第808話、見覚えのある人が居ます!
襲撃の翌朝、完全に料理人の一員と化した俺は朝食の準備をしていた。
とはいえもう王城が近い事も有り、食料はそこまで買い込んでいない。
残り物を放り込んで煮ただけの鍋をグルグルとかき混ぜている。
とはいえ調味料は使っているので、味はちゃんとしていると思うけど。
「はーい、出来ましたよー」
そして食堂のおばちゃんのごとく、並ぶ兵士達に食事を配って行く。
大人しく並ぶ兵士達に学校の給食感を覚えながら、淡々と作業をこなす。
そうして配り終えた所で自分達の分を食べ始め、その頃には野営の片づけが始まる。
片づけが終わる頃には料理人一同も食べ終わり、食器類の片付けも終わらせる。
尚食器類は食べた兵士達が洗って返すので、俺達は本当にただ片付けるだけだ。
ちょっと洗い方が雑なのはもう一度洗ったりはしてるけど。
「では、最後の行進と行きますかぁ」
うーんと背伸びをしながら、今日は車に乗らず歩く。
何かトラブルさえなければ今日中に着く距離だから、料理の下ごしらえも必要ない。
なのでただ車に揺られるのも退屈だと思い、運動がてらに歩く事にした。
そして暫く歩いていると、斥候に放ったらしき兵士が慌てて指揮官の下へ走るのが見えた。
何か在ったんだろうか。もしかして野盗でも見つけたんだろうか。
なんて思っていると、指揮官が険しい顔をしてこちらへ向かって来た。
「聞きたい事がある」
「あ、はい、なんですか?」
あれ、俺に意見求める様な事なのか。本当に何なんだろう。
「城の上空にバカでかい物が浮かんでいるらしい。何か知っているか」
「・・・あー、多分、想像通りなら、知ってますね」
恐らく飛行船の事だろう。でも飛行船が来る予定何て俺聞いて無いんですけど。
「ウムルの物なんだな?」
「ええ、はい、その、想像通りならですけど」
若干返事が曖昧なのが気に食わなかったのか、指揮官は再度確認する様に告げる。
なので今度はしっかりと返事をして、けど実物を見て居ない以上確実とは言えない。
でも多分あの飛行船だと思うんだよ。もし違ったら流石に連絡が有ると思うんだ。
「そうか、解った」
けど指揮官はそれで納得したのか、小さくため息を吐いてから背を向ける。
そして兵士達に何かしらの指示を飛ばし、また行軍が再開された。
ただその行軍も、ある位置で皆足を止める事になったけど。
「・・・本当にでかいな」
指揮官が呆けたような表情で呟き、当然他の兵士達も飛行船の大きさに圧倒されて。
飛行船は城よりも先に見えていたのだけど、最初は大きさが解らなかったらしい。
ただ城が近づき、その上空にある事で大きさを理解し、圧倒されてしまった様だ。
見慣れている・・・とまではいわないけど、知っている俺や拳闘士隊の人達に驚きはない。
ただこそっと事情を確認しに行ったんだけど、彼らも飛行船が来る事は知らないそうだ。
「何か上で予定外の事が起きたのかもしれませんね」
「予定外、ですか」
下っ端には知らされないような事情。飛行船を飛ばして来る様な事情が出来たと。
これは指揮官に言った方が良いだろうか。言わない方が良いだろうか。
いや、あくまで憶測の話だし、俺が下手な事は言わない方が良いか。
暫く動きが止まっていた一行だったけど、流石に指揮官は一番早く復帰した。
そして呆ける兵士達に声をかけ、城への進軍を開始する。
城の姿はもう見えている。ただその城の門の修繕工事をしてるっぽいのが気になるけど。
だって見覚えのある人が混ざってるもん。絶対見間違いじゃないと思うもん。
技工士達に指示を出している小柄な女性。そして隣に立つ黒髪の子供。
「・・・イナイとクロトが居る」
更に言えばグレットが傍に控えている。
つーかクロトはこっち見てる。めっちゃ見てる。そしてイナイの服を軽く引いた。
当然イナイはそれに反応し、クロトに振り返ってからその視線の先を追う。
するとそこで笑顔だったイナイの表情が、一気に険しいものに変わって俺を射抜いた。
あ、あれ、何でそんな顔してるんですかね。怒られる覚えがないんで・・・あったわ。
「あー・・・腕の事かなぁ・・・」
思わず今はもう普通の状態になっている、普段通りの自分の腕を見る。
そういえばクロト君ってば、ヴァールちゃんが生まれた時も気が付いてたっけ。
俺があの状態になったのも気が付いていた可能性はとても高い。
そうして俺に気が付いたイナイさんは、手に持っていた何かを預けグレットに乗った。
クロトもぴょんと飛び乗ると、イナイを気遣うようにゆっくりと歩き出すグレット。
「おい、近づいて来るが、あれは誰だ」
「俺の奥さんです」
グレットという若干規格外の獣と、その背に乗る険しい顔の女性。
その様子に少し警戒した指揮官が問いかけ、素直に応えると彼の眉間に皺が寄った。
「痴話喧嘩なら捨て置くぞ」
「痴話喧嘩になりそうなんで捨て置いて下さい」
「・・・そうか」
あ、なんか呆れた顔された。でも多分仕事の話じゃないと思いますもん。
というかイナイさん、今回出産までのんびりしてるって話だったのに。
もしかして俺が知らないだけど、事が済んだら来る予定だったんだろうか。
でもそれぐらいなら教えてくれる気もするんだよなぁ。
なんて悩んでいる内に軍隊の先頭に辿り着き、人を割って進んで行くグレット君。
気のせいかな。凄い得意げな顔してる気がする。ふふーんって感じ。
そうして俺の下へ辿り着くと、ペタッと伏せてイナイが地面に降りた。
ただし視線は俺にではなく指揮官へ向いており、彼女はウムル式の礼を取る。
「お初にお目にかかります。私の名はタナカ・ウルズエス・イナイ。そこの男の妻です。貴方方の事は既に話が通っております。そのまま城へお向かい下さい。ただそこの男に用がありますのでこちらに預けて頂きたく思います」
「あ、ああ、解った」
指揮官はイナイの発する何とも言えない圧に飲まれ、少し怯みながらもしっかりと応える。
そして何故か、気のせいかもしれないけど、気の毒そうな視線を向けられた気がした。
本当に何故かな。まるでこれから俺が叱られるみたいじゃないか。ははは。
ただそのタイミングで数か所から呻き声が上がった。多分拳闘士隊に捕らえられた連中だろう。
昨日の襲撃の後上手く口を割らせた、というか上手く喋る様に誘導したらしい。
その結果残りの連中は、城に来てから重要人物を狙う方向だったそうな。
んでタイミングよくイナイという人物が現れた訳で・・・結果はお察しの通りだ。
指揮官もそれには気が付いていて、拳闘士隊と目だけで会話している様に見える。
「では、我々は失礼する」
「ええ、お疲れ様です」
捕らえられた者達に動揺する事なく、指揮官は兵士達に指示を出して城へ向かって行った。
剣闘士隊の人達もそれぞれついて行き、残ったのは俺とイナイとクロト。
「グルゥ」
それとクロトに撫でられてご機嫌そうなグレット君です。
頭擦りつけて猫っぽいけど、尻尾嬉しそうに振るからどっちか解んねぇ。
「さてタロウ。あたしに言う事は無いか?」
「イナイさん今日も可愛いですね」
「よし、そこに直れ。手加減無しでぶん殴ってやる」
「あ、すみませんすみません、冗談です。いえ可愛いのは本当ですけども」
割と本気で拳を握った気配を感じ、慌てて謝る俺。でも可愛いのは本当です。
いやなんて言えば良いのかな。絶対怒られるのは解ってんだけど嬉しいんだよなぁ。
帰るまで会えないと思ってたから、会えてこう、抱きしめたい衝動を覚えるというか。
「お前なぁ・・・」
そんな俺に気が付いたのか呆れた目を向けられ、それすら嬉しいと思う俺が居る。
うん、なんか、奥さん不足でちょっと変態みたいになってる。ちょっと良くない。
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