第807話、やはりと言うしかない出来事です!
「では行くぞ!」
指揮官の声が大きく響き、軍隊の行進が始まる。
その様子を最後尾で眺めつつ、彼らの後をついて行く。
「・・・あれ、思ってたより行軍が速いな」
荷車の類は全て人力で引いているのに、それに合わせるような速度じゃない。
むしろ獣に引かせるのと余り変わらない速度で、引いている人間達が少し心配になる。
この速度で進んで潰れないだろうか・・・なんてのは考え過ぎだと途中で解った。
荷物を引く者達は多少大変そうだけど、それ以上の事は無い様子が見て取れたから。
「・・・そうか、この世界の人達って素の体が強いんだし、これぐらいは行けるか」
うっかり忘れそうになるけど、この世界の人間はただ鍛えるだけで強くなれる。
軍隊なら最低限の鍛錬は求められていて、そんな集団なら車を引く程度は出来て普通か。
勿論楽じゃないだろうけど、ただそれだけの事なのかもしれない。
「突出した強さを持つ魔物とかは、それが原因な事もあったりするのかな?」
歩く以外やる事が無いせいか、どうでも良い考えがふと頭に浮かぶ。
数回程度しか出会った事が無いけれど、群れの中で特別強い個体が存在した覚えが有る。
もしかするとそういう魔物も、人間の様に鍛えた結果の特殊個体だったのかもしれない。
鍛えたら強くなれるのが人間だけな訳が無いし、むしろそう考えると納得できる。
勿論人間と一緒で、生まれつきの才能で強くなった可能性もあるけれど。
「グレットは強化魔術使い始めてたし、元々強い獣が鍛えたら大変な事になりそうだなぁ」
魔物も、そうでない獣も、基本的に人間より強い生き物が多い。
何せアイツらは別に鍛えなくなって、生まれつきの身体能力で生活できるから。
鍛えなければ基本的には強くならない人間と違い、なら鍛えたらどこまで伸びるんだろう。
何処かの国で研究とかしてないのかな。というかアロネスさんが思いついてそうだよな。
国に報告せずにこっそりやってたりしないだろうか
突然何処かでとても強い魔物が大量発生とか、そんな事件が起こりそうで怖いなぁ。
いや、流石のアロネスさんも処理出来ない規模の実験はしないと思うけど。多分。
「・・・しないよね? 大丈夫だよね?」
そんな風に特に意味のない思考をしつつ、獣や魔物を警戒しながら城へと進む。
因みに行軍ルートは出来る限り最短距離を進む事になっており、道中に村の類は無い。
とはいえ街道を進む方が当然移動は早いので、確実に街は通る事になる。
人力で荷車を牽くのはそこまでの話で、街に着いたら荷を引く獣を買う事になるだろう。
ただその街に着くまでは数日野宿になるし、交代で引き続けるのに変わりは無いけど。
因みに俺は途中から半日程歩かない事になった。理由は食事の仕込みの為だ。
いやだって余りに暇すぎたから、どうせだし料理でもしてようかなって。
料理人達と一緒に車の中で仕込みをして、色々教え教わりつつ数日を過ごした。
流石に分体の鍛錬は出来なかったけど、知らない料理を教えて貰えたから良かったかな。
そうして行軍しつつ、予定通り大きめの街で獣を購入し、また城へと行軍。
途中ハクが迎えに来てくれないかなー、と現実逃避しながら移動を続ける日々が過ぎていく。
まあ何事も問題なく行軍できているから気が抜けていて、そんな時に事は起こった。
「来たか・・・」
あと少し、早ければ明日の昼には城に着く距離という所で、深夜に俺へと近づく気配が二つ。
確実に件の暗部の連中で、ただ動いているのが二人だけなのが少し気になる。
残りが特に動く気配が無いのは何故なのか。まあ今はそんな事を考えていても仕方ないか。
取り合えず体を起こすと、暗部の連中とは別に俺の天幕に近づいて来る気配が一つ。
拳闘士隊の隊長さんだ。他の隊員さんもゆるりと警戒の気配を見せている。
「タロウ様、起きておられますか?」
「はい、大丈夫です」
隊長さんの確認にそう答えると、彼はそれ以上問わずに天幕から即座に離れた。
指揮官の警告を貰った日に決めていた動き通り、俺は一人で連中の相手をする。
彼らはその間他に問題が起こらない様に、周囲の警戒を頼んである。
ただ連中は逆にそれを警戒したのか、今までは観察以上の事をして来なかった。
そのままで居てくれたら一番だったんだけど、そうはいかなかったらしい。
城がもう近くなり、様子見をしている時間はもう無いと、そう判断したのかもしれない。
明らかに武器を構えて天幕の外で息を殺し、突撃して来ようとする気配を感じた。
「ぐっ!?」
「あがっ!?」
ただし襲撃を待たずに仙術を使い、天幕の中から外を打ち抜く。
見えない衝撃に二人は呻き声をあげ、そのまま膝から崩れ落ちる音が聞こえた。
その様子を確認してから天幕を出て、地に倒れ伏した二人に目を向ける。
「夜襲するならもうちょっと殺意を抑えた方が良いと思いますよ。解り易すぎる」
「ぐっ・・・!」
「・・・!」
男達は倒れながらも俺を睨み上げ、痛みを堪えて立ち上がろうとする。
その根性は大したものだと思うけど、それが本人の意思じゃ無いという事実が悲しい。
「何故俺を襲おうとしたんですか?」
「「・・・」」
問いかけるも答えは無い。敵に教える事は何も無いと言った所だろう。
彼らの目はただ敵を見る目で、その目には殺意しか灯っていない。
何よりきっと、彼らにとっては自分の行いが正義なんだろうな。
「貴方達の指揮官から、事前に命令違反者の処刑許可を貰っています。ですが今からでも武器を降ろして大人しく情報を吐いてくれたら、少なくとも命の保証はしますよ」
無駄だとは思いながらも、一応彼らに提案を投げかけてみた。
けれど当然彼らが武器を降ろす様子は無く、痛む体を無理やり動かし襲い掛かって来る。
その動きはノロマとしか言えず、仙術の強化だけで凌駕出来る程度だった。
当たり前だ。その為に初手で仙術をぶち込んだんだから。
「うげっ」
「えぼっ」
攻撃を躱しざまに容赦なく胸を打ち、二人は苦し気な呻きを漏らしながら気絶した。
胸当てはしているけれど、そんな物は仙術の前には何の意味も無い。
内に衝撃を通せば良いだけだし、そもそもこの程度の胸当てなら普通に破壊できるし。
「お疲れ様です、タロウ様」
襲撃者が倒れた所で暗闇から拳闘士隊の一人が現れ、俺へ労いの言葉を口にした。
彼は念の為に控えていた隊員で、そして襲撃者を引き渡す相手でもある。
事前に相談していた事だ。俺には尋問や・・・拷問に向いている性格じゃない。
・・・この提案は隊長さんからで、俺が思いついた事じゃない時点でお察しだろう。
襲ってきた相手は処刑もやむなしでは有るけど、情報を抜けるならその方が良いと。
なら生かして捕え、搾れるだけ絞ってからでも処刑は遅くない。
とはいえ今更新しい情報が出るとも思えず、連中がそこまで喋るかも怪しいけども。
「他の連中が何故動かないのか、その辺りを尋問してみます」
「・・・ええ、お願いします」
もし残りの連中が何かを企んでいるなら、確かにそれは吐かせるべきか。
とりあえず襲撃者達は彼に預け、俺は天幕に戻って眠りについた。
勿論次の襲撃を警戒しながら、けれどその日はもう何も起きずに朝を迎える。
尚襲撃者の二人は特に情報は吐かず、自害しようとしかしなかったそうだ。
今はとりあえず拘束して猿轡を嵌めて、簡単に死ねない様にしておいてある。
指揮官には朝一でその事を報告し、襲撃者達の事は好きにしろと言われた。
「・・・後少しで、シガルに会えるな」
気分の重い出来事を、その想いだけで乗り切ろうと口にしていた。
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