんだから多少の我が儘を言って良いんだと、そう言ってやりたいがな。


「さて、軽く寝たおかげか体が軽いし、俺は俺の仕事に戻るかね」


正確には気絶だけどな。それでもベッドで転がってたおかげか体が軽い。

ここ数日まともに寝てなかったからなぁ。流石にそろそろしっかり寝ないと不味いな。

そう思いつつ腕輪から栄養剤を取り出し、勢いよく一気飲みする。


「っくはー、きくー! あー、目がしっかりと覚めて来た。っしゃ、行くかぁ」


薬のおかげでバチッと覚めた体でベッドから降り、探知で誰がどこに居るのかを探る。


「先ずはガキどもの様子を先に見に行くか」


転移で保護した子供に変化が無いか見に行くと、俺を見つけたガキどもは俺に群がって来た。


「あー! あー!」

「だー、うあー!」

「へいへい、良い子にしてたか?」


図体は少年少女の子供達は、赤子の様に俺に抱き着いて来る。

それをあやしながら体調をそれぞれ確認しつつ、面倒を見て居た部下から報告を聞く。

こいつらはガキ共の面倒を見て貰う為に態々呼んだ錬金術師達だ。


「何でお前だけそんなに懐かれるの? おかしくない? アロネスの癖に」

「妬ましい・・・私達だって面倒を見て居るのに、妬ましい・・・!」

「死ねば良いのにコイツ偉そうに」


誰一人部下らしい発言しやがらねえけどな。


俺が言うのも何だが本当に自由だよなお前ら。

子供好きな奴に頼んだが、懐かれないからって文句言うな。

あとお前ら怖いんだよ。子供好きの限度越えてんだよ。


取り合ずガキ共に悪化の兆候は無し。むしろ少し元気になっている。

まあこれは単純に、ろくでもねえ環境から保護した影響に過ぎない。

キチンとした食事と生活環境の中で、ゆっくり休む事が出来る様になった結果だ。


その経過報告を悪態をつかれながら聞き、俺も嫌味を返してから別の場所へ転移する。


「っ、アロネスさん?」

「おうタロウ、お前さっきは良くもやってくれやがったな」


鍛錬をしていたらしいタロウの傍に降り、ジト目でさっきの文句を口にする。


「だってリンさんの怒りを何時までも放置する方が怖いじゃないですか。アロネスさんも後々にしない方が、色々後腐れなくていいでしょう?」

「・・・」


思わず同意の気持ちが湧いたせいで何も言えなかった。

くそ、タロウの癖に口達者になりやがって。


「納得したけどムカつく」


タロウの頭をガッと腕で固定し、ぐりぐりと拳を押し付ける。


「あだだだっ、理不尽、理不尽ですよそれは!」


べしべしと俺の腕を叩くタロウだが、その力は貧弱そのものだ。

こいつ本当に力強くなんねえな。魔術の技量はクソほど上がってるのに。

とりあえず暫くぐりぐりして気が済んだので手を放した。


「いってぇ・・・もう、今回はアロネスさんが報告なしに動いたのが悪いんじゃないですか」

「わーってるよ。選択肢を潰す為に派手にやったからな。リファイン王妃様のお怒りも想定通りだっての。想定外だったのは、お前が思った以上に腕を上げてた事ぐらいか」

「イナイと二人がかりだったおかげですけどね」


まあ確かに、イナイがいなけりゃ逃げ出せた自信はあるが、それでも腕を上げている。

一瞬セルの奴を相手にしたかと思う程に繊細な魔力操作を感じたしな。

こいつにとって魔術は一番の命綱だ。一番に頼れる技術を生きる為に磨いた結果か。


「体術の方も、もうちっと頑張んねえと、その内ミルカが拗ねるぞ」

「うっ・・・が、頑張ります・・・」


タロウは身に覚えが有るのか、苦しそうな表情で応えた。

くくっ、これぐらいの仕返しで許してやるか。


「んじゃ俺はやることが有るから、また後でな」

「あ、はい」


タロウに手を振って転移し、人気のない森に出る。

先ずは周囲を探知で探り、付けられていない事を確認する。

そこからは転移を使わず徒歩で移動し、暫く歩いた所にある天幕に辿り着く。


天幕の入口には見覚えのある外套を纏った、ウムルの拳闘士隊の者達が立っている。


「何かあったか?」

「はっ、何も異常ありません」

「解った。入るぞ」

「はっ」


天幕の中に入ると、外から見た大きさとは別物の空間が広がっている。

中の空間を弄ってある特別な天幕で、天幕の中と外の堺では空間が歪んでいる。

なので出入り口以外には音が漏れず、出入り口を閉じれば完全に漏れなくなる。


問題が有るとすれば、完全に閉じると外の様子も解らなくなる事だが。

ともあれそれは、外から中の様子が解らないという事でもある。


「新しい情報は吐いたか?」

「いえ、あれからは、目新しい情報は有りません」

「そうか」


余り期待はしていなかったでの、新しいものが無いと言われても落胆は無い。


「ひっ、た、助け、助けてくれ、も、もう嫌だ、お願いだ、助けて・・・!」


俺の存在に気付いた男が、助けてと、怯え切った目を向けながら懇願して来た。


「ああ、助けてやるさ。何度でも、何度でもな。俺がお前を助けられる限りな。ウムルの錬金術師謹製の薬がたーくさんあるし、俺の薬師としての技術を込めた薬もたんまりある。お前が壊れない様に何度でも助けてやるさ」


俺がそう告げると男の表情が絶望に歪み、嫌だ、嫌だと小声で呟きながら震える。

けれどそんな逃避による自意識の崩壊を防ぐ為に、男の血管に薬を打った。

正気を失い始めていた男の目に、強制的に意識が覚醒したのを確認する。


「これは散々てめえが弄んだ命の代償だ。お前には壊れる事も許さねぇ」


ガキどもを壊し、自国の国王を壊し、王女も壊そうとした研究者。

こいつらが持つ情報は全て吐かせて、その上で誰が壊してやるものかよ。


「じゃべった! 全部喋った! 私はもうこれ以上何も知らない! 本当だ!!」

「いやいや、人間意外と色々忘れてるもんだから。衝撃で思い出す可能性もあるだろ? 話しやすい様に今日も親指の爪から行くか。大丈夫、どんなにボロボロになっても直してやるからな」

「いやだあああああ! たすっ、助けて、たすけてええええええ!!!」


安心しろ。気絶も、心を壊しての逃避も、お前達には一切を許さねえよ。


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