第811話、抑えられた理由です!

クロトとハクを迎えに行き、二人を引き連れて飛行船の一室へと向かう。

部屋ではイナイとシガルが既に寛いでいて、お茶の用意まで終わっていた。

何時の間にお湯を用意したのか。ちょっと早すぎないですかね。


「ハクは・・・何時ものお茶で良いんだよね?」

『うん、一緒のでいい!』


最早別のお茶を用意せずに訊ねるシガルに、ハクは機嫌良さそうに頷いて応える。

でも飲むとクシャッとした顔になるんですけどね。苦手なら別のお茶飲めば良いのに。

そうして全員がお茶で軽く喉をお潤した所で、イナイが改めて口を開いた。


「さて、じゃあ詳しく聞こうか。タロウ、一人でいる間何があった」

「そう、だね・・・どこから話そうかな・・・」

「いっそ全部話せ。何が切っ掛けか解らねえからな」

「うっす」


どこから話すか悩んだけれど、そう言うならばと単独行動になった辺りから話し始めた。

潜入したり、一人寂しく食べたり、シガルとイナイに会いたいなぁと愚痴ってた事だったり。

そういうのは要らないとイナイに突っ込まれつつ、そうして核心の話に入る。


「やっぱりこれが切っ掛けだと思うんだけど、遺跡がクロトと会った時みたいな魔力の吸い方をしてたんだよ。そこで警戒を跳ね上げて構えてたら、突然自分じゃない誰かの意識というか、思考というか、そんなのが自然と頭に流れた感じかな。何とか止められたけど」

「・・・良く自分一人で止められたな」


イナイが物凄く真剣な表情で口にして、でも何処か安心した様子を見せる。

多分自分で止められた事実がある、って事を確認できたからだろうな。

これで何で止められたのか解らないってなると、尚の事不安要素が増える訳だし。


「おかしいと思った瞬間自分の顔思いっきり殴ったんだよ。それで自分を取り戻せた。何か自分でも良く解んないけど、それが一番良いと思ったんだ。何故かその後無性にイナイに会いたくなったんだけど。今思えば、その気持ちが強くて押さえつけられた感あるかな」

「あ、あたしにか?」

「うん、なんか、凄く、会いたくなった。脈絡もなく唐突に」


今思えば本当に、あの気持ちが全てを抑えきった要因な気がする。

イナイに会いたい。イナイに生きて会いたい。その気持ちで乗り切った。

胸に渦巻く気持ち悪い思考や感覚を、ただその想いが全てを上回っていた様な。


「・・・お母さん、少し、気になる事、聞いて良い?」

「どうしたクロト。気になるなら何でも聞いてくれ。これに関してはクロトが頼りだしな」


そこでずっと黙って聞いていたクロトが口を出し、当然イナイは笑顔で応える。

何せ彼女の言葉通り、今回の件はクロトが一番の頼りなのだから。


「・・・お父さんが、初めて魔神になった時、お母さんが傍に居たんだよね?」

「ああ、そうだな。突然様子が変わってびびったな、あの時は」

「・・・その時、お父さん、お母さんを傷つけなかったの?」

「ん? 言われてみれば・・・攻撃は、されなかったな」

「・・・そう、なんだ」


何気に初めて聞いた新事実に、俺は今物凄くホッとしていた。

そういえば魔神になりかけて、けど元に戻ったという事は聞いていた。

ただその時どういう状況だったのかは聞いていなかったような気がする。


ヴァールちゃんの件も在ったし、あの時イナイ怒ってたし、気にしてなかったな。

もしかしてイナイが意図的に省いたんだろうか。けど何故だろうか。


「・・・お父さんが、元に戻った時、どうやって戻ったの?」

「あれ、言ってなかったか?」

「・・・うん、聞いてない。教えて」

「あの時は、タロウの奴があたしに『おい、女、ここから出せ』ってぬかしやがってな。それで無性に腹が立ったんだよ。まるであたしの事を覚えてねえ言葉がな。んで思いっきりぶん殴ってやったら・・・少しして元に戻った感じだな」

「・・・そんなに冷静に、そう言ったの?」

「ああ、威圧感は兎も角、言葉自体は静かな感じだったぜ」

「・・・そう、なんだ」


へえ、そうなんだ。この胸の感覚とか、クロトとヴァールちゃんの話とは大分違う。

殺意が抑えられなくて、全てを敵と認識して、会話なんかまともに成立しない。

そんな印象だったんだけど、魔神化した俺は話が通じるっぽいな。


不安要素だらけだけど、その点だけは良い事かもしれない。

だってそれは、クロトやヴァールちゃんの様になる可能性が在るって事だ。

むやみに暴れて誰かを傷つけない、普通に生活できる人間になれる。


そんな安堵を覚えていると、シガルが怪訝な顔をイナイに向けた。


「ねえ、お姉ちゃん。今の説明、最後の所で微妙な間があったと思うんだ」

「んっ、いや、今回の事とは別に直接関係ないと思う事だから、言わなくて良いかと思って」

「関係ないかどうかは、言ってみないと解らないと思うんだ。教えてお姉ちゃん」

「うっ、いや、えっと・・・」


シガルの追及に、何故かイナイは顔を赤くしながらもごもごと口ごもる。

何だろう。まさか俺、彼女が恥ずかしがるような事をしてしまったんだろうか。

嫌な汗をかきながら、顔を赤くしたまま視線を彷徨わせるイナイを見つめる。


ただ彼女は視線が合った所で、はぁと大きくため息を吐いて口を開いた。


「その、だな。何時か約束しただろ。生きて、三人で幸せになろうって。子供が出来たら、子供も一緒に幸せになろうって。その、だからさ、タロウにとってあたしは何だって、そう思ってムカついて叫んで、アタシを見ろって、そんな事を、ちょっと、叫んで・・・」


話している内にどんどん赤くなり、声もどんどん小さくなっていくイナイ。

もごもごと口ごもる様子に、皆でとても優しい目を向けてしまう。

つまり『女』呼ばわりが許せなかったと。愛した女である自分を見ろと叫んだと。


後になってその発言が少し恥ずかしくて、その部分を誤魔化したって事ですね。

多分これまだ言ってない事も有るなと思いつつ、これ以上の追及は要らない気がした。


「それでタロウさんは正気に戻ったの?」

「そ、それが理由か解らねえけど、その、イナイと、アタシの名を口にしたのは確かだ」


あ、口にしたんだ。全然記憶ねえや。


「成程成程・・・つまりタロウさんはイナイお姉ちゃんへの愛で自分を保っていると」

「成程、納得できる」

「成程じゃねえよ馬鹿野郎ども。大事な時にあたしを揶揄って遊ぶな」


シガルの出した結論に思わず頷く俺。イナイは顔真っ赤だ。


「・・・そうなの、かも」


ただ余りにも予想外な事に、クロトがその予想を肯定した。

当然全員の視線がクロトへ向き、何時も通りのぽやっとした顔で続ける。


「・・・お父さん、さっき、イナイお母さんに会いたくなったって、言ったよね」

「あ、うん、言ったね」

「・・・多分その時のお母さんの想いが、そしてお母さんへの想いが強く残って、殴る事をきっかけにして自分を保ってるんだと思う。お母さんに殴られて、お母さんに想いを告げられて、お母さんの下へ帰らなきゃいけないって、その想いが魔神化を留めてると、思う」


まさかのシガルさん、大正解でした。マジで愛の力で魔神化抑えてた。

うん、知ってたけど、自覚あるけど、俺イナイの事好きすぎるだろ。


「つまり対策は、タロウさんがイナイお姉ちゃんともっと愛情を深める事?」

「・・・かも?」

「成程?」


シガルの疑問に対し、クロトと二人で首を傾げる。

イナイはその結論に何を想像したのか、顔を赤くしたまま目を背けた。

何を想像したんですかね。突っ込むとボディブロー飛んできそう。


「でもそう言われると、今凄く爽快なのも納得出来るかな」

「そうなの?」

「うん、隊列に混ざって帰ってくる前の道中は、ずっと胸に嫌な物は残ってたんだよ。けど何時の間にか消えていて、今思えばイナイと会った時から消えてたのかもしれない」


今はとても心地良くて、何時も通りの自分な自覚がある。

少なくとも何かを我慢して、意図的にぼーっとする必要も無い。


「・・・ふーん。自分で言っておいて何だけど、ちょっと悔しいな」

「え、あ、いや、シガルにだって会いたかったから。本当に。嘘じゃないよ」


ただシガルがちょっと拗ねた様な表情を見せ、思わず慌てて弁明を口にする。

いやだって本当だし。一人寂しくしてるとマジで会いたくて仕方なかったから。

そんな俺の態度に満足したのか、彼女はクスクスと笑い始めた。


「ふふっ、ごめん。タロウさんにとってお姉ちゃんが特別なのは解ってるから。大丈夫だよ」

「・・・俺にとっては、シガルも特別なんですけどね」

「うん、知ってる・・・ありがとう、愛してるよタロウさん」

「ういっす・・・」


にっこりと嬉しそうに笑うシガルに、俺は何も言えなくなった。

揶揄われただけだった模様。まあ良いか、シガルが幸せそうなら。

とりあえずイナイさん、そろそろ戻って来てくれませんかね。

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