第816話、とりあえず話は一旦纏まります!
王女様の後ろに控える貴族達は、この場に居ると言う事はそれなりに高い地位なんだろう。
だからこそ王女様へ意見を口にしたんだろうけど、その認識が一瞬で切り替わった。
もう誰も、下手に口を開こうとする者はいない。
「王妃殿下、失礼を致しました事、謝罪の言葉もありません」
「お気になさらず。貴女の口からであれば困りましたが、有象無象の戯言でしょう?」
「王妃殿下の慈悲に感謝を」
王女様へは許しを口にしながらも、後ろにいる連中には辛辣なリンさん。
彼女の為には許さないといけないけど、本当は気に食わないんだろうな。
それ以外の意味もあるのかもしれないけど、その辺りは解らないっす。
「では、話の続きを」
王女様の礼に頷きで返すと、リンさんは話の続きを促した。
と言っても内容は先程とほぼ同じで、奴隷制度の廃止の話だ。
ただもう少し詰めた内容を語り、更なる詳細が書かれた書類を出してきた。
「ご確認をお願い致します」
「拝読致します」
リンさんが指示を出して、リィスさんが差し出した書類を王女様が受け取る。
彼女は書類を端から端まで確認しているのか、暫く無言の時間が続く。
その書類が見える位置にいる貴族が目を見開いていたから、彼らには不利な内容なのかね。
ただ王女様も読み進めていく内に、眉間にどんどん皺が寄り始めた。
彼女にとっても不利な内容だったのかな。少し意外だ。
王女様は協力者の方向で話が進んでると思ってたし。
「あの、王妃殿下・・・本当にこの条件で宜しいのですか?」
すると王女様は、書類をテーブルに置くと恐る恐ると言う様子で訊ねた。
不満を口にする様子ではなく、本当に良いのかと尋ねる態度で。
「ええ、何も不備は無いと思っているのですが・・・何か問題がありましたか?」
「ですが、その、これでは、余りに我が国に都合が良いのではないかと・・・」
あ、逆か。王女様にとって都合の良い事が書いてあったのか。
そりゃこの状況で自分に都合の良い事書かれてたら困惑するよな。
あれ、となると後ろの連中もそれで驚いてたのかな。
「そうでもありませんよ。援助の前提として、ウムルの指導が入りますから。少なくとも今までのような生活は保障できません。少なくとも実力主義のウムルでやれる手腕が無ければ」
あー・・・成程、成程。条件自体はとても良いけど、但し書きが付いてる感じか。
王女様としては『指導』が入るのは当然だとは思っていたんだろう。
ただその指導の度合いが、王女が考えている物とはまるで違うと思うよって話か。
「・・・成程、つまり私も試される立場になる、という事ですね」
「ええ、王女殿下。期待しておりますよ」
ごくりと喉鳴らす王女様に対し、ニッコリ笑顔で返すリンさん。
多分本当に期待しているんだろうな。何となくそんな気がする。
「こちらの書類にはイナイ様の記入がございませんが、同意したものと見て宜しいのですか?」
やっぱり居ないの経済制裁の件が気になるのか、直接確認する為に問いかける王女様。
「王女殿下が記入為された後に、私も、そこのアロネスも記入させて頂きます」
「―――――、そうですか、アロネス様が」
・・・やっぱり気のせいじゃないよなぁ、あの目って。
アロネスさんは気が付いているんだろうか。気が付いてるよね。
とはいえ立場の在る人の話だし、気が付いた所で何を言う訳にもいかないか。
「この身はアロネス様が居なければ、きっとなにも成せずに死んでいった身。ならばその恩を返す意味でも、ウムルの要求を呑む事に否など有りません。ペンを」
「お――――」
王女様が優しい笑みで語りながらペンを手に持つと、慌てた様子で貴族が動こうとした。
だが今度は宣言通り、その瞬間ポルブルさんの部下が動いて組み伏せてしまう。
更には猿轡までして喋れない様にしてから、ぎちっと縛り上げまでする始末だ。
「・・・牢に放り込んでおきなさい」
「はっ」
王女の絶対零度の視線と共に放たれた言葉に、ポルブルさんが即座に応えて指示を出す。
牢と言われて貴族は暴れ出すが、兵士達は知った事では無いという表情だ。
「・・・あの方の後ろに居て、命拾いしましたね。これで本気だと理解出来ましたか?」
貴族が運び出された後、王女は残った者達にそう告げる。
その言葉に青ざめた様子の連中は、先程運ばれた男に少し遅れて動こうとしていた。
「折角生き残る機会をふいにするなど、私には理解しかねますね。ああ、特権階級に居る事がお望みですか。なれば王妃殿下の告げた通り、力を見せれば良いだけの事でしょう。良かったではないですか。ウムルの指導を得られれば、有能な力を振るう事が出来るのですから」
暗に、無能は要らねえ、って言ってるよねこれ。
「・・・王女殿下、発言をお許し頂けないでしょうか」
「聞きましょう」
それでもそのうち一人が、意を決した表情で王女へ問いの許可を得た。
今度は取り押さえなかったのは、そいつが膝を付いてから言葉を発したからかな?
「もしその条件を受け入れたのであれば、内乱が起きます」
「成程、貴方は兵をあげて私に逆らうと言うのですね」
「・・・その様な事を申し上げたつもりはございません。ですが急激な変化は、受け入れられない者を多く生み出します。なれば内乱となるのは必然の流れでございましょう」
言わんとする事は解る。実際元々は内乱を誘う為に、色々やってた訳だしな。
急激な変化と圧力によって、この国が自滅していくようにと。
「成程、ですがそれには一つ、前提が足りていませんわね」
「・・・前提でございますか?」
「ええ、先ずその内乱で『兵士』はどれだけ集まるのでしょうね」
「そんな物、当然―――――」
一瞬馬鹿にしたような表情を男が見せ、けれど次の瞬間固まってしまった。
「当然、どうしました?」
「――――――いえ、出過ぎた事を申し上げました」
そして王女様が首を傾げて問いかけると、何事もなかったかの様に頭を下げた。
今の一瞬に何が有ったんだ。俺には何も解らなかったんですが。
「奴隷を兵士の数として数えてたんでしょ。でも王女様が『兵士』って強調したから、その部分に気が付いたんだと思うよ。もし奴隷を兵士として使うなら、この後すぐに戦争の準備をしないと間に合わないし、後々にするなら兵士を蓄えないといけないから」
またこそっとシガル先生が教えてくれた。成程詰んでる事に気が付いた訳だ。
この国がウムルの庇護下に入るのであれば、ウムルの騎士兵士は速攻で動く。
そもそも飛行船に人員連れて来てるっぽいから、許可貰えれば後は人を降ろすだけ。
となれば即座に戦争の準備をするのは、ほぼほぼ不可能と言って良いだろう。
となると内乱を起こす為に私兵を蓄える方法だけど、そっちもほぼ不可能と言って良い。
だってウムルの指導入るもん。色んな所にウムルの目が入るのにどうやって蓄えるのかと。
ウムルがすぐに動くと思ってない奴は、帰って即動くために黙っている感じかね。
「もう発言許可を求める者は居りませんね?」
王女様の問いは、問いであって問いじゃない様な気がした。
もういい加減面倒くさいから喋るんじゃねえよって感じ。
「では・・・」
反論が無い事を確認してから、さらさらと名前を記入する王女様。
更にこの国の印を上から押して、書類をイナイの方へとスライドさせる。
イナイはその内容をキチンと確認してから、しっかりと『タナカ・イナイ』と書いた。
その間に王女にもう一枚書類が渡され、それにもさっきと同じ様に名前を書いている。
「アロネス」
「はっ」
そしてリンさんが名を呼んだ所で、アロネスさんが名前を記入する。
当然二人の名前の上にも、二人の身分の印が押されていた。
そうして二枚の記入書類が出来上がり、王女様とリンさんの前に置かれる。
「今回の件に関わった三名、皆この国の支援を認めます。宜しいですね、イナイ、アロネス」
「「王妃殿下のお心のままに」」
「感謝いたします・・・王妃殿下、イナイ様、アロネス様」
こうして、この国がウムルの庇護下に入る事が決まり、そして支援することも決まった。
・・・王女様、最初にアロネスさん呼びかけてたな。口が完全にその形だった。
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