第813話、全力で断言出来る自信です!

「・・・やけに自信満々だな。私が殴らねーと戻れなかったくせに」


特に問題が無いと判断した俺の様子に、イナイが少し怪訝そうな表情で告げる。

たぶん魔神になりかけたのを目の前で見た彼女には、俺の自信が信じられないんだろう。

実際その事を考えると、俺の自信なんて信用は無いだろう。でも、それでも。


「自信はあるよ。俺は二人が居ないと駄目だからね。イナイとシガルがいて、それで初めて俺は俺だって言えるから。この世界で俺が生きる理由は二人だから。それに・・・」


チラッと、可愛い息子を見る。成り行きで育てる子になった子供を。

ある意味で本当の息子な、養子として引き取ったクロトを。

それからイナイのお腹に、これから生まれて来る子供に目を向ける。


「子供も居るんだ。守らなきゃいけない子供が。愛した人の子供が。なのに自分じゃなくなってなんて居られない。皆で幸せになるって約束したんだから」


イナイを幸せにするでもない。シガルを幸せにするでもない。俺が幸せになるでもない。

皆で幸せになろう。子供が生まれたら子供も一緒に幸せになろう。

それが二人と交わした約束だ。その約束を果たす為には皆が居ないといけない。


「俺は二人が愛してくれる限り、俺が俺である事は見失わない。そう断言出来る」


余り格好良くない言葉な事は解っている。二人がいないと駄目だと言う事なのだから。

愛してくれるなら頑張れると言えば聞こえは良いが、でなければ頑張れないとも言っている。

師匠達の事すら捨て置いて、ただ二人の事だけが俺にとって大事だと、そう言っているんだ。


けど、俺にとってはそれぐらい二人の事が大事で、そして愛して欲しいと願う相手だ。

師匠との約束を守る俺であろうと思うのだって、根本を考えれば二人が居るからだろう。

イナイが居場所をくれて、シガルが尻を蹴り上げて、だから俺は頑張る事が出来る。


タナカ・タロウがこの世界で生きる理由は、愛した二人が俺の傍に居てくれるからだ。


「全く、恥ずかしい事を堂々と・・・」

「ふふっ、流石にちょっと顔が赤くなるね」


その宣言を聞いた二人は、それぞれ違う反応を見せた。

イナイは少し照れ臭そうに笑い、シガルは言葉とは裏腹にとても嬉しそうだ。

何故かクロトも明るい様子を見せていて、ハクはうむうむと頷いている。


クロトは兎も角、ハクはシガルが嬉しそうだから良いか、って思ってそうだ。


「タロウさんっ」

「おっと」


シガルはもう堪え切れないといった様子で、俺の胸に飛びついて来た。

そのままギューッと俺を抱きしめ、胸にぐりぐりと顔を擦りつける。

何か猫みたいだな思いつつ、抱きしめ返しながら彼女の頭を撫でた。


けどすぐに片手を開き、イナイへと視線を向ける。

ただイナイは俺の意図を理解しつつも動かず、チラッとハクへ視線を向けた。

けれどハクは首を傾げるだけで、視線の意味を理解していない様に見える。


「はぁ・・・まあ、ハクの前なら今更か」


ただイナイは溜め息の後で立ち上がり、ゆっくりと近づいて来た。

シガルはそんな彼女を笑顔で見て、場所を開ける様に横にずれる。

当然できたスペースに、少し照れながらポスンと収まるイナイ。


そして俺に抱き着くと言うよりも、縋る様にすり寄って来た。

この人、この行動が既に可愛いって自覚無いんだよな。

無意識に可愛いから困る。本当に愛おしい。


ただその気持ちは俺だけではなく、シガルも同じだったのか顔がにやけている。

その気持ちのままに動いたのか、彼女はイナイごと俺を抱きしめて来た。


「あー、イナイお姉ちゃんだー。可愛いー」

「解る。可愛い」

「・・・納得いかねぇ。シガルも立場は一緒だろうに」


俺達の言葉に不満そうな返答のイナイだけど、その言葉に不愉快さは感じられない。

この人何だかんだ押しに弱いというか、根っこは割と甘えたがりな所あるからね。

久々にこうやって抱きしめ合っているのが嬉しいのは間違いないと思う。


うん、そう思える。愛しているし、愛して貰えていると、そう断言できる。

昔の俺なら自信満々にそうは思えなかった。他人の気持ちを簡単に断言できなかった。

けど二人が俺を愛してくれる事だけは、何時だって自信をもって断言できるんだ。


だって二人が全力で愛してくれるから。愛していると教えてくれるから。

この気持ちで魔神を抑えられるというのなら、抑えられないはずが無いんだよ。


「あー・・・幸せ」


イナイとシガルの二人を抱きしめ、帰ってきた気持ちを物凄く実感する。

勿論ここはウムルじゃないし、樹海の家でも無いし、シガルの実家でもない。

でも二人が居れば、そこが俺の帰る場所だと、そう思う。


それに何だかんだ俺も気を張っていたみたいだ。クロトの言葉でやっと安心したらしい。


「クロトも、おいで」

「・・・うん」


俺達の邪魔をしない様にしていたクロトを呼ぶと、嬉しそうな様子で頷いた。

そしてトテトテと近づいて来て、シガルとイナイの間に挟まる。とても嬉しそうだ。


『あ、狡い! 私も邪魔しない様にしてたのに! 私も私もー!』


ただそれを見たハクが、バタバタとシガルに抱き着いて来た。

いやハクさん、家族みんなでと思ったんすけど。

まあ良いか。お前も家族みたいなもんか。正直ペット枠だけど。


「・・・家族水入らずだったのに」

『私とシガルは親友だぞ!』

「はいはい、二人共喧嘩しないの。今日は皆無事に会えた日なんだから」


息子とペットは我らがシガルお母さんのお叱りによって簡単に黙った。強い。

そこでグレットも混ざりたかったのか、そっと背中から寄って来た。

お前も静かに邪魔しないようにしてたもんな。本来はお前がペット枠なのに。


そうして暫く家族+1でわちゃわちゃして、ただ暫くしてイナイがスッと離れた。

どうしたんだろうと視線を向けると、彼女の表情がやけに真面目な事に気が付く。


「無事の再会を喜ぶのは良いが、そろそろリンの所に顔を出しに行くぞ。事情を話して時間を貰っちゃいたが、だからこそ話を通しに行かねえとな。アイツも気にしてたし」

「あ、うん、そうだね。リンさんには顔を見せないと駄目だね」


確かにそうだ。俺の仕事は彼女に頼まれてしていた訳だし。

帰還報告も誰かしてるとは思うけど、自分でもした方が良いだろう。

彼女の言葉に納得して、けれど名残惜しい気持ちでイナイを放す。


「お姉ちゃん、満足してから真面目な顔しても遅いよ?」

「・・・うっ」


ただにやぁっと笑うシガルの言葉で、イナイのすました顔が崩れた。

成程、自分が満足してから離れたんですね。本当に可愛いっすねイナイさん。


「・・・仕方ないだろ、久々に会えたんだから」

「ふふっ、別に責めてないよー?」

「・・・シガルは相変わらず意地悪だな」

「お姉ちゃんは相変わらず意地っ張りだよねぇ。少しは素直に甘えるようになったと思ったのに、タロウさんと離れた時間が出来ちゃったせいかな。ホントにもう」

「はいはい、すみませんねー、意地っ張りで可愛く無くてよ」

「「それはない」」


可愛くないに対する否定の言葉が被った。当然俺とシガルである。

甘えようが意地を張ろうがイナイは可愛い。

そんな俺達の言葉を受けたイナイは、顔を赤くしながらそっぽを向く。


「イナイが可愛くなかったら、誰が可愛いんだか」

「ホントだよね。お姉ちゃん絶対年齢詐欺だし」

「いや見た目もそうだけど、行動もさ。いちいち可愛い事多くない?」

「解ってるよー。本当に狡いもん。どう考えてもあたしより可愛いもんイナイお姉ちゃん」


いや、シガルさんも可愛いですよ。ただイナイとは方向性が違うだけで。

という事を言おうとした所で、イナイが俺達の肩をガッと掴んだ。


「・・・解った、もう解ったから、あたしが悪かったから、許して」


顔を伏せながら許しを請う彼女は、耳まで真っ赤になっていた。

多分揶揄いじゃなくて、真剣にしゃべられてるのが恥ずかしかったんだろう。

もうこういう所が可愛いと思うのですが、如何でしょうシガルさん。


目線を向けると力強く頷くのが見え、ついでにクロトも頷いていた。

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