第809話、心配をかけてしまいました!
「・・・お母さん」
「ん?」
呆れ切った顔を向けていたイナイは、クロトの呼び声で優しい目を向ける。
出来れば俺にもその目を向けて頂きたいなと思いつつ、口に出すと怒られるので言わない。
「ああ、そうだな。クロトから見てどうなんだ?」
「・・・大分、危ない」
「はぁ~~~~~」
ただクロトの返答を聞いた事で、また呆れた顔を俺に向けて来るイナイさん。
何となく理由は解るのですけども、不可抗力なので許して頂けませんか。
「お前は何でこう、毎回毎回遠出の度に危ない状態になるんだよ・・・」
「俺もなりたくてなってる訳ではないんですよイナイさん」
「当たり前だ。そんな事言い出したら問答無用でぶん殴ってる」
良かった問答無用じゃない優しい奥さんで。照れ隠しは容赦なく殴って来るけど。
「とりあえず不安定な状態じゃオチオチ話もしてられねぇ。クロト、頼めるか?」
「・・・ん、解った。お父さん、動かないでね」
イナイの頼みに頷いたクロトは、黒を纏いながら前に出て来た。
多分前の時と同じように、黒をぶっ放して来るんだろう様子にうなず―――――。
「クロト、せめて返事ぐらい待って・・・」
黒に呑まれながら思わずそう呟いた俺は流石に悪くないと思う。
まあそれだけクロトが焦ってる、って事なんだとは思うけど。
多分俺の状態が一番解ってるのはクロトだろうから。
そうして黒が晴れて視界が開けると、そこには・・・困惑した顔のクロトが居た。
「・・・なんで?」
意味が解らない。そう言いたげな表情を俺に向けて首を傾げるクロト。
その様子にイナイが眉間に皺を寄せ、俺も困った表情を返してしまう。
「どうしたクロト。タロウの状態、何かおかしいのか?」
「・・・まって、もう一回、やる」
「え―――」
そしてまた唐突に黒に呑まれる俺。あのねクロト君、これ割と怖いんすよ。
クロトだから信用してるけど、反射的に避けない様にしないといけないだって。
とはいえ心配かけた俺が悪いと思うし、文句を口にするつもりは無いけど。
「・・・そんな」
けど黒が晴れた後に聞こえて来たのは、今度は困惑じゃなく険しい表情での呟き。
完全に想定外だと言いたげなその表情に、流石の俺も深刻なのだと察し始めて来た。
「クロト、もしかして治りそうにない?」
「・・・もう一回、もう一回やらせて、お父さん」
クロトは俺の問いに応えず、もう一度と願う。それは余りに必死に見えた。
そんなクロトの願いを断るはずもなく、素直に頷いて身構える。
当然の様に頷き切る前に黒に呑まれ・・・やっぱり駄目だったらしい。
「―――――っ」
ギリッと歯を噛みしめる音が聞こえた。今日は表情豊かだなクロト。
でも嬉しくない豊かさだ。そんな悔しそうな顔しなくて良いよ。
原因が俺なんだから、お前が言うなって話だろうけど。
悔しさが突き抜けたのか、悲しげな顔に変わりつつあるクロトの前にしゃがむ。
目線を合わせて、努めて笑顔を作って、優しい声を出す様に気を付けて口を開いた。
「ゴメンなクロト、俺のせいでそんな顔させて」
「・・・ううん、ごめん、なさい」
「何でクロトが謝るのさ。何も悪くないだろ。クロトが抑えてくれてから、あれから何事もなく生活出来てたんだ。それまで平穏に暮らせるようにしてくれた事が有りがたかったよ」
「・・・でも、でも、僕が―――――」
「クロトは何も悪くない。俺の息子は何も悪くないよ」
クロトが何を言いたかったのか、何となく察して最後まで言わせなかった。
多分『自分と会いさえしなければこんな事にならなかった』という言葉だと思う。
確かにそれはそうだ。クロトに会わなかったら俺は魔神になりかけたりしていない。
けどそれは同時に、クロトという家族を持てなかったという事でもある。
俺とお父さんと呼んで、イナイとシガルとお母さんと呼び慕う俺達の息子を。
「そうだぞ、クロト。お前は何も悪くない」
そしてイナイが俺の言葉を肯定し、クロトの頭を優しく撫でる。
更にはグレットまで気遣うようにクロトの顔を舐め始めた。
グレット君ってば頭が良すぎませんかね相変わらず。
「・・・ありがとう、お父さん、お母さん・・・グレットも」
そう言って、縋る様に抱きつくクロトの背中をポンポンと叩く。
ありがとうかぁ。それはむしろ俺の方なんだけどなぁ。
出会った時は当然父親の意識なんて無かったけど、今はこれでも父親のつもりだ。
大事な息子で、大事な家族で、俺を父親にしてくれた息子だよ。
だから会わなければなんて、そんな事を言わせたくはない。
「実際毎回体壊すそこのボケナスが問題なだけで、クロトが気に病む様な事は何もねえよ」
「酷い」
イナイさん、その通りだと思うけど、もうちょっと俺にも優しさを下さい。
「なーにが酷いだ。お前なぁ、あたしがどんな覚悟でここに来たと思ってやがる。もしまたあの変な状態になってるなら、正気に戻す為にぶん殴るつもりで来たんだぞ」
変な状態とは、話でしか聞いてない、魔神になりかけていた時の事かな。
そうならなくて良かった。殴られたくないって意味ではなく、イナイが暴れずに済んで。
もしそうなってたら、絶対イナイにもお腹の子にも負担になっただろうし。
そういえばまだお腹目立たないな。体小さいからすぐに目立つと思ったんだけど。
「あの飛行船で来たんだよね? クロトも居るし」
「ああそうだ。本当は来る予定なんかなかったんだけどな」
「あれ、そうなんだ。てっきり終わったら来る事を伝えられてなかったのかと」
「お前の事を相談したら、城の修繕人員を送るっていう建前で向かうように、ってブルベに言われたんだよ・・・まーた借りが増えちまった」
溜め息を吐きながらそう言うイナイだけど、多分ブルベさんは絶対貸しと思ってないよ。
むしろあの人は喜々としてイナイに手を貸す人だよ。断言できるよ。
「とりあえずお前の状態について聞きたくはあるが、クロトも落ち着く時間が必要だろう。それに何ともならねえと解った以上、話の続きはシガルも一緒の方が良い。一旦城に行くぞ」
「そうだね、シガルにも謝らないとなぁ・・・」
ハクが来たのが異変を感じてだし、その事は当然シガルも知っている訳だし。
俺の無事は伝えてあるとは思うけど、それでも心配はかけてしまっただろう。
「あれ? そういえば、その理由で来たのに城で待ってたの?」
「ああ? お前が無事って報告聞いてなかったら即座に向かったに決まってんだろ。じゃなきゃ待ってる訳ねえだろうが。どれだけ心配して来たと思ってやがる」
「あ、はい、すみません」
「謝るなら嬉しそうな顔をするな。ああもうこいつはホントに・・・!」
いや、だって、ねえ。今の発言を嬉しく思うなっていうのは無理でしょ。
「ありがとうイナイ、心配して来てくれて」
「ったく、今回は心配ない仕事だったはずだってのに」
「それは本当にごめん」
「・・・はぁ」
謝る俺に対し、イナイはまた呆れたように溜息を吐く。
けどその後顔を上げると、クロトごと抱きしめるように上から被さって来た。
「お前が無事ならもうそれで良いよ。あたしが心配だっただけだ。あんまり間の抜けた事言ってる分はちょっと腹が立ったが・・・それでも、安心したよ。お帰りタロウ」
そう言って優しく俺の頭を撫でるイナイを、気が付けば抱きしめ返していた。
本当に俺の奥さん達は、どっちも格好良すぎませんかね。
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