第814話、大事な場に同席します!

とりあえず問題は残ったままだが、対処法はあると言う事で話はついた。

なのでこちらの話が済んだ以上、本来の業務に戻る必要がある。

つまりこの国に来た理由、王妃殿下の護衛に戻らなければいけない。


「んじゃ、降りるぞ」


イナイの言葉通り飛行船を降りて、グレットにイナイとクロトを乗せて城へ向かう。

移動中グレットを見ていたが、この子ってば本当に優しい子だなと思った。

いやだって、乗ってるイナイとクロトが揺れないのよ。


流石に全く揺れないのは無理だけど、殆ど揺れなく動いている。

再会の時も気遣っているなと思ったけど、改めてみると物凄く気を遣っているのが解る。

そんなグレットの背を優しくイナイが撫でると、グルグルと嬉しそうに鳴いていた。


初めて会った時はハクに怯えつつも、それでも気性は荒かったんだけどな。

いや、最初からシガルに懐いていた事を考えると、根はこんなもんだったのかも。

野生で生きていくには必要な気性が、ペットとして生活する内に消えたのかな。


「グルゥ?」

「ん、何でもないよ。お前は良い子だな」


じっと見て居た事に気が付いたグレットが、どうかしたのかと首を傾げる。

そんなグレットの頭を撫でると、それもグルグルと嬉しそうに喉を鳴らす。

この子俺の言葉だけがいまいち通じてないんだけど、褒めたのは解ったらしい。


そうして城門に辿り着くと、イナイの姿を見つけた騎士がこちらに近づいて来た。

因みにこの国の騎士ではなくウムルの騎士だ。応援要員っすね。


「イナイ様、お迎えに上がりました。王妃殿下の下へご案内いたします」

「はい、宜しくお願いしますね」


どうやらイナイが帰って来たら案内する様に、とリンさんから指示を受けていたらしい。

正確にはリィスさんだとは思うけど、まあその辺りは言うだけ野暮だろう。

リンさん王妃様やってるけど、彼女の本性を知ってる騎士はかなり多いからね。


そして騎士に案内されて城まで向かい、流石に城内までがグレット君は入れない。

と思っていたんだけど、どうも王女様が入場許可を出したそうだ。

身重の女性に長い廊下を歩かせるつもりかと、苦言を呈した者達に告げたらしい。


と言う訳で他のお偉い方は黙ってしまい、イナイさんはグレット君に乗ったままです。

こちらとしてはとてもありがたい。イナイ本人は気にしないで歩くとは思うけど。


「良い人だね、王女様」

「まあ、うん、そうだね」


思わず俺がそう漏らすと、シガルは少し目を逸らしながらそう答えた。

あれ、何か含みがある感じの反応。もしかして別に良い人だからって訳でも無いの?


・・・でもそうか、良く考えれば当たり前の対応でもあるのかもしれない。


イナイはウムルにとって大きな存在だ。それは別に皆の姉貴分だからじゃない。

勿論身内にとってはそれが最大の理由だけど、彼女の功績はとてつもなく大きい。

ウムルの文化向上は彼女とアロネスさんの力だ。そしてその成果は国外にも渡る。


今後ウムルと良い付き合いをして行きたいと思うなら、イナイに不快を与えるのは悪手だ。

政治的なあれこれを考えると、不愉快でもそうせざるを得ない、と思ってる可能性もあるか。

そういえば忘れかけてたけど、この国イナイに経済制裁食らってんだし。


「こちらになります」


この国の兵士らしき者が守る扉が開かれ、案内の騎士に促され皆奥へと進む。

体の大きいグレット君でも余裕で入れる扉なので、イナイは乗ったまま進んでいく。

そうして中に入ると、大きな机と沢山の椅子の有る、ぱっと見会議場の様な所だった。


そこに居るのは当然リンさんとリィスさん、それと護衛の騎士さん達。

アロネスさんも居て・・・後はポルブルさん以外は見覚えのない人達が多いかな。

一応彼の所の兵士さんは解るけど、この場に居る兵士は彼の所の人だけじゃないっぽい。


ひときわ若い女性・・・女の子がリンさんの前に座っているけど、あの人が王女様だろう。


「お待ちしていましたよ、イナイ」

「遅くなり誠に申し訳ありません、王妃殿下」

「構いませんよ。私と貴女の仲ではありませんか」


今日は王妃様モードでニコリと笑うリンさんに、イナイも貴族モードで礼をする。

とはいえ相変わらずグレット君に乗ったままなので、その事に驚く者達も居たけど。

勿論驚いているのはあちらさんで、ウムル側は何時も通りの光景だ。


ただイナイはそこでグレットから降りて、王女様らしき少女へと頭を下げた。


「王女殿下も、私用で待たせてしまった事、大変申し訳なく思います」

「いいえ、お気になさらず。事前にお話は聞いておりましたし、了承の上ですから」

「寛大なお言葉、感激の極みでございます」


ニコリと可愛らしい笑顔で微笑む王女と、同じ様に笑顔で返すイナイ。

ただその様子を見た王女側の者達が、何か納得した様な態度を見せている。

相変らずこの辺り、事前に説明が貰えないと理由がさっぱり解らん。


「こちらこそ、不愉快な目を向けている事を謝罪したく」

「お気になさらず。ウムルが特殊なだけですから」

「いいえ、なればこそ我々はウムルを学び、そしてウムルと良き隣人として生きて行かねばなりません。その自覚が足りないという事は、国に損害を与える事。せめて謝罪だけでも」


うーん? んー、いまいち解らないけど、後ろの人達の態度が良くなかったって事かね。

王女の発言を聞いて少し狼狽えたっぽいし、多分そういう事なんだろう。

ただまあ、ポルブルさんとかは全然動じた様子が無いんだけども。


「王女殿下のお心、お受け取りいたします」

「感謝致します、ステル様」


あら、王女様もいないの事ステル呼びなのか。まあそっちの名前の方が有名だもんね。

リンさん達は国外の客も読んで結婚式したけど、俺達は国内だけだもんね。

タナカ・イナイが浸透するには、数年どころじゃなく時間が必要そうだなぁ。


ただイナイは名前の訂正をする様子を見せず、視線をリンさんへと向ける。


「イナイ、こちらにどうぞ」

「はい、王妃殿下」


王女様との会話を済ませたイナイは、リンさんに指示に従い彼女の隣へ。

その事でも少々含む様子を見せる者も居たけど、王女様が冷たい視線を向けると黙った。


因みにこの場で席に座っているのはたった三人だ。

リンさんと、王女様と、そして今座ったイナイ。

ここで何となく俺も理由が解った。つまり立場の話だろう。


リンさんはイナイを王族と同列に扱っている。下手をすれば自分と同じぐらいの立ち位置に。

そして王女様が正面に居るのは、リンさんが同じ立場として認めたんだろう。


あちらの国の貴族にとっては、自国の王女と王妃が同じなのは別に良い。

だがイナイがその場で同列なのは不愉快だ、的な考えなんじゃなかろうか。


「重ねて謝罪を・・・」

「王女殿下、気持ちはお受けいたしますが、余りお気になさらず」

「ステル様は誠にお優しい方ですね」

「王女殿下が気遣いの出来る方故でございます」


だから王女様としては、ウムルにそんな態度とってんじゃねえって思ってるんだろう。

目の前の相手を不愉快にさせない為に、必死になって謝ってるんじゃないかな。

なんか可哀そうになって来た。こんな小さな子が代表で頑張ってるのに。


ただそういう反応を見せているのは、半数くらいって事が救いか。

ポルプルさんは当然気にしてないし、他にも動じていない人も居る。

動じていない人達は多分、ポルプルさんが手紙を出した相手な気が。


「勝ち馬に乗ったつもりで、今からが苦しいの理解できてないんだよ、あの人達」

「・・・成程」


俺達は少し後ろの方に立っており、あちらに聞こえない様にシガルが説明してくれた。

要はあの態度の微妙な連中は、どっちつかずの間にカタが付いた者達なんだろう。

だから殆ど決着がついた今、勝った側の方に立っている。ただそれだけ。


つまり統治する人間が変わっただけだ、と思っている可能性が在る人間達か。

それは今後苦しいだろうな。確実にこの国は今まで通りには居られないし。


「王女殿下、どうぞ私の事はイナイと、そうお呼び下さい」

「宜しいのですか?」

「はい」

「ではイナイ様と」


その辺りで、イナイは自分の名を呼ぶ様に告げ、王女はそれを了承した。

タナカと呼ばせなかったのは、何か理由でもあるんだろうか。

あ、あれかな。人前で訂正するのが失礼とか、そんなのかな?


しかし何時もながら思うけど、自分だけ場違い感が凄まじいなぁ。

俺ここに居て良いのかな。いや居なきゃいけないのか。護衛だった俺。


・・・護衛対象がリンさんって時点で、護衛してる気にならないの俺だけじゃないよね、絶対。

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