第817話、とりあえずひと段落です!
これでこの国と・・・ムルリレ国だったっけか。ムルリレとウムルの契約は成された。
ウムル側は基本ニッコニコだが、あちらさんはお通夜ムードだ。
まあお通夜なのは特定の人物達だけで、ポルブルさんとかはしれっとした様子だけど。
「では王女殿下、早速ですが船から人員を降ろしても宜しいでしょうか」
「はい、勿論です」
王女の頷きを確認したリンさんは、リィスさんの名を軽く呼んだ。
すると彼女は軽く頭を下げた後、すっと動いて部屋を出る。
ただすぐに部屋の中に戻って来て、また軽くリンさんへ頭を下げた。
恐らく連絡は済んだという事だろう。
「では皆様方、帰宅の際はウムルの者が付き添いますので、道中ご安心ください」
にっこりと告げるリンさんのそれは「逃げられると思うなよ」としか聞こえない。
多分今頃ウムルの人間が、各領主の車の周りでも囲んでんじゃねーかな。
これで急いで帰って私財確保とか、他国へ逃げる事も出来なくなった。
勿論何も持たずに逃げる事ならできるだろうけど、この領主達に出来るとは思えない。
何せどちらにも付かず、時流の流れにも気が付かず、ただ生き残っただけの連中だし。
「では皆の者、早々に動きなさい」
「「「「「・・・は」」」」」
そして王女様のその言葉で、お通夜状態の者達はゾロゾロと部屋を出て行った。
勝ち馬に乗ったつもりだった身から一転、これから苦労する事になるだろう。
少なくとも今までのような生活は不可能だろうな。
ただ最初にリンさんに下った領主は、そんな彼らを見てのほほんとしていた。
まるで自分は違うという様子の彼に対し、王女様は鋭い視線で告げる。
「・・・貴方もですよ。何を呆けているのですか」
「は、はひっ!」
慌てて部屋を出て行った領主が去った後に残ったのは、恐らくポルブルさんが信用できる相手。
つまりこの内乱に兵を出した領主達だけだ。後は彼らの兵が軽く居る程度か。
そんな人間しか居ない事を軽く確認した王女様は、小さくため息を吐いてから力を抜いた。
「ふぅ・・・これでこの国は変わるのでしょうか」
「変わらざるを得ないでしょう。少なくとも領主は奴隷の労働力への報酬を払う義務が生まれましたので。それが成せぬというのであれば、領主の必要はございません」
「ふふっ、実力主義のウムルらしい発言でございますね」
可愛らしく笑う王女様からは、さっきまでの怖い雰囲気は無い。
むしろ年齢通りの可愛らしい雰囲気だ。
「ポルブル、ご苦労でした・・・嫌な役をさせましたね」
「はっ、いえ、王女殿下の重責に比べればこの程度何の事は在りません」
ポルブルさんは膝をついてそう答え、王女様は少し困ったような笑みを見せる。
「私に重責など、傀儡にそこまでの価値も責任もありませんよ。しいて言うのであれば、死なない様に気を付ける事ぐらいですから。私が居ないとウムルが自由に動けませんからね」
傀儡。確かにそれは一理あるのかもしれない。今後この国はウムルの口出しを受け続ける。
そしてその口出しを続ける為に、少なくとも今の時点では王女の生存が必要だ。
王族である彼女がこの国の頂点を継いで、この国の指針として認めていないといけない。
彼女の同意の下だからこそ、ウムルは自由に動ける権利を持った。
つまり彼女が暗殺等をされた場合、一瞬で空中分解する状況な訳だ。
もう少しウムルの手が入って、状況が変わった後なら別だろうけども。
・・・俺としては、こんな少女に暗殺の危険がある、って時点で重責だと思うけどな。
「他の者達も、これまで随分を嫌な思いをさせて来ましたね。ウムルと共に立つと決めたのであれば、王家を良しと思っていなかったのでしょう? いえ、この問いは狡いですね・・・皆の気持ちは解っているつもりです。どうか今暫くこの命をお守り下さい。皆の目的の為にも」
儚げに笑うその姿に心を打たれない者は居るのだろうか。
たとえそれが演技だとしても、彼女の立場は本人が語った通りだ。
そして彼女を守り生き永らえさせる事が、この場に居る彼らの目的を果たす事に繋がる。
「我らは全力を持って貴女を、王女殿下を・・・いえ、女王陛下をお守り致しましょう」
彼らの返答は、臣下の礼を取った上で主人と仰ぐ言葉だった。
この関係は利害関係なのかもしれない。いや、間違いなく利害関係なのだろう。
それでもただ表面上だけの言葉で『守る』と言っているとは思えない雰囲気が有った。
「は~、これでひと段落ついたぁ・・・疲れたぁ・・・」
「「「「「は?」」」」」
そこに物凄く気の抜けた、ダラッとした声音が部屋に響き、同時に呆けた声も響く。
前者はリンさんで、後者は領主達だ。めっちゃくちゃ困惑しておられる。
まあ事前に『リンさん』を知っているポルブルさんは動じてないけど。
「王妃殿下、化けの皮をはがすのが早いですよ」
「化けの皮って言うな。そう言うイナイは良く猫被り続けられるよね。疲れない?」
「私は貴女と違って大人ですので」
「あたしだってもう大人ですぅー」
「どの口が言うのか・・・」
そしてイナイと言い合いを始めた事で、尚の事困惑の表情を深めていく皆様方。
王女様も困惑しておられる。尚リィスさんは呆れた様に溜息を吐いていた。
本当は突っ込みたいんだろうけど、王女様の手前黙ってる感じなんだろう。
イナイなら立場的に苦言をしても良い、って感じなんだろうな。
「あ、あの、王妃、殿下?」
「私の事はリンで良いよ王女様。いやぁー、肩凝ったぁ」
「え、あ、あの、本当に、王妃殿下なのです、よね。影武者とかでは、なく」
「うん、正真正銘リファイン・ボウドル・ウィネス・ウムルだよ。ごめんね王妃がこんなので」
あっはっはと笑うリンさんの様子に、王女様はおろおろした様子で視線を彷徨わせている。
というか、何か助けを求める様な視線をアロネスさんに向けているな。
視線に気が付いたアロネスさんは、一瞬リンさんに向けてから頭を下げた。
「我が国の王妃殿下はこれが本来の振る舞いにございます。この場に居るは信用に足る者のみと判断され、仲間としての振る舞いをなされたのでしょう。影武者でも、何か裏がある訳でも、王女殿下を試している訳でもございません。ご安心を」
「そ、そう、ですか・・・」
アロネスさんの説明を聞いた彼女は、あからさまにホッとした表情を見せた。
リンさんの言葉よりも、アロネスさんの言葉の方が信用は上の様だ。
直接助けたのがあの人って事を考えると、信用度は違うのかもしれない。
「騎士時代あたしを知ってる人は、どうせ私の王妃以外の顔も知ってるからね。勿論王妃様やってないと問題あるなら頑張るけど、もうこの面子なら必要無いでしょ?」
「有る無いで問うのであれば、無くはないのですけどね」
「何でさイナイ。もう腹の探り合いなんて要らないし、したらむしろ拗れちゃうでしょ?」
「・・・認めるのは癪ですが、その通りでしょうね」
リンさんには政治的な能力は余り無い。殆ど周囲のサポートが有って成立している。
本人にもその自覚が有るし、だからこそリィスさんの様な人を付けているんだろう。
けど本能的な直感とでも言えば良いのだろうか。ここぞの所を外さない感覚を持っている。
ポルブルさんに全てを打ち明けたのがきっとそうだ。それが最善だと直感しての行動だ。
「全く、王妃らしからぬというのに、貴女こそがウムルの王妃ですよ」
「へへっ、イナイにそう言って貰えると嬉しいね」
「・・・皮肉も込めてたんですけどね。はぁ」
イナイさん、リンさんに解り難い皮肉は通じないと思いますよ。
まあでもとりあえずリンさんの言う通り、今回はこれでひと段落なのかね。
「ともあれ、王妃殿下の言う通りひと段落着いたので、やるべき事をやりましょうか」
「そうだね、イナイ」
「あっ、しまっ」
がっと、逃げる暇も無い速さでアロネスさんを掴むリンさん。
イナイもゴキリと拳を鳴らし、何だか怖い笑顔になっておられます。
「ま、待て待て待て! 俺まだこの後やる事あるんだって! そういうのはまた後で良いだろ! ほら他国の目だってあるんだし、王女様の前で良くないだろこういうの!」
「言いたい事はそれだけかな、アロネス君?」
「後回しにしたら貴方は逃げるでしょう?」
アロネスさんは必死に抵抗を試みるも、リンさんの手から逃れる事が出来ない。
更に転移で逃げようとしたが、それはイナイが速攻で潰しにかかった。
なので慌てて本気で魔力を放ち始め、再度転移を始めようとした所を俺が潰す。
ふはは、視界切り替え状態の全力全開で潰してやったぜ。
この状態ならたとえアロネスさんでもそう簡単に逃げられまい。
なにせイナイと二人がかりだからね!
「タロウ、てめえ! 後で覚えてろよ!!」
「何の事ですかねー?」
その後のアロネスさんの結末は悲惨な物であった、とだけ語っておこう。
まあ王女様の手厚い看護受けてたし良いんじゃないですかね。アロネスさんだし。
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