第815話、王女様の判断です!

「では改めて・・・この度はわが父、国王陛下を亡き者とした逆賊の討伐、並びに城の奪還にご協力頂けた事、心より感謝致します。ウムルの力が無ければ不可能だった事でしょう」


要人が席に着いて本格的な話が始まると、先ず王女は感謝を述べた。

その言葉に数人、嫌そうな反応を見せているのは俺でも解る。

ただウムルに向けてと言うよりも、ポルブルさん達に向けての感情みたいだ。


多分だけど、自分達の知らない所で上手くやりやがって、的な感情だろう。

王女の危機に素早く動いた者と、終わってから出て来た者達。

今後国でどちらが優遇されるかと言えば、当然前者だろうし。


「ウムルの助力が無ければ、今頃私もどんな目に遭っていた事か。地下牢から私を救い出して下さったアロネス様には、幾ら感謝を述べても足りません」


王女はそんな後ろの反応を気にせず、チラッとアロネスさんへを目を向ける。

その目はとても優しく、そしてどこか俺を見るシガルの表情に似ている気がした。


「勿論アロネス様に指示を出し、助力の許可を出して下さった王妃殿下も同じ事。口頭で幾ら感謝を述べたとしても足りない想いです」


それリンさんが指示したんじゃなくて、アロネスさんが勝手に動いたんすよ。

んでやって良いと許可出すというよりも、それしか選択肢が無かったってだけなんだよなぁ。

王女は真実を知っていて言っているのか、それとも本気で知らないのかどっちなんだろう。


「私共も王女殿下をお救いで来た事は幸運だと思っております。もし貴女の危機をアロネスが察知できずに居たならば、私共の目的は果たされる事は無かったでしょう」

「目的、でございますか?」

「ええ、この国の今後を話す前に、貴女に伝えておかねばならない事がございます」


王女が感謝を述べるのに対し、リンさんはにっこりと笑い、でも何処か不穏な気配がある。

その様子に気が付いたのか、王女は少し首を傾げて問い返した。


「王女殿下はご存じかもしれませんが、現在ウムルは貴女の父へ・・・国王陛下への抗議の為に行動しております。それと言うのも我が国では認められていない奴隷を、我が国の街道を使う為にウムル国内へ入れたのみならず、その奴隷を我が国で売りさばこうとされましたので」

「・・・」


他国では禁制の品を、禁制と解っていて売りさばこうとした。

それも今では大国と呼ばれるウムルに、奴隷しか商売品の無い国が。


その事実を突きつけられた王女は、きゅっと口を固く閉じ困った顔を見せる。

もしかすると彼女は何も知らなかったのかもしれない。

いや、閉じ込められていた事を考えれば当然か。


「ウムルからの抗議文に対し、国王陛下は商人の独断と返されました。商売の許可を得て奴隷達に通行の為の身分証を出しておきながら、商人達の独断と」

「それ、は・・・」


そんな事があるはずが無いのだと、王女は解ってしまっているのだろう。

返す言葉が出ず、小さくそんな声を漏らす事しか出来ない。


「当然商人達は捕縛の上、奴隷も我が国で保護させて頂きました所、奴隷達は年端も行かぬ子供が多く、まともに口もきけぬ様な扱いを受けた子が大半。更にはこの国の生まれではない奴隷も居た事が解り、私自らこの国へ視察に参った次第です」


子供の奴隷。この国の生まれではない奴隷。それだけならきっと問題にならない。

いや、心情的には問題だけど、それだけなら本当に問題が無いんだ。

この国は奴隷の売買が認められていて、正式な手順を踏んでいれば良いのだから。


けれど、本当に正式な手順で仕入れた奴隷なのか、と言う点が問題だった。


「私どもは違法奴隷を疑っております・・・いえ、確信しております」

「・・・何か、確信に至る理由が?」

「私共も襲われましたので。領主と契約した野盗に襲われ、捕らえた際は証拠隠滅の為に兵士達が消そうとしましたね。その地の領主からは色々と・・・ええ、色々と聞かせて頂きました」


そこでリンさんはちらりと目を動かし、その喋った領主へと目を向ける。

この国に来て最初の頃に、色々とやらかしてくれた領主だ。

彼はポルブルさん側へは居るものの、彼らと違って顔色が悪い。


話の流れ的に、自分が処罰される想像をしているんじゃないだろうか。

他の貴族達は彼の様子を見て鼻で笑う者と、余計な事をって感じで睨んでる者に分かれる。

前者は馬鹿が下手を打ったと、後者は自分に迷惑をかけてくれるなよといった所か。


まあ、そういう反応になるのも解る。だってどう考えても処罰の流れだしね。

更に言えば、普通ならこのまま領主がスケープゴートにされるのだろう。

逆賊連中と手を組んで、ウムルに害を為したとして。


後は賠償金とかも、そいつらの私財没収して支払うとか、そんな感じになるんじゃないかな。

・・・普通ならな。でもそうはならない。だってリンさん大概ブチ切れてるし。


「他人事の様な態度を見せておられる方々は、何を言われているのか理解されておりますか」


連中に対し、リンさんが結構な威圧感を放ちながらそう口にした。

突然放たれた強大な威圧感に、慣れていない者達は身動きが取れなくなる。

目を見開き、威圧感を放つ存在を凝視し、カタカタと歯を鳴らして。


ポルブルさんも威圧感に耐えている感じは在るが、知っているので問題はなさそうだ。

彼の兵士も同じく、ただ彼の味方であろう者達も結構怯んでるな。

ただその中で凄いなと思うのは・・・王女様だろう。


大の大人が怯えて歯を鳴らしている中、それを堪える様にぐっと歯を噛みしめていた。

彼女に対して向けていないというのも理由ではあるけど、初見でこの威圧に耐えている。

すげえなこの子。いや、この人。俺なら怖くて震えてるよ絶対。


「王妃殿下、王女殿下の前です。はしたないですよ」

「あらイナイ、ごめんなさい。どうしても騎士時代の癖が抜けなくて。ふふっ」


ただ途中でイナイが止めると、ふっと威圧感が消えてなくなる。

自分に向けられた物じゃないのに、消えた瞬間小さく息を吐いてしまった。

それは王女様も同じだったようで、かなり小さくではあるが息を吐いている。


「ウムル王国に対して、我が国が不快にさせた事、心からお詫びをしたいと存じます」


そして先程までの明るい声とは違い、固い声音で謝罪を口にした。

別に彼女は何も悪くない。だって彼女は捕えられていただけなのだから。

そもそも軽く話を聞いた感じ、父親とも別に仲が良かった訳じゃないっぽいし。


それでも彼女は王女様として、今代表として立てる者として頭を下げている。

格好良いなと思った。謝っているその姿がとても格好良いと。

俺が彼女と同じ年齢で同じ立場だったとして、同じ様に謝れるだろうか。


きっと無理だ。理不尽への怒りを持つ。何故俺がこんな目にと思う。

けど王女様からはそんな気配は一切ない。

それはきっと、彼女が本物の『王女様』だからなんだろう。


王族の務めを理解している本物の王族。きっとそれが目の前の女性だ。


「そのお言葉が聞けて良かった。それだけでも自ら足を運んだ甲斐が有りましたわ」


リンさんはそんな王女様に対し、にっこりと笑顔を向ける。

向けられた王女様はと言えば、当然表情は硬いままだ。

そりゃそうだろう。肝心な話はこれからなんだから。


「今度この国がウムルの庇護下に入るにあたり、不和は少しでも無くしておきたいですから」

「そう言って頂けると、大変ありがたく存じます」


これが一番メインの話だからね。この国はウムルの庇護下に入るか否かって。

ただ今の会話から察するに、王女様は最初から了承してる感じなのかな。

後ろの連中は聞いていなかったのか、目を見開いて王女を見て居る。


「友好的な相手には友好で返すのがウムルです。敵対した場合は容赦はしませんが、王女殿下にそのつもりはないようですし、穏やかな話し合いで終わりそうですね」

「ウムルに敵対行動など、余程の大国か大馬鹿だけでしょう」

「ふふっ、どうでしょうね」


ニコッと笑って答えるリンさんだけど、実際本当にどうなんだろうね。

今までイナイに色々聞いてる身としては、表立って喧嘩売って来ないだけな気がする。

ああ、だから『大馬鹿』と付け加えたのか。そういう奴も要るよねと。


「王女殿下、私としては貴女に同情をしています。今回ウムルがこの国に抗議を始めたのは、貴女の父・・・正確に言えば国王陛下を騙った逆賊達によって引き起こされた事。故に貴女に非は何も無い・・・とはさすがに言えません。貴方は王族なのですから」

「はい、勿論承知しております」


やっぱり、今回の件はこの国王じゃなくて、国王殺した奴らがやった事になるのか。

本当は違うはずだけど、王女様の事を考えたらその方が良いのかもしれないな。


「宜しい。では具体的な話をしましょう。先ず大前提として、ウムルの庇護下に入る以上援助の類は当然させて頂きますが、奴隷売買は廃止して頂きます。いえ、奴隷制度そのものを廃止といった方が正しいですね。でなければ援助は出来ません」

「「「「「なっ!?」」」」」


叫んだのは当然、後ろで自分には関係ない、ってツラしてた連中だ。

つまり全員奴隷売買で儲けていたという事だろう。

ポルブルさん達は元から知ってる話なので、何の動揺も見て取れない。


「ふざけるな! それでは結局我が国に死ねと言っているではないか!」

「そうだ! 奴隷を無くした場合労働力はどうなる! 我等でやれとでもいうつもりか!」

「王女殿下! このような話受けてはなりません! 援助などどうせ打ち切るつもりです!」

「そうですぞ! 結局ウムルは我らを許す気は無いのです!」


このままでは収入減が無くなると、やっと危機感を覚えた連中が騒ぎ出す。

ただこの段になってそんな事を言い出すのは、何も現実が見えて無さ過ぎる。


「黙りなさい。ウムル王妃殿下の御前ですよ」

「しかし王女殿下! この女は貴方が世間を知らぬと騙しにかかっております! どうか賢明なご判断をお願いいたします!」


王女様が黙れと言っても、それでも男達は黙らない。

まあ必死になるのは解るよ。自分の生活壊されるの嫌だもんね。

でもそれが色んな人の犠牲の上でだと、同情の感情は湧いてこない。


つーかリンさんの威圧に怯えてたのに、良くこの切り返しが出来るな。

ある意味尊敬する。真似は絶対しないけど。


「・・・貴方、どなたですか?」

「え?」


そんな男に対し、王女様は感情が抜け落ちた様な表情で顔を向けて問いかけた。

男は一瞬怪訝な顔をするも、すぐに落ち着いた表情を取り戻して口を開く。


「これは失礼致しました。王女殿下とは顔を合わす機会が余り無く、存じ上げられておられぬかもしれませんが、私は――――――」

「黙れ」


自分が誰なのか。それを騙ろうとした男に対し、王女様ははっきりとそう言った。

目の前に居るのは少女と言って差し支えない。だと言うのに異様な威圧感がある。

リンさんの放つ戦士としての威圧ではなく、上に立つ者の風格とでも言えば良いのだろうか。


「誰が発言を許可した。私は貴様に黙れと言ったはずだぞ。貴様が誰かと聞いたのは、貴様が我が国の貴族であるなら黙るだろうという問いだ。その程度の事も解らぬ愚鈍が口を出すな」


王女様めっちゃ怖い。さっきと雰囲気が違い過ぎる。

睨み顔がすげー様になってて、それでもチンピラっぽく無いのが流石王女様。


「そもそも貴様らの話を聞いて何の価値がある。貴様らがこの国の現状を打開できると思っているのか。イナイ様以上の価値を貴様らが示せるとでも言うつもりか。でなければ大人しく黙っていろ。国の今後を左右する場に立たせているだけ温情だと思え」


イナイの経済制裁を打破できる程の成果が上げられるのか、って話か。

男達はイナイの凄さは理解しているのか、それとも王女の迫力に負けたのか。

どちらにせよ男達は黙り、それを確認した王女様はポルブルさんへと視線を向ける。


「ポルブル、次に私の許可なく余計な発言をした者は、容赦なく捕えて牢へぶち込め。話し合いの邪魔だ。暴れる様なら斬り捨てても構わん。温情も理解出来ん愚図は害悪でしかない」

「はっ、畏まりました」


了承なんだ・・・うへぇ、ちょっと怖いよう。俺も大人しく黙ってよ。

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