第810話、シガルにも出迎えて貰えました!
「ん?」
一旦城に向かうと纏まった所で、覚えのある魔力が二つ近づくのを感じた。
結構な速度でこっちにやって来るそれは、地上ではなく空を移動している様だ。
空に視線を向けると、ハクがシガルをお姫様抱っこしながら飛んでいるのが目に入る。
「タロウさーん!」
笑顔で手を振るシガルに対し、俺も笑顔で手を振り返す。
その間に近づいて来ると、ゆっくりと地上に降りるハク。
当然シガルを適当に放す様な事は無く、足から下ろして手を放した。
「おかえりなさい、タロウさん」
「ただいま、シガル」
ぎゅっと抱き着きながら迎えてくれる彼女に、俺も抱きしめ返しながら応える。
ハクから事情を聴いているなら、彼女にも心配をかけていたんだろうな。
そこでイナイが優しい苦笑を向けながら口を開く。
「シガル、抜け出して来たのか?」
「ちゃんと許可は貰ったよ? それに今は他にも護衛がいっぱい居るし、私が抜けたって大丈夫だもん。なんたって拳闘士隊総隊長様が居るからね♪」
「まあ、そうだな。今のワグナに任せておけば、大体の奴は何とかなるだろうな」
確かに。今のあの人に勝てる相手はそう居ないと思う。
バルフさんに勝ったという事実がその安心感を強くさせている。
そもそもあの人、訳の分からない打撃使えるからな。
仙術とは別の意味で防御不可能技だったし、初見じゃ絶対躱せないと思う。
いや、あれは打撃技で良いんだろうか。ほぼ触れずにダメージ与えてるよな?
「それでクロト君、お父さん何とかなりそう?」
イナイが納得した所でクロトに目を向け、笑顔で問いかけるシガル。
多分それはクロトを信用した問いで、実質問いかけじゃなかったんだと思う。
何とかなったよね、という確認をしたつもりだったんだろう。
「・・・ごめん、なさい」
「え、ど、どうしたのクロト君!? あ、謝る事なんて何も無いよ!?」
けどクロトはしょぼんとした顔で、今にも泣きそうな声で謝罪をした。
まさか返答が謝罪で来ると思ってなかったシガルは大慌てだ。
そんなワタワタと慌てるシガルに対し、俺より先にイナイが説明の為に口を開く。
「その話を落ち着いた場所でと思って、城に向かうつもりだったんだ。お前を呼ぶ為にもな」
「え、じゃ、じゃあ、まさかタロウさん、おかしいままなの?」
「そうなる。あたし達には正直何がおかしいのかさっぱり解んねえけどな」
「そう、だね・・・解んないね」
困った表情を向けて来る奥さん二人。うん、可愛い。
なんて思ってるとイナイにギロッと睨まれた。
「おいポンコツ旦那。流石にいい加減シャキッとしろ」
「すみませんシャキッとします」
割と本気の怒りを感じとったので背筋を伸ばす。むしろ勝手に伸びた。
そんな俺を見て呆れた様に溜息を吐いてから、クロトの頭を撫でるイナイ。
「クロト、さっきも言ったけど、お前は悪くないからな。そんなに気にするな」
「あ、そ、そうだよクロト君。謝らなくて良いからね!」
「・・・うん」
イナイと慌てて告げるシガルに対し、クロトは静かに頷き返す。
本当にクロトが悪い訳じゃないんだけどなぁ。
でもこればっかりは、どう言っても気にしてしまう気はする。
だからこそ気にしてないと、そう態度で見せるのが一番良いんだろうな。
そんな風にクロトを慰めていると、ハクがニヤッと笑って口を挟んだ
『なんだ、どうにかすると言っておきながらどうにもならなかったのか?』
「・・・うるさい」
するとクロトは今までの表情が消え、鋭い視線をハクへと向ける。
けれど向けられたハクは涼しい顔だ。むしろ呆れた表情にも見える。
『事実を言われて拗ねるのか。それとも落ち込んだ態度を見せて、イナイとシガルに構って貰おうという気か?』
「・・・そんなつもりは、無い」
『なら二人が気にするなと言っているんだから、気にしなきゃいいだろう。勝手に沈んで気を遣わせるな。それともお前はやるべき事に手を抜いたのか?』
「・・・抜く訳、ない」
『じゃあそれで良いだろう。出来ない事を嘆くよりも、出来る事を考えれば良いだけだ』
「っ・・・」
当然だろうとばかりに言うハクに対し、クロトは口をつぐんで睨み返す。
ただその目はすぐに柔らかくなり普段通りの・・・いやちょっと拗ねた表情だなこれ。
「・・・お前に言われなくても、解ってる」
『なら良い』
満足気に頷くハクに対し、クロトはやっぱりちょっと拗ねてるように見える。
親の慰めよりも、友人の言葉の方が届いた、って感じかね。
それで会話は終わりと判断したのか、ハクは何かを確認する様に俺へ目を向けた。
『ふむ、やっぱり私にもさっぱり解らないな。何時ものタロウに見える』
「やっぱそうなのか」
ハクなら感じ取れそうな気もしたんだけど、やっぱり解らないらしい。
まあ別れる時にそう言ってたもんなぁ。でもあの時実際は気持ち悪い感覚が・・・。
「あれ?」
おっかしいな。ずっとあった気持ち悪い感覚がきれいさっぱり消えてるんですが。
あっれ、マジで何だこれ。何時からこの状態だった。いつの間に消えた。
少なくとも行軍の時はまだ残ってたはずだ。うん、あったあった。
でも今は綺麗さっぱりと無い。むしろ快適まである。
「どうした、タロウ。何か体に違和感でもあったのか?」
「どこか痛むの、タロウさん?」
ただそんな俺の声に対し、奥様方二人が凄い勢いで反応した。
「いや、えっと、違和感が無いのが違和感と言いますか・・・」
「あん?」
「どういうこと?」
そんな奥様二人に対し困惑しながら答えると、曖昧な言葉に二人も困った顔だ。
「ええと、どう説明したら良いものか・・・」
「いや、タロウ、待て。どの道長い話になりかねないんだ。立ち話にせず腰を落ち着けて話をしよう。幸いシガルがこっちに来たからな。あそこで話そう」
困惑しながらも説明をしようとした俺の言葉を遮り、イナイは親指を空へ向ける。
そこにあるのは当然飛行船だ。確かに知らない城より落ち着いて話せるか。
「解った、じゃあ行こうか・・・転移ってやってもお腹の子に影響ない?」
「むしろ影響の有る転移使える奴は逆に技量がたけーよ」
つまり狙って悪影響与えない限り大丈夫って事ですね解りました。
いやだって不安じゃん。色々心配になっちゃうじゃん。
そんな俺の心境を察したのか、イナイは優しい笑みを見せた。
「降りる時も転移で降りた。むしろその方が安全だからな。まさか梯子で降りたなんて事を親父さんに知られでもしたら、思いっきり叱られるのが目にみえらぁ」
「あー・・・うん、多分、叱られるだろうね」
間違いなく俺が、俺が叱られるね! イナイに何させてやがると!
いや、イナイがこっちに来た時点で叱られるの確定してる気がする。
うん、でも、まあ。受け入れよう。これは仕方ない、仕方ない。
「タロウさん、お父さんの事になると偶にちょっと気持ち悪いよね」
「・・・まあ、その、うん・・・そう、かもな」
何か奥さん二人に酷い事言われた。イナイはちょっと口ごもってるけど。
「じゃ、じゃあとりあえず、船に向かおうか」
「そうだな、じゃあ頼んだタロウ」
「ん、タロウさんお願いね」
取り繕うに告げると、二人は俺の手を掴んできた。
いや待って、俺が転移するの? イナイの転移の方が良くない?
ほら、お腹の子大丈夫って言ってたけど、やっぱり万が一が有ったら怖いし。
「自分の魔術で確認して見ろ。その方が後々安心だろ」
「大丈夫大丈夫。タロウさんの魔術なら問題無いよ」
二人は笑顔でそう告げ、俺が転移をするのは確定な様です。
「・・・解った」
渋々頷いて返し、けれど結局転移に踏み切るのにちょっと時間がかかった。
だって心配じゃん! 仕方ないじゃん! 怖いってこんなの!
「ふふっ、お父さんは生まれる前から、こんなに大事に思ってくれてるぞ」
「ねー?」
ただ転移した後、お腹を撫でるイナイとシガルに何も言えなかった。
良いもん、転移で飛べないクロトの出迎えして来るもん。
あ、ハク置いて来た。まあ良いか。
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